第601話 教国の聖女になるまで7

 聖騎士――クジミーチ卿という名前だった――に同行して教国中央への旅を続けていた。

クジミーチ卿は馬にまたがり、私は馬車に乗っていた。

国境の小さな教会だったけれど、そこは国境という重要拠点、連絡用に馬や馬車は常備されていた。

旅はクジミーチ卿、私、馬車の御者という3人だけの一行だった。


 何も変化のない旅程を過ごしていた今日、やっと小さな村に辿り着いた。

クジミーチ卿は聖騎士であり、人物像としてはこの上もなく立派な方だった。

しかし、教国中央に近付くにつれ、私の脳裏には不安が広がっていた。

教国の保護下に入るということは、軟禁され武器ポーション製造機にされるという未来もあり得る。

それではアーケランド貴族に捕まるのと同じだ。

聖人の顔をしているけれど、クジミーチ卿にも裏の顔があるのかもしれない。

このままのほほんと連れて行かれたのでは、私は中央でどのような扱いを受けるかわからなかった。

利用されないためには、私が神の使徒であると認識してもらい、教国の指導者層として政治に食い込むしかない。

いや、私が教国のトップになっても良い。

そのためには……。


ピコーン


【民に救いを。生活向上のアイテムを齎すのだ】


 キター、神の啓示。

私の不安の高まりが、神の啓示を呼んだのかもしれない。

これが本当に神様のメッセージなのかは不明だけど、疑っても仕方ないし使えるものは使わないと。

それにしてもこの啓示というシステム、最終的に私に何かを作らせようという意図なのかしら?

もし鍛冶神様本人ならば、作ること自体が目的?


「ああ、神よ!」


 私は村広場の真ん中に馬車を停めさせると馬車を駆け下り、大袈裟に跪いて手を合わせると、天を見上げて神に祈った。

これは同行させてもらっているクジミーチ卿へのアピールだ。

いま私は神の啓示を受けたのだという。


「聖女様、いかがされたのですか?」


 私の思惑通り、クジミーチ卿が茶番に乗って来た。


「神の啓示を受けました。

この地で民が救いを求めています」


 そして、啓示に従って錬成をする。

カプセルを開けると、それは手押しポンプだった。

井戸に取り付けて、水をくみ上げる装置で、異世界チートとしてお金儲けに利用される定番アイテムだ。


「これは?」


「水をくみ上げる装置です。

民がこれを必要としているはずです」


 啓示任せだけど、きっとそうに違いない。

私だって手押しポンプが出て来てびっくりだよ。

アーケランドでは勇者が既に齎しているから珍しくもない。

だけど、それは戦略物資であり、他国に流出させないようにしていた。

だから教国では、これは便利アイテムであるに違いない。


 私の言葉にクジミーチ卿は一瞬躊躇ったが、目の前の奇跡――見たことも無い装置が出て来た事――に、一人納得して周囲に叫んだ。


「皆の者聞け!

女神様が困っている民のために啓示を与えたもうた。

そして、聖女様の力により奇跡の品が齎された。

そなたたちは、水のことで困っていることがあるのではないか?」


 聖騎士の言葉に村人たちは熱心に耳を傾け、ある事実に思い当たったようだ。


「聖騎士様、井戸のつるべが壊れてしまって難儀しておっただ」


 つるべとは滑車を使った水くみ装置だ。

この村には、それを修理する技術も無いのか。

滑車か、村にとっては確かに高度な技術かもしれない。


まことか!」


 思い当たった村人も驚いているが、半信半疑で問いかけたクジミーチ卿も驚いている。

私の思惑通り。神の奇跡を実感するがよい。


「皆の者、これを井戸まで運びなさい」


 私はカプセルから出て来た手押しポンプ一式を村人に運ぶように指示をした。

手押しポンプは上にあるポンプだけでは機能しない。

その下に井戸の深さ分のパイプが繋がっているのだ。

そのパイプや井戸の上を塞ぐ蓋兼ポンプの台も含めて手押しポンプは成立する。


「へい」


 村人が何なのかも解らないまま、手押しポンプ一式を運ぶ。

そして指示に従って設置を始めた。


「長さが丁度じゃ」


 パイプの長さは井戸の深さと同じだった。


「どうして蓋が綺麗にはまるだ?」


 蓋も井戸の口にピッタリだった。

欠けている部分も綺麗に嵌っている。


「それは神の奇跡だからです。

【ウォーター】」


 私は設置された手押しポンプに水魔法で水を入れた。

呼び水と言って、手押しポンプを作動させる切っ掛けとなる水だった。


「さあ、その把手を上下させなさい」


 半信半疑な村人が把手を上下させ続けると、手押しポンプの口から水が溢れ出した。

その光景に驚く村人たち。


「奇跡じゃ!」

「つるべが無くても水が簡単にでるだ!」

「聖女様ありがたや」

「女神様、感謝しますじゃ」


 小さな村で奇跡が起こった。

それを齎したのは聖薬の聖女と神の啓示。

噂は広がる。

そして、その奇跡を目の当たりにしたクジミーチ卿の目は、私を心酔するものになったいた。

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