異世界行っても、勇者には成れません

ヘイ

必死

 

 お前にゃ何もねーよ。

 

 と、親に言われた時が一番ショックだったかも。

 工事現場働きの父親がガハハとどこぞの漫画から飛び出てきたような親父キャラの様にワシワシと俺の頭を撫でてそう言った。

 俺は幼くて、臆病だったからそれを認めたくなくて抗うけど、最初からわかっていたんだよ。

 

 俺には何もねー。

 

 それをようやく実感して受け入れたのは母さんが死んだ時だ。

 俺も親父も言葉を失った。

 母さんはまあ、俺と親父と比べて凄い人で頭が上がらない。警察官のそれなりの人。

 事件か何かでってわけじゃなかった。

 酒が好きで、酔っ払って崖から転落。

 何やってんだと、俺の中には失望が蟠った。俺は死んでも酒は飲まないと、何もない自分の中にルールを作った。

 

「シュウ、飯できたぞ」

「おう」

「……勉強、ちゃんとやってるか?」

「ぼちぼち」

「いや、隠すなよ。知ってんだぞ。お前は俺と同じで何もねー。熱意もない」

「俺にも親父にも一個はあったろ」

「……そう、だな」

 

 勝った。

 か、どうかは怪しいな。俺は親父の言う通り家族とかに関すること以外、何もないし。

 俺個人を見た場合、つまらない人間だろう。

 

「今日の晩飯、何が良い?」

「焼肉にしよう」

「はー?」

「偶には良いもん食いたいだろ」

「……それもそうだけど」

「寄り道しないで帰ってこいよ」

 

 拠り所のあった家族は、何も無くなった様に見えて、心のどこかに蟠ってる。俺も親父も、だから引き止められる。

 それを気持ち悪いとは思えなかった。

 

「おはよう」

 

「ねー、この髪型どう!」

 

「昨日のドラマ見た?」

 

「ハムスター飼い始めたんだけどさー」

 

「翡翠くん、すっごいカッコいーよね!」

 

「だりぃー、今日も部活かよ」

 

 環境音とも思えるいつも通りの話し声。

 教室に入ると聞こえる彼らの声は意味を伴わず俺の耳に届けてくる。

 清々しい気分も少し暗くなる。

 親父に勝ったと思い込んでるだけの俺の心を名前と顔を僅かに知っているだけの連中が甲高い笑い声と耳障りな声で埋めていく。

 クラス委員長の眼鏡をかけた芋っぽい女子。俺は彼女が得意じゃない。

 と言うのは俺とは全く違う様な人種だと感じてしまうから。

 見た目で言えば俺と彼女は似た様なもんだ。黒髪だし、野暮ったい様な見た目をしてる。

 逆に既視感を覚えて仕方ないのは金髪の刈り上げ、虎のスカジャンを着込んだ如何にもな格好の奴。

 コイツは一人でいる。

 孤立してしまうのは仕方がないのかもしれない。

 何人かの奴らが一人でいて、他の奴らは党を組む様に分かれてる。

 

「やぁほぉ〜」

 

 あと一人、知り合い居たわ。

 

「おはよぉ、シュウくん」

「ふにゃっとするからもっちょいビシッとしてくんない?」

「えへへぇ、善処するねぇ〜」

「……お前ってさ、友達いねぇの?」

「シュウくんには言われたくないかな」

「わ、悪かったよ」

「でも、友達はいるよぉ?」

「へぇ……」

「連れてくるね」

「いや、ちょっ!」

 

 俺が制止の言葉をかけようとするが既に居ない。

 お前、これ、絶対気まずいやつだろ。

 

「ドモ……」

「紹介するねぇ」

「や、自分で名乗らせてくれ」

 

 お、お前かー!

 金髪スカジャンってもっと友達選べよ。

 友達がいたことは喜ばしいんだが……。いや、喜ばしいか?

