第363話 デートのお邪魔虫

 翌日。

昨夜は宿に一泊し、あんなことやこんなこともしてしまった。

クロエ、紗希、綾を別室にして正解だった。

当然俺は3人の嫁と一緒だ。

ちょっとした新婚旅行気分で浮かれてしまったのは間違いない。

だが、不二子さんも別室だったはずが、なぜか一緒に居たのはどうしてだろうか?

たしかに鍵をかけたはずなのだ。


「まさか無意識に召喚した?

有り得ない」


 そして、結衣が早朝の朝市に行くと言うので早起きをして宿から出ると……。


「おはようございます!」


 大声で挨拶をする西郷さん似の男、サダヒサが待ち構えていた。

早朝朝市に行こうとしているこんな時間になぜ居る?

そんな来客があって良い時間ではまだない。


 そういえば、西郷さん似と言っているが、それは正確ではない。

西郷さんだと言われてる肖像画やそれを元に作られた銅像の顔に似ているということだ。

西郷さんは暗殺を恐れるような重要な地位にいたため、顔を知られないために写真嫌いだったのだそうだ。

なので、亡くなった後に銅像を建てるとなった時に顔がわからなかった。

そこで西郷さんの親戚2人の顔を合成して、こんなもんだろうと外人に描かせたのが、あの教科書にも載っている肖像画、いや想像画なのだ。

上野の銅像も、除幕式に呼ばれた西郷さんの奥様が、その顔を見て「うちの主人じゃない!」と言ったとか、連れている猟犬の犬種が違うとか突っ込み所が多いらしい。


 つまり、西郷さん似とは、鹿児島以南に多い、南洋系の濃い顔立ちのことを指す。

身長も有り恰幅が良く、目が大きく眉も濃いとなると、イメージとしてあの西郷さんの想像画が思い浮かぶわけだ。

元々余所から来た島津の顔ではないが、それらの血が混ざって、篤姫あたりになると濃い顔となっているので、サダヒサもそう見えるのだろう。

その濃い顔と早朝に会うのは暑苦しい。


「なんだよ。これから朝市に行くから付き合ってられないぞ」


 一応、結衣と二人っきりで買い物だ。

いわばこれはデート。

お邪魔虫は必要ではない。


「なんと、それならばお供いたしましょう。

それがし、見たまんま力持ちでしてな」


 そう言うとサダヒサは右腕を曲げて力こぶを作った。

そういや、サダヒサは、完全にこちらの生まれだそうだ。

アトランディア皇家に仕えた祖先から、何代も経った子孫らしい。

そのためこちらの言語を使っていて薩摩言葉は残っていない。

多少の癖があるようで、それが自動翻訳されているが、気になるほどでもない。


「アイテムボックスがあるからいらん」


 面倒なやつめ、俺たちは買い物に行くところだが、これはデートなのだ。

空気を読んで欲しいところだ。

だが、こいつなかなかめげない。


「それならば、護衛となりましょう。

それがし、多少は腕に自信がありましてな」


 薩摩武士といえば示現流だが、この異世界にも残っているのだろうか?

あれは肉を切らせて骨を絶つという捨て身の剣術。

この魔物が闊歩する世界では命がいくつあっても足りないぞ。

いや、逆に怪我をしても回復魔法やポーションで簡単に治るから、必殺の剣術となっているかもしれないな。


「じゃあ、一緒に来てもらおうかな?」


 結衣さん、そこで折れたらデートが台無しに……。

あれ? 結衣さん、デートだって気付いてない?

ここは嫁の顔を立てて付いて来るのを許そうではないか。


「ただの買い物だからつまらないぞ?」


 そう俺が言うと、サダヒサはニカッと笑って俺たちの後を付いて来るのだった。

おのれ、朴念仁め。


 ◇


 朝市は戦時下とはいえ、王国アーケランド軍に大勝した後なので盛況だった。

農業国からサダヒサが辿り着くぐらいなため、食料の運搬も順調に行なわれたのだろう。


「ああ、俺の米は戦争初期に徴用されて無くなったんだったな」


 ノブちんの手配で国境まで到着したお米たちは、運悪く戦時物資として徴用されてしまったのだ。

その代金は保証され、改めてお米が送られたようだが、それはまだ到着していなかった。

ノブちん亡き今、そのお米の調達はどうなってしまったのか、不安なところではある。


「やっぱりお米は売ってないね」


 お米は、農業国がアーケランドに渡したくないため、転売禁止措置がとられていた。

そのため、エール王国でも管理販売をしているようで、このような市場では目にすることが出来なかった。


「米ならば、我が皇国でも栽培しておりますぞ。

我が皇国は北の地で、農業国のように大量生産は出来ませぬが、雪解け水の質が良く、美味い米が出来るのです」


 そういや、新潟も雪解け水が美味いからお米も美味いと言うな。

事実かは知らんけど、気持ち的には信じている。


「それは是非とも輸入したいところだが……」


「アーケランドが間にあるわね」


 海路で輸送するならば、農業国からの米の方が早く到着する。

輸送コストも余計にかかるし、美味い米でも輸入は無理だろうな。


「いっそ、アーケランドを滅ぼそうぞ。

そうなれば隣同士であろう。

わはははは!」


 多分冗談なんだろうけど、サダヒサが言うと冗談に聞こえない。

アトランディア皇国は戦闘民族だって言うし、アーケランドを明確な敵国認定している。

これは俺たちの意向を探りに来ているのかも?


「それも有りだな。

冗談がキツイけどな。あはははは」


 ここは冗談ということにしておこう。

今後共闘することがあるかもしれないけど、下手な言質は取られない方が良い。


「いろいろ買えたから助かったよ」


 結衣が市場巡りに満足したのは朝市が閉められる時間になってからだった。

でも、これって、うちが兵糧攻めに弱いって教えちゃったことになるのかな?

今は敵の敵は味方、遠い親戚ってことで友好的だけど、いつどうなるか判らないのがこの世界だからな。

なるべく自給自足できるように領地を開発しないとな。

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