キミに少しでも追いつけたら

@yamakoki

キミに少しでも追いつけたら

「つまらないわね」


 文芸部の天才と呼ばれているクラスメイトの女子の第一声がこれであった。

 なぜ俺がこのような暴言を吐かれなければならないのか。

 話は一昨日まで遡る。

 

 学校では隠しているが、俺は某小説投稿サイトに自作の小説を投稿していた。

 しかし体調を崩したことで執筆が強制中断。

 結果、二日に一度投稿していた小説の執筆が遅れてストックが尽きかけている。


 何とかその分を取り戻そうと、今後の大まかな内容を休み時間を使ってメモに起こしていたのだが、それがなくなってしまっていた。


 意気消沈する俺に、文芸部の天才が声をかけてきたのが今日のお昼休みのことだ。

 彼女曰く、文芸部の活動から帰ってきたら机の上にメモが置かれていたらしい。


 「どう見ても小説のメモだから、私のものだと思ったんでしょうね」と彼女。

 なお、我がクラスで文芸部に所属しているのは彼女だけである。

 また、彼女はこうも言った。


「放課後、ちょっと話があるから残ってくれるかしら」


 俺と同じ投稿サイトで小説を投稿し、書籍化寸前まで行っている彼女。

 かたや評価を一回しかつけてもらったことがない底辺作者である俺。

 ただでさえめちゃくちゃなメモを見られて恥ずかしいというのに、話があるだと?

 俺を殺す気か!


 こんな風に息巻いてみたものの、俺はノーといえない気弱男子。

 律義に指定された空き教室で待っていると、険しい顔の彼女が教室に入ってきた。

 そして冒頭に戻る。


「つまらなかったって……どの辺が……?」

「そうね……全てと言いたいところだけど一番は設定がガバガバなところかしら」


 彼女はメモの一角を示す。

 そこには今までは味方だったけど、次章で裏切る人物の過去が書かれていた。


「この人は治癒魔法を使えたわね? それなのになぜ友人の怪我を直さないの?」

「それは……まだ治癒魔法を習得していなかったから……」

「おかしいわね。治癒魔法は五歳で発現したんでしょう。この時には八歳じゃない」

 

 容赦なく矛盾点を指摘する彼女。

 しかし、思い返してみればそのようなことを書いていた気がする。


「確かに。くそっ……学校で急いで書いたから、設定を見返していなかった……」

「ねぇ、突然だけど文芸部に入る気はないかしら」


 俺の思考はフリーズした。

 いきなり文芸部に勧誘してきたのもそうだが、純粋な疑問が浮かんだからだ。

 よく考えてみたらおかしい。


「二つほど質問いい? どうして君はこのメモが僕のものだと分かったの?」


「一昨日、教室を出るまではメモなんてなかったのに、放課後に教室に帰ってきたらあった。つまりこのメモはその日のうちに書かれたものだと推測できる。そしてあの時、君は授業のプリントを提出するのが一番遅かった。しかも異常なほどね」


 ぐうの音もでない。

 確かにプリントを提出するのが遅れたのは、このメモを書いていたからであった。


「それに四時間目、現代文の時間に当てられて黒板に漢字を書いたでしょう。そのときの漢字の癖がこのプリントに書かれている漢字の癖と一緒だった」


 漢字の癖も心当たりがある。

 俺は漢字を書くとき、なぜか右上がりになってしまう癖がある。

 改めてメモを見てみると、確かに全ての漢字が右上がりになっていた。

 文章が波打ってしまって、酷い有様だ。


「次にもう一つ。どうして君が俺の作品の設定を知っているんだ? しかも詳しく」


 前述の治癒魔法が五歳で発現したと書いたのは、かなり前だ。

 しかも一行でサラリと流した。

 それなのにどうして俺の作品を見たはずの彼女が細かい設定まで知っているのか。


「えっと……それは……」

「?」

「私から聞いたって言わないでね。実は文芸部の部長がこの作品のファンなのよ」


 衝撃の事実だな、おい。

 文芸部の部長が俺の作品のファンだと!?


「まだまだ設定も甘いし文も雑だけど、この作者は鍛えればいい作家になれるって」

「お、おう」

「みんなこの作品の良さが分からないのか、評価を押したのは私だけだと言ってた」


 俺の励みになったあの評価は文芸部の部長さんだったのか。

 しかも、こう言ってはいるが彼女も細かい設定を覚えるくらいには読んでくれた。

 それがたまらなく嬉しかった。


 短絡的だと笑ってくれてもどうぞ構わない。

 俺は作品を評価してくれている部長さんと、読んでくれる仲間のもとで学びたい。

 そして少しでも……ほんのわずかでも彼女に追いつけたら。


「俺、文芸部に入るよ」


 これは俺の決意であり、宣戦布告だ。

 必ずみんなが面白いと思ってくれるような作品を書き。

 天才に少しでも追いついてみせる。

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