 

「オレ、金子かねこ出流いずる。コイツのダチだ」

「あ、ああ。俺は日野ひの修哉しゅうや

「シュウくんで良いよぉ〜」

「……お前が決めんな」

「こんな奴だろ?」

「ま、まあ、うん。お前も大変だな」

 

 俺とコイツのコミュニティ。

 いつしか金子も巻き込んでいた。俺の預かり知らぬところで。孤立した物同士を引き合わせた様なコミュニティだ。

 幼馴染のコイツは妙にのっぺりというか、マイペースというか。そんな人間なのに人に信じられやすいのか。

 なごみという名前は確かにその通りなのかもしれない。名は体を表すとはよく言ったものだ。

 とは言っても俺の名前なんて何を表しているかわからんが。

 

「金子……さん?」

「好きなように呼んでくれ。さん付けも要らないから」

「あれぇ〜、柔らかくなったねイズちゃん」

「……どうでも良いだろ」

「んふふ」

 

 俺にはわからなくても和にはわかるらしい。まあ、だから何だって話。誰かのことを深く知ろうとするってことは、誰かに同情するってことなんだ。

 俺には何もなかったのに、どっかりと母さんが居座っていて、たぶん、父さんもいる。んで、和はちょっと遠い。

 増えていく分だけ自分の空間が削れていくんだろう。

 そんで減って行った分だけ自分の心も一緒に剥がれ落ちていくんだ。

 でも、そんな事は考える必要ないし。

 親父と違って、俺はまだ何もないだけ。何かになれる可能性があるんだろう。

 

「じゃあ、金子」

 

 俺はまた心の中に誰かを置くことにした。

 

「おう」

「何があったら和と友達に?」

「……偶にいるだろ。いつの間にか話しかけてきて、いつの間にか関係を作ってくる奴。こいつはそういう奴だった」

「あー」

 

 関わりなんて些細なもんでも、足を数センチ食い込ませたら後は簡単。

 扉を開いた段階で負けてる。

 俺の扉はドアチェーンとかが作られる前だったから簡単に侵入された。

 

「そーいうシュウくんだってボクと友達じゃないかぁ〜」

「……で、金子。友達の友達は友達足り得るのか?」

「……無理だろ。オレは修哉とこうして話してるけど割と心の中でどうしようって思ってる」

 

 だろうな。

 俺も取り繕えるだけ取り繕ってるけど、これに関しては和が異常なだけだ。

 

「あ、じゃあ親睦深めるためにカラオケ行こうよぉ!」

「今日はパス。親父と焼肉」

「オレも西校の連中に呼び出された」

 

 今回は仕方ないだろ。

 膨れっ面されても困るんだよ。

 

「その前に!」

 

 おえっ!

 び、ビックリした。

 

「いい加減、紙を出してください!」

「ふぇ?」

 

 ふぇじゃねーんだ。

 ふぇ、じゃ。

 

「おい、言われてんぞ和」

 

 お前のことだろ、どうせ。

 俺、知ーらね。

 

「和、何のことか分からんが早く出せよ」

 

 どうやらこのことに関しては金子も同意見のようだ。

 

「貴方達もですよ!」

「え? 俺も?」

「オレもなの?」

「何ですか、これ!」

 

 あ、不味いかも。

 

「軍手を落とす仕事って!」

「何かネットで見たなーと思って……」

 

 楽な仕事無いかなと思ってネットで検索したら軍手を落とす仕事って見たもんだから。何で軍手を落とすのかは知らんけど。

 

「金子さんも! 何ですか、殴り屋って!」

「え? 殴られたい願望のあるやつを全力でぶん殴る仕事だけど?」

「そんな人は居ません!」

「分かんねーじゃん」

「そうだよぉ〜? もしかしたら需要があるかも知れないんだよぉ?」

「そうそう、今は需要と供給が成り立ってないだけ。オレが始めたら割と儲かるかも……」

 

 いや、ねぇよ。

 そこは全面的に否定する。

 

「あり得ません!」

 

 うん、良かった。

 俺と感性同じだ。

 でも、俺は彼女を同じ人種だと思ってない。だってこいつは多分恵まれてるから。

 俺には本当は何もない。

 けど、こいつは多くを持ってる。

 だから違う。

 必死になれるものをこいつは持ってるんだ。

 

「入りたい大学! どんな仕事がしたいか! 将来、どんな大人になりたいか! それを考えた事はないんですか!」

「あるな」

「オレも」

 

 でも。

 

「「必死になれなかったんだよ」」

 

 勉強も、運動も友人関係も。

 何かに必死になれたらもっといい人生を送れたのかも知れない。

 親父ももっと必死になれていたら、今とは違う何かになっていて、もしかしたら母さんも生きていたのかも知れない。

 だから必死になれる物を探してんだ。後悔しないために。

 まだ見つかりそうにないけど。

 

