11話「こいつはこいつでやべぇわ」


 真夜中。くっそさみぃ中、き火にまきを投げ入れ、温かい紅茶を口に含む。

 本当なら酒を飲みたいところだけど、見張り中に寝ちまうとシャレにならんしなぁ。

 アルは寝ちまってるし、暇だわ。


 周囲に生き物の気配は無い。

 そもそも魔物避けの魔導具(安物)を使ってるからそうそう襲って来ないはずだけど、まぁ念には念をって奴だ。

 ビビりだからな、俺。



 しかし……アルの婚約者、ねぇ。

 あの殺戮さつりく天使と婚約する時点で勇者だよなー。

 つーか、よく婚約破棄なんて恐ろしいことしたな。

 詳しくは知らんし、何か事情でもあったんだろうけど。

 ……まぁ何にせよ、俺が会うことは無いだろうからどーでもいいか。



 なんて考えていると、不意に、かさりと物音がした。

 飛び退すさりながら見ると、そこにはフード付きの外套を着たままの、行き倒れていた少女の姿があった。


 何だ、目を覚ましたのか。良かった。


「よう、具合はどうだ?」

「……動けるようになった。感謝している」

「そうかい。紅茶でも飲むか?」

「……飲む」

「へいよ。ちょっと待ってな」


 新しいカップを取り出し、紅茶を注いでやって手渡す。

 小さな手でそれを受け取り、息を吹きかけながらゆっくり飲む。


「とりあえずさ。名前聞いてもいいか?」

「……サウレ。家名は無い」

「サウレな。俺はライだ。んで、事情は聞いた方が良いか?」

「……出来れば聞かないで欲しい」

「おっけ。あと、俺らは王都に向かう予定だけど、お前はどうする?」

「……良かったら着いて行きたい」

「左様で。りょーかいだ」


 てことは三人旅か。水と食料が結構ギリギリだな。

 まー節約したらどうにかなるか。

 それより魔物だ。こいつ戦えそうにないし、警戒を深めないとな。


「……なんでここまでしてくれるの?」

「は? なにがだ?」

「……見ず知らずの、お礼もできない私を、助ける理由なんてないはず」

「あー。まぁ、そんな大層な理由なんてないんだが」


 うん。砂漠でこんな女の子の一人旅とか、どう考えても面倒事の予感しかしないし。

 首突っ込んだらロクなこと無さそうだしな。

 しかも人数増えるとなると、色々面倒事も増えるし。


 まぁでも。


「仕方ないだろ、見ちまったんだから。関わった以上助けない選択肢は無いわな」

「……変わった人」

「そうか? ごく普通の平凡な人間だと思うけどなぁ」


 俺みたいなやつ、どこにでもいるだろ。

 なにが得意って訳でもなし、かと言って苦手なもんも無し。

 死ぬのが怖ぇから戦いたくは無いけど。

 とりあえず明日の飯さえなんとかなりゃそれでいい。

 おれはそんな、適当で普通な人間だ。


 ……いやまぁ、俺の周りはちょっと異常だったけどな。


「……ライ。私はとても感謝している。でも、伝え方が分からない」

「そうかい。そういう時はな、ありがとうって言えばいいんだよ」

「……私は言葉では足りないと思っている」

「はぁ? 面倒臭いなお前。んじゃアレだ、受けた恩とやらは他の奴には回してくれ」

「……他の人?」

「うちの教えでな。困ってる奴が居たら、自分の出来る範囲で助ける。んで、助けられたらまた他の人を助ける。

 そうやって世界は回ってんだとよ」


 毎度お馴染みの綺麗事だ。世界はそんなに甘くないし、綺麗なもんでもない。

 でもまぁ。それが出来りゃ最高だな、とは思うわけで。

 だからこうして、お節介を焼いちまうんだよな。


「……分かった。でも、それとは別にライに恩返しをする」

「ガキのくせに頭固いなお前。苦労するぞ?」

「……私の生涯をかけてライに尽くす」

「はぁ? なんだそりゃ」

「……ライは私の命の恩人。なら、私の命を捧げるのは当然」


 言いながら、フードを取った。

 宝石のような綺麗な短めの白い髪に、血のような赤い眼。

 それが、褐色の肌によく似合っていて、まるで人形のように整った顔立をより際立たせている。

 極めつけは、頭に生えている、羊のように先端の丸まった角。

 こいつ、やっぱり亜人だったのか。


 つーか、おいおい。この子、目がマジなんだが。何言い出すんだこいつ。

 なんかあれだ、宗教にハマった奴と同じ目ぇしてやがる。

 あー。これ、また訳分からん奴拾っちまったか?


「勘弁してくれ。重いわ」

「……大丈夫。私が勝手に尽くすだけ。とりあえず、脱ぐ?」

「脱ぐな。怖ぇわ。つーかガキが何言ってんだよ」

「……私は成人済み」


 言いながら冒険者タグを見せつけてきた。

 ……おい。俺より歳上じゃねぇか、こいつ。

 つーか賞罰欄。『魔物をほふる者』って、まじか。

 確か一万匹の魔物を討伐した証じゃねーか、これ。


「え、なに、お前冒険者なの? しかも歳上!?」

「……そう。私は大人の女。だから大丈夫。上手にするから」

「なにをだ!? ちょ、服に手をかけるなマジでお願いしますから!」


 やめろ! トラウマがよみがえるだろうが!!


「……そこまで言うなら、分かった。今回は諦める」

「未来永劫やめてくれ。頼むから」

「……いつでも手を出してくれて良い」

「そんな機会は無いから安心しろ。それよかお前、寒くないのか?」


 よく見ると外套の下、かなり薄着って言うか、布面積ほとんどねぇじゃん。こんな格好で砂漠を旅してきたのか、こいつ。


「……大丈夫。私は寒さにも暑さにも強い」

「そうかよ……あーなんか疲れたわ。お前、もう寝ろ。日が出てきたらすぐ出発だからな」

「……私、普段は寝なくても大丈夫。体力を失った時しか眠らない」

「寝なくても大丈夫? そんな種族いたっけか……」


 亜人って言っても基本的には人間と変わらないはずなんだけどな。

 他の生き物の特性を少し持ってるだけで、出来ることも大差無いって聞いてたんだが。

 眠らない種族なんてそんなもん……あ。居たわ。

 けど、うーん。こいつがぁ? いや、まさかなぁ。


「なぁサウレ。お前の種族名ってなんだ?」

「……淫魔サキュバス


 言いながら外套をめくり、特徴的な先のとがった尻尾を見せつけてきた。


「…………お前、男の夢をぶち壊してくれんなー」


 まじかよ。サキュバスってもっとこう、色っぽいイメージが合ったんだけど。

 こいつ、どう見てもガキじゃん。

 種族詐欺だろそれ。いや、勝手な偏見だけども。


「まーじかぁ……いや、まぁ、いいんだけど」

「……大丈夫。私は未使用。ライ専用だから安心して」

「何の話だよ!? あ、いやいい、やっぱり言うな!」


 なんとなく社会的に殺される気がするし。


「分かった。分かりたくねぇけど、分かったから、落ち着け。俺にそっちの趣味はないから」

「……じゃあ諦める。今回は」

「だからそんな機会はこねぇよ」


 だからそんな濡れた眼でこっち見てくんな。割とマジで怖ぇんだわ。

 あーもう。マジでついてないって言うか……


 こいつはこいつでやべぇわ。

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