第388話 皇国参戦

 お知らせ


 作者の記憶違いで真の勇者が委員長だと主人公が知ったということが頭から抜け落ちていました。

そのため第387話が辻褄の合わない話になっていました。

加筆修正させていただきました。


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 なぜ皇国が、という疑問は、サダヒサの存在で簡単に霧消した。

あのカドハチの所属替え依頼に添えられた、サダヒサの紹介状があったのを覚えているだろうか?

シマヅという皇国の名家の紹介状があれば、手続きが早いという話で、サダヒサに喜んで書いてもらったものだ。

そこにサダヒサは細工をしていた。

商業ギルドへの紹介状に皇国上層部への手紙を託していたのだ。


「つまり、ディンチェスターにアーケランド軍はいないから攻め時だと教えたのか」


 日数的に手紙が届いて直ぐに進軍を開始したような感じだ。

これは既に準備が整っていたな。

おそらくバーリスモンド侯爵とのゴタゴタあたりから準備を整えていたのだろう。

バーリスモンド侯爵領こそ、対皇国の最前線だったのだから。


「すまんな。エール王国が地政学的に防衛が難しいならば、地続きの皇国がとってしまえば良いのであるよ」


 アーケランド北部のディンチェスターの街は、皇国との国境の街でもあったのだ。

そこには走竜の早馬で5日という距離的な隔たりがあるが、それ以外は無防備と言っても良い。

エール王国を誘い込むために、その防衛戦力を手薄にするとは、アーケランドの明らかな失策だろう。

自ら仮想敵国だと言っているのに、その考えが無かったとはお粗末な事だ。


 だが、元々はエール王国が戦争に勝ったから、戦力が手薄になった土地だ。

罠だったとはいえ、皇国が横から掻っ攫うのは国際的にはちょっとまずいだろう。

アーケランドもそう過信しての囮作戦だったのだろう。


「まあ、それもエール王国がかの街を取る気がないと教えてもらったからなのである」


 此度の戦争で、ディンチェスターの街は云わばエール王国の戦時報酬となるはずだった。

エール王国が血を流して戦った結果、手に入るはずの領土なのだ。

それを皇国が横から掻っ攫ったとなれば、エール王国と皇国が戦争状態になってもおかしくはない。

だがエール王国はこれ以上の領土拡大を望んでいなかった。

その情報をサダヒサが皇国に齎したからこそ、皇国が動いたということだろう。


 アーケランドが立てた、補給を絶ってエール王国軍を殲滅するという作戦も、地続きの皇国には通用しない。

あれは渓谷による分断が、橋を落とすことで簡単に行えるからこその作戦だったのだ。

策士策に溺れる。そしてサダヒサが情報を速やかに送ったことによる勝利だろう。


「これでアーケランドは、皇国とも事を構えなければならなくなったのか」


 アーケランドはエール王国と農業国と戦争状態にある。

だが、エール王国はノブちんと栄ちゃんを失ったことで、これ以上の損害を恐れて消極的になり、停戦命令が出ている。

しかもディンチェスター占領を強行しようとした武闘派の赤Tが、あれ以来俺たちの温泉拠点に合流してしまった。

この戦力ダウンはエール王国にとっても厳しいものがあったのだろう。

新国境砦を設置し、そこまで領土を奪還したエール王国は、このまま停戦でも充分勝ちなのだ。


 だが、農業国は黙ってはいないだろう。

未だにアーケランドによる占領地があるのだ。

もし真の勇者が農業国の占領地を離れれば、攻勢に出ることは間違いない。

その状況に皇国が参戦したのだ。

アーケランドは2正面での戦いを余儀なくされたわけだ。


「だが、エール王国に不義理を働くわけにもいかんのでな。

それがしは、この後説明のためにエール王国への使者とならねばならん」


 サダヒサは皇国軍からカドハチ便に託された書状を読むとそう言った。

カドハチ商会が皇国所属になったとはいえ、随分と便利使いにされたものだ。


「おそらくディンチェスターの街は皇国とエール王国の共同統治となるであろう」


 皇国もエール王国への落し所を考えていたわけだ。

皇国はアーケランドへの足がかりを得、エール王国は補給を気にせずにディンチェスターの街を活用できる。

そしてカドハチは晴れて皇国所属の商人として両国の間で商売が出来る。