「で、軍手を捨てる仕事は必死になれるんですか?」

「……なります」

「殴り屋は必死になりますか?」

「……必死っていうか、必殺っていうか」

「やめて下さいね? 私、自分の同級がヤクザなの嫌ですよ?」

「や、別にオレもヤクザは流石にどうかと思うけど……」

 

 不良でもヤクザって躊躇うんだ。

 まあ、年季が違うってのか。

  

「はーい、皆さん。席に着いてくださいね。ホームルーム始めますんで」

 

 そういや、高校教師って男性教師の方が多いよな。

 小学校の頃は男性教師いないのかと思ってたのに、高校生になると男性教師ばっかりで珍しさも感じない。

 

「じゃあ、挨拶から。三村みむらさん」

「はい。──起立、おはようございます」

 

 彼女の声を追うように生徒は挨拶をして頭を下げる。

 また、面倒で退屈で平和で緩やかな日常が流れていくのだと。

 生ぬるい考えが一瞬で書き変わった。

 何の前触れもなく床が裂けた。

 此処は三階。

 下には教室があるはずだ。

 なのに、底が見えない。

 俺はどこに居るのか。

 飲まれていく中、方向もわからなくなって俺が手を伸ばすと誰かが俺の手を取った。そして、そのまま引っ張り上げられる。

 

「げほっ、げほっ……。何処だよ、ここ」

 

 澄み渡る空と、綺麗な空気。鼻を抜けていく清涼な風。

 教室とは違う。

 目に見える景色からして明らかなまでに。空には小さな島が浮かんでいる。

 俺の前に立っているのは、スカジャンを着た金髪。

 

「金子?」

「おう。何でオレとお前なんだろうな」

「さあ、な」

「……ここ何処か知ってるか?」

「知ってたら教えてやりたい。ステータスとかあるのか?」

「あー、試してみたけどそう言うのは無かったな」

「……今日、焼肉だったのに」

「オレはラッキーだったな。西校の奴とのたるい喧嘩しなくて」

「んな事言ってる場合じゃねぇみたいだな」

 

 もしかしたら高校生の喧嘩なんて馬鹿にならないかも知れない。

 こんなデカい熊なんて見た事ねぇ。いや、そもそも熊なんて見た事ないんだけど。

 

「あー、これは無理だな」

「待て、金子。熊から逃げる時はできる限り腰を低くして視線を合わせて……」

「視線はあわねぇだろ。オレ達よりデカいぞ!」

「なら、下り坂だ! 熊は下り坂が苦手なんだ!」

「道は平坦だ、残念だったな!」

「じゃあ、スマホのライトだ。熊はライトも効く、筈だ!」

「スマホなんてバッグに閉まってる!」

「何でだよ! 不良生徒!」

「割と内申は稼いでんだよ!」

 

 不味いな。

 そもそも、この熊に俺たちの常識が通用するのか?

 

『待て、人の子よ』

「は?」

「え、今、誰喋った? シュウか?」

「俺じゃない。お前でもないって事は……。は? 熊?」

『熊ではない。森の賢者、グリーズだ』

 

 何だこいつ。

 おい、凄い熊らしくない座り方したぞ。

 

『さて、人の子よ』

「ちょっと質問があるんだが」

『ウム? 答えられる範囲であるならば答えるが』

「俺たちとあんたの話してる言語って、同じモンなのか?」

 

 マジで区別が付かん。

 

『ああ、それは違う。賢者だがお前たちの言語は難解でな。まあ、意味合いはわかる』

 

 どんな原理だよ。

 俺たちの言語とこの賢者様が話してる言語は全くの別物。でも、賢者様の力で俺たちにも分かるようになってる、この認識でいいのか。

 

『さて、人の子よ。他に質問はないか?』

「あ、じゃあオレから!」

『フム?』

「オレら以外にオレらみたいな服装のやつ見なかったか?」

『いや、見ておらんな』

「そうか」

 

 大して気にしてないだろ。

 ただ、合流できるならそれでいい。せめて和くらいだろ、安否が気になるの。

 どうする。

 クラスメイトとの合流……。

 この世界での俺たちの役割はなんだ。

 魔王討伐?

