第373話 一方アーケランドでは

「ご報告します。作業場はもぬけの殻、取り逃がしてしまいました」


 捜索の任に付いていた騎士隊隊長がそう報告して来た。

彼らには、先代召喚勇者の1人を探し出すように命じていたのだ。


 最近、アーケランドには上質の紙が出回っていた。

羊皮紙と違って滲みにくく、絵を描くには最適な紙だ。

紙の流れを追うことで、絵描きであるシモーヌの居場所が判るはずだった。

その捜索の結果、シモーヌは農業国の国境付近にいると判明し、捕縛に向かわせていたのだ。


「そうか。逃がしたか」


 戦う術の無いシモーヌならば簡単に捕まると思ったのだが、そう簡単にはいかなかったようだ。

農業国ということでアーサー真の勇者を向かわせようと思ったのだが、あいつの暴走でまた殺されてしまってはと躊躇したのだ。

それがしくじりの元だったかもしれない。


 シモーヌは私の依り代・・・の同期だった先代召喚勇者だ。

私の意識が完全なものになる前に、アーケランドの生産職嫌いという悪しき風習で放追されてしまったのだ。

逃げられるほどの力は無く、何かの役に立つだろうと今まで放置していたのだが、今回役立てようという時に逃げられてしまった。


「これを御覧ください」


 そう言うと騎士隊隊長が皺くちゃの紙を差し出した。


「これは作業場に捨てられていた書き損じです」


 私はその絵を見て驚きを隠せなかった。


「生きていたのか!

そうか、やつは半魔だったな。

ならばまだ生きていても不思議ではないか。

だが、シモーヌがやつと行動を共にしているとなるとやっかいだな」


 その絵に私は見覚えがあった。それも100年前の話だ。

それはアーケランドが忌み嫌い、禁書にまでした薔薇咲メグの絵だった。

これがシモーヌの潜伏先にあるということは、シモーヌがメグと行動を共にしていることを意味していた。


「まだ新しいな。つまりシモーヌはメグと行動を共にしているのだな」


 私は、この絵でシモーヌが逃げ伸びた理由をはっきり理解した。

メグが一緒ならば、誰であろうと捕縛は不可能だった。

メグの存在、それはただただ厄介なだけだった。

トラブルメーカー、壊れた玩具箱、アーケランドの災厄、アーケランド王家にはそうまで云われている伝説の忌避すべき存在。

触らぬ神に祟りなし。

さすがの私もそれ以上のシモーヌ捜索を躊躇ったほどだ。


「どうする」


 私にはどうしても為さねばならぬ事があった。

私の黄泉返りは一見成功したかに見えたが、不完全だったのだ。

鍵はアトランディア皇国にある。

過去に魔王を倒した勇者がアーケランドから逃げ延びた国。

それがアトランディア皇国なのだ。


 かの戦闘国家を倒すためには戦力が必要だった。

それが勇者召喚による手駒の確保だったのだ。


 前回は不覚にも儀式により意識を失ってしまった。

そのせいで、アーケランド王家或いは貴族の暴走という思わぬ事態を招いてしまった。

次は失敗しない。

そう思って行おうとした召喚の儀を今代勇者残党に邪魔されてしまった。


 その召喚の儀も適合者が4人揃わなければすることは適わない。

あと1人、それがシモーヌの予定だったのだが、上手く行かないものだ。


「第3王女を使い潰すか、第2王女を連れ戻すか、エール王国から……」


 第3王女には、俺の子を産んでもらわなければならない。

使い潰すなど勿体なすぎる。


 第2王女を奪還するには、あのオトコスキーをも支配下に置く召喚勇者を倒さなければならない。

あいつは今代の魔王だ。倒すならば真の勇者を使うしかないが、それは今ではない。

戦力差が有り過ぎて返り討ちになるのが目に見えている。


 ならば、エール王国にいるであろう今代召喚勇者を攫うべきか。

エール王国ならば、あの今代魔王も出張って来ないだろう。

それにしてもアーサー真の勇者め。

エール王国の勇者を2人も殺しやがって。

あいつの首輪も締め直さなければならないな。


「ご報告します!

バルゲ男爵家にて行方不明の召喚勇者を発見しました!」


「でかした!」


 なんという幸運。

まさか保険で探していた、奴隷として売られた召喚勇者がみつかるとは。

これで召喚の儀が出来るぞ。


「どこにいる? 連れて来い」


「そ、それが……」


 報告をした騎士が躊躇った理由は、後で直ぐに判った。

彼女は筆舌に尽くせぬ惨たらしい扱いを受けていたのだ。


「良く生きていたな……」


「どうやら最近手に入れたばかりのようです。

わざわざバルゲ男爵の子息バカレロが探しまわったようでして……」


 その執念のおかげでみつかったということか。

バルゲ男爵の息子は、召喚勇者の1人を手に入れて、壊して捨てている。

そこまでは調べがついていたが、まさか2人目もわざわざ手に入れていたとは盲点だった。


「バルゲ男爵家は取り潰しだ。

その一族全員、王家に対する叛逆の意志ありと捕縛せよ!」


 よくも勇者を無駄にしてくれたものだ。

それだけで叛意有りに該当するというものだ。

そいつらを加えれば召喚の儀が行なえるだけの贄が集まるだろう。


 それにしても酷い。

儀式の前に死なれても困るので、この召喚勇者を治療しておくか。


「この者を治療するのだ。

上級回復薬を使ってかまわん」


 私は召喚勇者サリーさゆゆを第4の適合者として、召喚の儀を行なうことにした。

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