第389話 覚醒

 温泉拠点から街道まで南下する道は、オケラが一直線に耕してから、土ゴーレムたちが固めることで、とんでもない速度で完成した。

作業中、縄張りを犯された魔物が襲ってきたが、それはT-REXと翼竜が排除した。

陸と空の強者による護衛に敵うような魔物は、魔の森南部にはさすがに存在しなかったようだ。

これで馬車1台が通るのには不自由しない道が完成した。


 残りの作業としては、オケラが倒した木材を回収しなければならないぐらいだろう。

これは後でアイテムボックスに入れて運ぶしかない。

そうなるとアイテムボックスのスキルが必須であり、作業に携われる人員が限られてしまう。

まあ、俺かセバスチャン青Tだな。

俺が作業に付いて行けていれば、その場で回収したところだが、この時俺には別の仕事があったのだ。


 ◇


「というわけで、アレックスを倒す手伝いをして欲しい」


 そう、俺がやらなければならなかった仕事とは、第二王女セシリアの説得だった。


「皇国に手を貸すとなれば、アーケランドの滅亡を意味します。

それでもわたくしに手を貸せと?」


 セシリアは、アーケランド王家の非道の歴史を理解していた。

最初は召喚勇者と共に魔王を倒すのがアーケランドの使命だった。

しかし、王家はその召喚勇者の力を次第に疎ましく思うようになる。

いつか自らの立場と入れ替わろうとするのではないかと。

ならば魔王さえ倒した後に、召喚勇者を亡き者にすれば良い。

そこからアーケランドの義は狂い始める。


 その結果が逃げた召喚勇者による反アーケランド勢力の台頭だった。

その旗頭こそが勇者の直系子孫である皇国皇家なのだ。

セシリアたちアーケランド王家は、義が皇国にあることを知りつつも、国を王家を守るために新たな召喚勇者を利用することを是として来たのだ。


「あなた方にとって、アーケランド王家は悪そのものなのでしょう。

しかし、国を民を守るためには勇者の力が必要だったのです。

だからしょうがないと、王家が罪を被れば良いんだと思って来た……」


「ハルルンを見てもそう思うのか?」


 いつしか召喚勇者を道具や駒としか見なくなったアーケランド貴族は、王家の思惑とは別に暴走した。

それが生産職という役立たずな勇者に対する弾圧だった。

尤もそれは、薔薇咲メグ先生が逃げ出す時にやらかした、世にも悍ましい所業による恐怖が後押ししたことでもあったのだそうだ。

何やったんだよ、薔薇咲メグ先生。


「あれは不幸な出来事でした。

一部貴族の暴走があってのことでした。

召喚の儀の副反応で、王家が政務を行なえない隙を突かれたのです」


「だが、その前も召喚勇者を洗脳し、死ぬような訓練を強要していたんだよな?」


「それは対皇国で、1日も早く戦力が必要だってアレックスが……」


 アーケランド王家に理由があったとしても、俺たち勝手に召喚されて利用されるだけの者にとってはたまったものではない。


「このままでは、アーケランドの民が犠牲になることになるぞ。

王家は、民を守るために勇者を欲したのではないのか?

それとも王家の私利私欲の拡大政策のためにを勇者召喚を行なっていたのか?」


「違う! 私たちは民を思って……」


 セシリアも自分たち王家の行ないが、正しいのかどうか疑問に思ってしまったようだ。


「民を救うために、アレックスを討つということなのね?」


「ああ。俺たちの召喚に関しては、アレックスが主犯だからな。

だが、皇国の皇女様や配下の先祖の方は、王家そのものに恨みがあるはずだ。

少なくとも戦争に負ければ父王は処刑されるだろう」


 ここはセシリアを騙しても良いところだろうが、俺は正直に話した。

それだけ、アーケランド王家には召喚勇者の生死に対する責任があるのだ。

それを理解したうえで協力してもらわなければ、セシリアも片棒を担いでいた罪を償うことは出来ないだろう。


「わかりました。協力しましょう。

ただし、条件が1つあります」


「なんだ?」


「それはアーケランド王家の存続。

いいえ、血筋の維持ですわね。

この勇者召喚という罪を背負う血筋の維持を望みます」


 それってまさか。


「わたくしを貴方の妻にしてください。

それが条件です」


 それは自分が生き残りたいというのではなく、間違った歴史を正す過程を見続けたいという意志だったのかもしれない。


「若くないとダメならば、妹でも良くってよ?」


 その役は自分ではなく妹でも良いとセシリアは言った。

ろ、ロリコンちゃうわ!

どうやら、どっぷり悪事に手を染めているのは、父王や政務に携わる貴族たちだけのようだ。

王妃に王女たちは、その対応を訝しく思いながらも、国のためと従っていただけなのだろう。


 そのアーケランドの血が許せないと思う者たちも居るかもしれない。

だが、魔王を倒すために、勇者を召喚できるというその特別な血に、昔は義があったことは間違いないのだ。


 いや、俺ってその魔王の卵じゃんか。

この世界にとって俺って討伐対象なのか?

真逆な存在の魔王の卵とアーケランドの血が混ざったらどうなるんだよ?


 しかし、アーケランドの民を数多く救うためには、アーケランド第二王女という旗頭は効果的だ。

悪いのは第一王女の配偶者アレックス。

王家を乗っ取り、国を私せんとする魔王の魂を宿す者だ。

これで行くためには、俺は政略結婚でセシリアを妻とするしかないだろう。


「わかった。俺の妻となるからには一生守ると誓おう」


「それでは誓いのキスを」


 そう言うとセシリアは俺に顔を近づけて来てキスをした。

その時、俺の身体に電撃が走った。

得も要れぬ感覚、背徳感、この世の全てを恨むような感情。

それが解放されたかのような感覚が俺の身体を駆け抜けた。


「まさか、これは!」


 嫌な予感がした。

悪いことが起こったのではないかという感覚。

まさか、俺に職業ジョブとして現れていた魔王という卵がついに孵化し、真の魔王として目覚めてしまったのだろうか?

そのような焦りの感情が浮かんで来る。


 恐る恐るステータスを確認してみる……。

だが、魔王の卵から生まれたその職業は、真逆の存在の真の勇者だった。

これは委員長が持っていたはずの唯一無二の職業ジョブのはずだった。

ということは、委員長は悪行により真の勇者の職業ジョブを失ったのか。

そして、アレックスには唯一無二の真の魔王となる条件が整ってしまったのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る