第434話 要塞都市グラジエフ攻略2

Side:引き続きリュウヤ


 戦場で味方に不信感を持たれるのは、どの軍にとっても危険な兆候だ。

皇国兵も敵はアレックス率いるアーケランド軍だとは理解している。

指揮官も正統アーケランド軍は味方だと言い、指揮には一片の曇りもない。

だが、皇国兵たちに芽生えた不信感は、戦場での行動に影響を与えることになる。


 例えば、今まさにアレックス軍の兵により、危機的状況に陥った正統アーケランド軍の兵士がいたとする。

その兵が信頼できる味方であれば、皇国兵は命をかけてでも援護するだろう。

だが、そこにいるのは味方と称しているが、魔王軍だとの疑念を持たれた軍の兵だ。

そこに一瞬の躊躇いが発生したら、助かる者も助からないことになりかねない。


 アレックスは、そんな心理的影響を皇国兵に齎したのだ。


「このままでは悪い影響が出始めるな。

何か打開策は無いのか?」


 悩んでも何も出て来なかった。

事実に基づいた嘘ほどやっかいなものはなかった。

オトコスキーはヒロキの配下になったから安全だと説得しても、魔王軍幹部がどうして配下になったのかの説明が付かない。

逆にヒロキが魔王だからだとの印象を補強しかねない。


「我が領軍は退かせてもらう。

アレックス卿が魔王だと言うから打倒に参加したが、これではどちらが魔王か判断ができぬ」


 そう言い出したのは、タルコット侯爵派閥ではない貴族家から派遣された領軍だった。

魔族勇者を目撃したため、こちら側に付いたという緩い関係の貴族家だ。

しまった。魔王軍疑惑の影響は正統アーケランド軍に参加している貴族家の領軍にも及んでいたか。


 彼らは魔族勇者が顔を晒して領地を走り抜けたのを目撃したために、アレックスが魔王だと信じていた。

第二王女が証言し、魔族勇者の遺体も見せられた。

これは一大事と正統アーケランド軍に参加したのに、オトコスキーのような魔王軍幹部と言われても不思議ではない存在を目にしてしまったのだ。


 どちらが魔王か判断出来ない、その疑念は当然の帰結だった。

魔族を従わせているからアレックスは魔王だという論理が、そのままヒロキに当てはまってしまったのだ。


 元々タルコット侯爵派閥でない貴族家の領軍ほど、迷いを産んでしまっていた。

セシリア王女には、そこまでの求心力が無かったのだ。


「我らが勇者軍であることを後程必ず証明してみせる。

それまでは、どうぞ退いてくれてかまわない」


 俺はそう言うしかなかった。

我らこそ勇者軍であると証明できるのは、ヒロキのステータスにある真の勇者のジョブだけだ。

そのヒロキが居ないいま、彼らを引き留める手段はなかった。


「とりあえず我らは領地に下がり中立となろう」


 どちらにも与しないことで保身を図るのだろう。

それは仕方ないことなのだろうな。

ここは後ろから攻撃されないだけでもありがたいと思うことにしよう。


 ◇


 アレックス側の勇者と小競り合いをした後、一定の戦果を得たと判断したのか、アレックス軍は要塞内に退いていった。

俺たちも深追いはしない。

だが、我らは確実に兵を減らされていた。

一部貴族家領軍の撤退、それが大きな痛手となっていた。


「まんまとアレックスにしてやられてしまったか」


 勇者30人の攻撃は、オトコスキーのような明らかな魔族を表に出させる謀略だった。

いや、オトコスキーを引き出すことこそが目的だったのかもしれない。

彼らは本気で攻撃して来ず、お互いに被害の出ないまま勇者同士の戦いは終了した。


 温泉拠点を攻撃してヒロキを不在にし、皇国兵を揺さぶり俺たちを分断する。

正統アーケランド軍の切り崩しまでされてしまった。

ヒロキという存在に頼っていた弊害が出てしまったな。

俺には何もすることが出来なかった。


「リュウヤ殿、申し訳ないが皇国軍は退かせてもらうこととなりもうした」


 皇国軍総大将のタカヒサ殿が直々に頭を下げて来た。


「はっ?」


 なぜだ?

皇国軍幹部はヒロキが真の勇者だと知っているはずだ。

なぜここで心変わりするのだ?


「大規模な魔物の氾濫がおきもうした。

アーケランドと皇国の間に存在する迷宮でごわす。

此度は皇国側へと向かっているとの連絡が入りもうした」


「バカな!」


 そこはつい最近、既に氾濫を起こした迷宮だった。

あのさちぽよが行方不明となった魔物の氾濫こそ、その迷宮からの氾濫だったのだ。

一度氾濫した迷宮はしばらく氾濫が起きることは無い。

それが皇国側に氾濫した?

有り得ない。


「人為的なものか!」


「我らもそう判断しておる。

このままでは補給もままならぬことになりもうす」


 ヒロキの離脱を認めてくれた皇国軍に、行くなとは言えない。

自国の窮地に救援に向かうのは当然の権利だろう。

さらに、大軍を維持する補給路が魔物に分断されてしまう。

戦略的にも魔物の対処が先で当然だろう。


「わかりました。御武運を」


 俺は皇国軍をそう送り出すしかなかった。


「どうする、俺たちも退くか?」


 赤Tが呑気に訊ねる。

だが、俺たちは退くわけにはいかなかった。

タルコット侯爵派閥の軍が援軍に向かって来ているはずだったからだ。

その援軍による挟み撃ちを期待しての要塞攻略なのだ。

何年かかってもというのは援軍ありきの話だったのだ。

それを放置して逃げたならば、俺たち正統アーケランドの信用は地に落ちる。


「そうはいかない。俺たちはここに留まる。

セシリア王女はクロエ陽菜といつでも逃げられる準備を」


 いざという時はクロエの【転移】でセシリア王女だけは逃がす。

セシリア王女が居なければ正統アーケランドが成り立たない。

ヒロキ、早く戻って来てくれ。

俺にはヒロキのたまご召喚しか、形勢逆転の手段が思いつかなかった。

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