俺たちもアーケランドから攻められにくくなる。

WIN-WIN-WIN-WINじゃないか。

サダヒサのやつ、侮れないな。


「それがしはエール王国へと親書を携えねえばならぬゆえ、これにておいとまさせてもらうのである。

奥方、美味い食事であった」


「どういたしまして?」


 結衣が戸惑って台詞が疑問形になっている。


「ヒロキ殿、次は我が皇国と共にアーケランドを滅ぼす話でもしようぞ」


 そう言うとサダヒサはエール王国へと向かった。

といっても、ちゃっかりうちの馬を1頭借りて行ったのだが……。

馬を返すために、またここに来るつもりのようだ。

俺たちの懸案事項であるアーケランドとの戦いも、皇国がサポートしてくれそうだ。

いや、単にサダヒサが食事を気に入ってタダ飯食うつもりかもしれないけどね。

まあ、それは置いといて。


 サダヒサは、このままカドハチ便に付いて東の新国境砦まで行って、そこから街道を西に旧国境砦に向かう。

一度東に行って西に戻るかたちだ。

それでも単独で魔の森を突っ切るよりはマシなのだ。


 今後、俺たちもエール王国とはお米を取引をしなければならない。

そのための道が遠回りでは困る。

赤Tが作っていた北の迂回路は魔物が強くて、ここまでの延伸は無理だろう。

この温泉拠点から、安全に南にある街道へと出る道を作るしかないか。

魔の森の魔物は、南に行くほど弱くなる。

GKの配下がパトロールすれば、カドハチ便でも使えるようになるだろう。


 今後カドハチ商会は、皇国とエール王国の間を主体に商売をするようになるだろうからな。

まあ、うちとの取引が一番大きくなるのだが、それはシャインシルクあってのことだしな。

国家間取引の旨味は大きいはずだ。

それにカドハチにはエール王国に兄のカドロクが、皇国に姉のナナがいるらしいので、上手く商売が回りそうだ。


「案外丸く収まったな」


「アーケランドが皇国と戦うことに専念すれば、こちらが王城に忍び込む隙も出来やすいはずだ」


 リュウヤが言うとおり、俺たちに足りない人数の力を皇国が担ってくれるならば、俺たちも戦い易くなることだろう。


「だけど、ディンチェスターを占領した皇国軍の矢面に立つのは、オールドリッチ伯爵ではござらんか?」


 腐ーちゃん! そうだった。

あそこから南はオールドリッチ伯爵領だったわ。

あの人はアーケランドの良心だ。

侯爵軍の横暴にも、裏に表に俺たちの味方になってくれた恩人だ。

あんなまともな貴族、滅多にいないぞ。

それが皇国に蹂躙されてしまうのは忍びない。


「なんとかして助けたいけど、皇国は亡命を受け容れてくれるだろうか?」


「そもそもオールドリッチ伯爵がアーケランドを裏切ってくれるのか?」


 バレー部女子、それな。

オールドリッチ伯爵は実直な人柄だから、国のために戦おうとするだろうな。


「何か説得材料はないのかしら?」


 裁縫女子、そう簡単に説得できる材料なんて……。

そうだ、ここには洗脳の解けた第二王女がいるじゃないか。


「第二王女に今の王家はアレックスに乗っ取られていると証言してもらうか」


「それいけそう」

「王家が腐ってることはオールドリッチ伯爵も知らないのよね?」


「オールドリッチ伯爵は、勇者召喚は国のためだという表の理由を信じてる感じだな。

まさか使い捨ての駒だとは思ってないだろうから、そこから崩してアレックス打倒で寝返ってもらおう」


 そのためには俺たちが召喚勇者だと知らせることになるな。

謎の貴族が噓だったのはマイナスかもしれないが、その理由も理解してくれる御仁のはずだ。

交渉が失敗するかもしれないが、その時はその時だ。

何もやらずにこのまま戦う事になるよりも遥かにマシだろう。


「とりあえず、皇国とも話を通さなければな。

ならば、サダヒサを捕まえて話をするべきか」


 運が良いことに、サダヒサはエール王国へと向かう遠回りの真っ最中だ。

ここから南下して街道で待っていれば、新国境峠から戻って来るサダヒサに会うことが出来るだろう。


 こうして、俺たちは南の街道までの新道建設と、サダヒサに会ってオールドリッチ伯爵との和解の話をすることにした。

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