化け物ぬいぐるみ店の店主、廃虚で夜食を食べる。

オロボ46

取り壊されるその場所は、それでもプライドだけは捨てなかった。




 夜の駅のホームに、電車が止まっている。


 その電車は、動き出す気配がない。


 周りは明かりがついており、人も行き交いすることから、駅の機能は果たしている。


 それでも、電車は動き出す気配がない。


 その電車自身も、困っているかのように。


 周りの人々は不思議なことに、スマホや腕時計で時刻を気にしているようだ。






「お兄ちゃん、空いている部屋あった?」


 駅のホームに続く階段に腰掛けていた女性は、スマホに目線を向けたまま隣の青年に尋ねる。

「いや、どこもいっぱいだ……そっちは?」

 青年もスマホから目線を逸らさず、女性に言葉を返した。


「ここから車で3時間の場所にある一軒だけ。小さな部屋にベッドがあるだけのすごい簡素なホテルだけど」

 そう伝えるこの女性、黄色のブラウスにチノパンという服装、三つ編が1本だけというおさげのヘアスタイルをしている。悪く言えば地味だが、どこか家庭的な雰囲気がある。

「今は夜の9時だから、この先の駅の事故が片づいて、電車が動き出すまで待った方がマシだね」

 スマホの時刻をながめてため息をつくこの青年、タンクトップの上にカーディガンを羽織っており、その背中には青く大きいバックパックが背負われていた。ズボンはジーズンに、ポニーテールの髪形。女性の言葉から、女性の兄であろう。

「同感。次の発車は明日の1時だけどね」


 女性はその場で伸びをすると、自分の腹に目を向けた。

「ねえ、おなかすいたしさ、夜食でも食べない?」

 青年は自分の腹を手でさすりながら天井を見上げ、うなずいた。

「確かにそうだね。食べるとしたらコンビニがいいかな。確か、この駅にもあったよね」

「問題は食べるところね……ここのコンビニはイートインスペースがないし、かといってこんなに人が居る場所で食べるのもちょっとね……」

「それなら、外のコンビニで食べるとしようか」


 ふたりはうなずくと同時に立ち上がり、階段を下りていった。






 駅の外の街中で、24時間光を灯し続けるコンビニ。


 そのコンビニの自動扉が開かれ、青年と女性がコンビニ袋を持って現れた。


「結局、イートインスペース……いっぱいだったね」

 青年は閉まる自動扉に振り向いて、頭をかいた。

「これじゃあわざわざ外で買った意味ないじゃないの……」

「まあ、仕方ないさ。一応せっかく来たから、どこか食べるスペースのあるところ、探そうか……」




 ふたりは、夜の街並みを歩いて行く。


 まだ深夜とは呼べない時間帯なのか、人々の姿もちらほらと見られる。


 その中で、ある視線がじっと、ふたりを見つめていた。


「……?」

 女性は立ち止まり、近くの路地裏に目を向けた。


 そこには大きめの段ボール箱が置かれているだけ。


 しかし、見られているとわかったのか、ごそごそと奥へ消えていった。


「……なんだったろう、あれは」

 隣の青年も段ボール箱があった路地裏を見ていた。

「さあ……」

 女性は不安そうに首をかしげた。




 しばらく歩いていて、ふたりは別の路地裏に目を向けた。


 その路地裏では、段ボール箱の隙間からじっと見つめる目があった。


 その目がふたりの視線と重なった瞬間、段ボール箱は奥へと消えていった。


「もしかして、私たちを狙っているのかしら?」

「いや……もしかしたら、なにか頼み事があるかも……」


 青年と女性は互いに見つめ合い、うなずいた。


「……ちょっと後をついていってみよう」

「少し迷ったけど、同感。このままほっといたって気持ち悪いわ。変な気を起こさせないうちに、徹底的にしましょう」

 女性は指の関節をポキッとならすと、段ボール箱がいた路地裏へと歩き始めた。

「ま、まあ、確かに狙っている線もあるけど、落ち着け……」






 路地裏をくぐり抜けた先には、白い壁がある。


 工事現場を囲う、簡易壁だ。



 

 その中には、30階建ての建物が建っている。

 外側は黒塗り、玄関から見えるフロントからは豪華な装飾ながらも、嫌みを感じさせないような配置、色合い。

 そう、ここはホテル。それも有名人ぐらいしか訪れそうにもない、最高級のものと推測できる。

 もっとも、営業していたらの話だが。


 ホテルの玄関の前には、大きめの段ボールからなにかが顔を出している。

 その真っ暗な体に8本の足……それはまるで、巨大なクモ。その巨体と目玉がふたつしかないことが、逆にクモではないなにかであることがわかる。

「……!」

 クモは後ろの気配を感じ取り、振り返った。


 そこには、青年と女性が立っていた。


「ヒッ……」

「あ、すみません……驚かせてしまって」

 思わず後ずさりするクモだったが、まったく取り乱す様子のないふたりに対して足を止めた。

「コ、怖クナインデスカ……?」

「ええ。変異体を普通の人間が見てしまうと恐怖に襲われる。でも僕たちは平気ですから、安心してください」

 青年の説明で変異体と呼ばれる存在であろうクモは納得したようにうなず……きかけて、別の疑惑が生まれたようにおびえた目に戻った。

「ちょっと、お兄ちゃんが信用できないっていうの!?」

 前に出た女性に対し、青年は「だから落ち着けってば」と制止する。

「……えっと、妹が失礼しました。これを見れば、たぶん信じてもらえると思います」


 青年はその場で背中のバックパックを下ろした。


 そのカーディガンの背中には穴が空いており、そこから4本の腕が現れた。

 その他の部分はごく普通の青年であるが、背中の4本の腕で、もはや変異体と同じ存在であるよう思える


「ア……アナタモ?」

「ええ。妹は普通の人間ですけど、信頼できますよ」

 その話を聞いて、変異体は胸をなで下ろすように顔下に向けた。

「ヨ、ヨカッタ……通報サレルカト思ッタ……」

「お兄ちゃんがそんなことするわけないでしょ? それはともかく、あんた、どうして私たちをジロジロ見てたの?」

 片手を腰に当てながら女性がたずねると、クモの変異体はすぐに顔を上げた。

「ア……実ハ私、夫ヲ探シテイマシテ……ココニイルカモシレナクテ……」

「それじゃあ、どうして入らないのよ」

 すると変異体はまた顔を下げ、少しだけ頬を赤らめた。

「私……オ化ケガ苦手デ……ココ……イカニモ出ソウジャナイデスカ」

「……路地裏でキョロキョロ見ていたのは、ここに入る勇気がなかったからか……」

 恥ずかしそうにうなずくクモの変異体に対して、女性はあきれたように首を振った。

「はあ、心配して損した……お兄ちゃん、さっさとここから立ち去りましょ」


 立ち去ろうとする女性。しかし、青年はその場から動かずにホテルを見上げていた。

「……いや、真理、ここで夜食を食べていかないか?」


 その言葉は、女性だけでなくクモの変異体も目を丸くさせた。




「僕はこれでもぬいぐるみ職人なんです。このホテルを眺めていると、なんだか新しいぬいぐるみのアイデアが生まれるような気がするんですよ」

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