第453話 カメレオン5潜入

 星流ひかるが帰った後も、俺はカメレオン5と視覚共有して様子を伺い続けていた。

星流は飛行スキルを使い、人の身でありながら単独飛行が出来る。

俺たちの砦を出ると、そのまま一気に高空まで上がり、要塞都市目指して飛行を開始する。

それは曲芸飛行かと思うような優美な飛行だった。

まあ、これで速度が出ていたら、カメレオン5の視覚で見ている俺は、ジェットコースターに乗ったような気分になったことだろう。

丁寧で優美な飛行だったため、そんな事が無くて良かったよ。


「星流のやつ、根っから飛ぶことが好きなんだな」


 俺は星流の違う一面を見た気がした。


 そして、星流が急降下を始めた。

要塞都市の城壁がぐんぐんと迫って来る。

そして急停止すると城壁に降り立った。


『お帰りなさいませ、勇者様』


『お疲れっす』


 見張りの騎士が笑顔で星流に接している。

そこには勇者を道具としてしか見ていないアレックスとは違い、勇者に対する尊敬の念が感じられた。

アーケランドの騎士も、悪いやつらではないのだ。


 星流はそのまま城壁の上の回廊を歩き、城壁の内側にせり出したバルコニーを経由して、その後ろの指揮所へと入って行った。

要塞都市グラジエフの北側城壁は、対皇国の真正面にあたる。

そのため、城壁と同じ高さの建物の上に指揮所が存在していた。

それが城壁とバルコニーで繋がっているのだ。


『戻ってきたっす』


 あれはアレックス!

星流が進む先に姿を現したのはアレックスだった。

玉座ともとれる最高指揮官のための椅子にどっしりと座っている。

まさか星流は帰ってからこんなにも直ぐにアレックスと会っていたのか!

軽鎧の懐に入れた紙とペンとインク壺を置く暇もなくアレックスと会うとは想定していなかったぞ。

バレなければ良いが……。


『星流か、今日の戦果はどうだ?』


『カツ(丼)が美味かったっす』


 おいおい、星流、何言ってんだよ。

それじゃ、こっちでカツ丼を食べたってバレるだろうが。


『?』


 ほら、アレックスも頭に?が出てるぞ。

まずい。こいつ星流、裏表が無さすぎる!


『そうか、勝ったか』


 え? アレックス、そう解釈したの?

もしかして、アレックスも星流の言葉の足りなさに苦労しているのか?


『行っていいっすか?』


『ああ、また頼むぞ。

今日も特別食を出そう』


 クリアしたー!!!

ある意味、星流の鈍感力に嫉妬するわ。


 そのまま星流は渡り廊下で繋がった別の建物へと入って行った。

どうやら、指揮所と直で繋がっている兵員宿舎があるようだ。

いざという時に、そこから直で兵を投入出来るようにしてあるのだろう。


『戻ったっす』


 いくつかの建物を経て星流がやって来たのは、勇者の宿舎としては調度品のやたら少ない部屋だった。

入口からすぐに見えるリビングの広さはそれなりにあり、リビングの周囲に個室のドアがいくつか見受けられた。


『どうだった?』


 リビングのソファーには鎧下を付けた男が座っていた。

どうやら鎧は脱いでいるが、いざという時には直ぐに着れるようにと鎧下姿で待機しているようだ。


『これをもらって来たっす』


 星流が軽鎧の下から紙とペンとインク壺を渡す。

どうやら、その目の前にいるのが翼くんらしい。


 翼くんは、一見ホストかと見紛うような茶色い長髪に色黒の肌をしている。

だが、そこにはチャラさはなく、爽やかな雰囲気が漂っていた。


『アレックスにはバレなかった?』


『余裕っす』


 あれが余裕だったのかは検討の余地があるが、上手くすり抜けられたのは事実か。


『やはり良い紙だね。

これはアーケランドの公式書類でも見たことが無い。

見つかったら、先代召喚勇者が作ったってバレるね』


『あいつらにも見せられないっすか?』


 あいつらって誰の事だ?

アレックスやその取り巻き以外にも秘密にしなければならない相手がいるのか?


『うん、野球部の連中には見せない方が良いと思う。

星流、これはこの部屋だけの秘密だよ』


 あいつらとは野球部のことか。

サッカー部と野球部でアレックスに対する距離が違うのか?

となると、野球部には迂闊に接触しない方が良いか。


『まずは、返事を書こう』


 そう言うと翼くんはペンをとり手紙を書き始めた。

どうやらこの部屋には野球部は居らず、隠す必要が無いらしい。

おそらくアレックスに近いかそうでないかで待遇が違うのだろう。


 そのまま星流も自分の部屋に入って行った。

プライベートの時間らしく、何かあったら教えてくれとカメレオン5に伝えて、ここで視覚共有を切った。


 ◇


 夕方になり、カメレオン5から念話のノックが入った。

俺は急いで視覚共有をかける。


 星流は軽鎧を脱いでおり、寛いだ様子だ。

どうやら部屋を出ようとベッドから腰を上げるところのようだ。

その右肩にカメレオン5が乗る。


『また肩が重いっす』


 この様子ならば、カメレオン5はまだ気付かれていないようだ。

星流が個室を出るとリビングの脇のダイニングに、食事が配膳されていた。

あまり美味しくなさそうな食事が4人前。

戦場の兵に配られる食事よりはマシというレベルか。

そして1人前だけちょっと豪華な食事があった。

士官食だろうか?

どうやら、それがアレックスの言う特別料理のようだ。


『皆で食べるっす』


 食事の時間になり、全員が個室から出て来ていた。

星流、翼、そしてU-18代表で有名な中里翔太、陸上選手でハーフのマイケル・高山、もう1人は名前を知らない柔道体形の男だ。

星流はその特別料理を皆で食べようと提案していた。


『それは星流が手柄を立てて手に入れた褒章。

我らが食して良いものではない』


『そうだぞ。気にせず食え』


 柔道がそう断ると、他の3人も頷いた。

みんな良いやつらしい。


『皆に(隠し事をしていて)悪いっす』


 その星流の言い方に長年付き合いのある翼が反応する。


『その言い方。悪いと思っているのは、この料理の事ではないな?』


『まさか、俺たちに何か隠していることがあるのか?』


 その追及に星流は正直に吐く。


『実は食べてきたっす』


『何を?』


『あの砦でか!』


 さすがサッカー部、チームプレイで真相に辿り着いたか!


『カツ丼っす』


『『『『わかった。これは皆で食おう』』』』


 その後、根掘り葉掘り追及された星流は、昨日はマグロ丼だったことを下呂した。


『俺たちもさっさと向こうに行くぞ』


『『『おー!!!』』』


 飯テロは強し。

これは弁当を持たせた方が良いかもな。

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