 なら何でこんな中途半端な所に。

 だったら王城に。

 

 ……俺たちは勇者じゃない。

 

 だから、こんな所に居るんじゃないのか。

 俺たちみたいな必死になれない奴が勇者になんかなれるわけないだろ。

 

『お前は迷うか?』

「まあ、自分の存在意義っていうか、何でこんな所にって言うか」

「安心しろ。オレも感じてる」

『……悩むのも知恵持つ者の特権だ。悩み、足掻き、苦しみ、その先を知る。これは生きる者の特権だ。人の子であるのならば悩み、そして進め』

「はへー、あんた熊なのにそれっぽいこと言うんだな。な、シュウ?」

「そうだな」

『どっかのお人好しな賢者の言葉の受け売りだ。私も散々苦しんだ』

「名前は?」

『さてな。私はもう其奴の名前など覚えておらん。それから何百年も生きてきたからな』

 

 成る程、な。

 まあ、そこまでして聞きたいことでもないけど。

 この世界でも苦しめってのには変わりないらしい。

 

『ここから五十キロ先、エルフの村がある』

「エルフ!?」

 

 テンション上がってんな、こいつ。

 でも、分からんでもない。

 いや、気持ちは大いにわかる。エルフなんて言ったら美形が沢山。そりゃあ、テンションも上がるよな。

 

『ただ、エルフの事情に深く干渉はするな』

 

 忠告するって事は何かがある。

 俺たちが触れてはならない何かが。

 

『それと、二人旅。身を守る術がなければ心許ないだろう』

「これは?」

 

 俺に手渡されたのは勾玉のついた首飾り。

 

『魔除けだ』

「魔除け……。ほら、金子」

 

 俺は金子にも賢者様から渡された首飾りを渡す。

 珍しげに首飾りを眺めていると、まだ何かあるみたいだ。

 

「えーと、剣?」

『……に似せた鈍器だ。中々に人の作る剣という物は作りにくくてな。能力としては大した物ではないが、此処らのモンスター程度であれば倒せるはずだ』

 

 材質は、木?

 でも性能は賢者が保障してるし問題ないのか。

 

「助かったよ、えーと」

『先程も名乗ったぞ。グリーズだ』

「グリーズさん」

「ありがとな!」

『気をつけよ』

 

 気のいい熊だった。

 いや、普通の熊だったら死んでたな。

 この世界での俺たちの立ち位置。まあ、力関係って面だとどうなってんだか。

 

「どうする? クラスメイトが居るもんって考えで良いのかどうか」

「それなんだよな……。オレとシュウが居るのは此処で確定してる。ただ他の奴らだが」

「簡単に合流目指そうとか言えないか」

「でも目的のない旅ってかなりの地獄だぞ?」

「そもそも、俺たちって地図持ってないしな……」

「エルフの村が先か……」

「まあ、それが当然っちゃ当然か。あー、焼肉食いたかった」

「魔王討伐。魔王って居んのかな?」

「そういうの好きなタイプ?」

「まあなー」

「でも、分からねぇ。この世界に魔王居んのか」

「見ろよ。こんなに長閑なんだぜ? 日本なんかよりよっぽど綺麗なもんだ」

 

 柔らかな日の光。

 一面に広がる若緑の草原。

 雲の少ない晴れた空。

 

「平和、か」

「……帰りたいか?」

「帰りたいとかじゃなくて、帰んなきゃならねぇんだ」

「……あんなゴミみたいな世界から逃げ出せたんだ。ハッピーだろ……ってはなれねぇよな」

「ああ」

 

 親父を一人にすんのはダメだ。

 母さん死んで、俺まで行方不明になったってのは流石にダメだろ。

 

「なら、必死になるもんできたな」

「そうだな」

「オレは勝手にお前が似てるって思ってた」

「俺もだよ」

「だから、オレ達はここに居るんだ。何の役割も与えられずに」

「そうかもな」

「否定しねぇの?」

「似てんだろ、充分」

 

 必死になる理由もなく、非日常に放り込まれた身の上。帰るために必死になるってんなら、そこはもう似てるってしか言いようがない。

 

「帰り方、探すか……」

「漠然としすぎだろ。この世界の広さもわかんねぇのに」

 

 だよなー。

 

「あれ? 日野さんと金子さん?」

 

 ん?

 他にもいた?

 

「やー、突然此処にきたら誰もいませんし、歩き回ったんすけども」

「せ、先生!?」

「ちょ、何でセンセーが居んだよ!」

「お、おお? ま、捲し立てないで下さいよ。まあ、気がついたのは二十分くらい前なんすけどね。あ、二十分てのは大体っすよ? 時計もブッ壊れましたし」

「いや、あの……」

 

 もしかして先生。

 

「……必死になれなかった側の人?」

「は、はい?」

「あ、忘れてください。いや、大人いるって心強いですね」

「あ、あはは。あんま頼らないでくださいね」

「安心しろ、オレが居る!」

「ライオンには勝てないだろ」

「ライオン! 先生も勝てませんよ!?」

「あ、そう言う事ではなくてですね……。冷静な目線が欲しいんですよ」

「……日野さん」

「はい」

 

 何か違う。

 雰囲気が、変わった。

 

「僕がどうにか出来るのは対処する、それを目前にする前までです。対抗策を考えるだけ。先生といえど生徒以上に何でも出来るわけじゃない。当事者となった場合、僕も貴方達も関係ない。命を守るのは貴方達の判断です」

「……はい」

「まあ、正しいと思った判断を信じてください。僕が百パー正しいなんて確証はありませんし。……私も冷静では居られない可能性が高いので」

「先生は学校に戻りたいですか?」

「……戻らなきゃいけませんよ。私は彼女に寄り添わなければならないんですから……」

「彼女? 恋人でも居たんですか?」

「違いますよ。ただの生徒です」

 

 そこまで。

 どれほどの事情があるかは分からない。知りたいとは思わない。

 

「帰んなきゃならないんだな、センセーも」

「皆んな、そうでしょう?」

「分かりませんよ。もしかしたら家族のことなんてって思う奴もいるかも知れませんし」

「はは。……帰りたくはない、でも帰らねばならない。人間なんてそんなもんです。死んでしまいたい。でも誰かを壊してしまうかもしれない。ちっぽけな自分の死に、過大な評価を下して理由を作る。そうやって逃げられるから、僕はまだ生きてられるんです」

「そう、ですか」

「必死になれない側。さっき日野さん言いましたよね?」

「ま、まあ、はい」

「その通りっすよ。僕は必死になれなかった。妥協として先生になったんです」

「……センセー、先生になる前社会に出てたって言ってたな」

「懐かしいっすね。……競争社会に生きるの僕、向いてなかったみたいで。だから、野心もない僕は、必死になることもプライドも無かったから先生になりました」

「でもセンセーはオレと違ってちゃんと大人やってるじゃん」

「大人ですからね。大人が喧嘩ばっかしてたらどう思います?」

「……ビミョー」

「まあ、そういうことです。大人は大人であり、基本は自己責任ですし。大事な牙は守るべき生徒には向けないんですよ」

 

 先生にも先生なりの考えがある、らしい。

 責任から逃れたいだけなのかもしれない。それは俺には判別がつかないけど。でも、向き合おうとはしてるんだろう。

 帰らなきゃってことは。

 黒のボサボサ髪に丸眼鏡。髭が僅かに伸びてる。格好はワイシャツと黒色のスーツのズボン。ネクタイは少し緩めてる。

 

「くたびれおっさんやん……」

「今のグサって来ましたね、日野さん」

「あ、すんません。口から出てしまって」

「まあ、良いですよ。気にしません、私も大人なんで。それで君たちに聞きたいことがあるんですが……」

「あん?」

「君たちはどこを目指してるんすか?」

「んー、オレ達? まあ、魔王討伐?」

「違うからな。まず、エルフの村だろ」

「え、エルフ……!」

 

 世代的に幅広いな。

 エルフってやっぱ魅力的か。分かる。

 

「先生って……」

「はい?」

「ゲームとか好きでした?」

「まあ、青春ですね。得意ではありませんけど」

「じゃあ、ワクワクしますよね」

「……アレは画面だから良いのであって、現実だと考えたら冷や汗止まらないです」

「……センセーはオレ達とは別のところにいた方が良かったかもな」

「え? 私を一人にしようとしてます?」

「あー、違くてさ。だってセンセーってフツーに冷静だし、他の奴らが居るなら、そっちにいた方が生存率上げられると思うんだよ」

「あー、なんか君達、冷静ですもんね」

「二人だから臆病になってるんですよ」

 

 集団という安心感に浸れない状況。

 俺たちは冒険をするわけには行かない。だから、思考も冷めていく。

 

「まあ、先生は集団を纏めた方が立場的には良かったかもですね」

「しょうがないでしょう。こうなってしまったんですから」

「ほら、行くぞ」

 

 あれ、これもしかして先生姫プレイみたいになってる?

 エルフの村着いたら先生の分の装備買わなきゃか?

 待て、金ないぞ。

 問題、山積み過ぎないか?


 焼肉食べたい……。

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異世界行っても、勇者には成れません ヘイ @Hei767

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