第343話 降伏

 赤旗はこの世界独特の文化で、地球で言う白旗のような意味を持つ。

満身創痍で降伏する軍に綺麗な白い布が残っている可能性は低く、目立つ色の布を用意するのに、簡単に手に入る染料が血の赤だった。

そのため、掲げられたのが赤旗だったことが、降伏は赤旗という慣習の由来だった。

被害無く降伏する場合は、指揮官が自らの血で布を染めて赤旗を掲げる。

降伏の責任をとってなのか、そんな風習になっているらしい。


「動きが無いな」


「だが、攻撃は止まっている。

兵はあの大規模魔法攻撃で動揺しているのだろう。

次に落ちるのは自分たちの上かもしれず、逃げようもないのだからな」


 どうやらメテオストライクは戦争の行く末を左右してしまう究極魔法だったようだ。

このまま王都まで進軍して王都に落とすぞと脅せば勝てるのではないだろうか?

いや、そうなると兵を分散させて、一度にやられないように対応するか。

大量破壊兵器で焦土にしてしまっては、戦いに勝っても意味が無い。

なにしろ王国アーケランドを攻め落とす価値は、その召喚技術の奪取にあるのだから。

同級生が地球に帰還するために。


「そろそろ期限だな」


 降伏勧告の回答期限は、指定が無い場合は1時間程度が常識らしい。

この世界、情報伝達がなかなかに遅い。

テイムされた鳥魔物による手紙の配達が最速だが、大型の飛ぶ魔物に襲われることもあり確実性に乏しいのが難点だった。

そこで主に使われているのが早馬で、ある程度の確実性が担保されている。

つまり1時間では本国にお伺いを立てる時間は無く、現地指揮官の裁量で降伏するかを決断しなければならない。


「あれはギリギリ助かろうって魂胆か?」


 王国アーケランド兵がこちらの国境砦の城壁にへばり付くように身を寄せている。

エール王国軍に紛れれば、味方ごと攻撃することは出来なくなるのだが、こちらの兵は全て国境砦の中にいる。

城壁で隔たれて、紛れることも叶わない。

だが、メテオストライクのような大雑把な魔法は、自らにも被害を出さないようにするならば、ある程度の安全マージンを取らざるを得ない。

その安全圏が国境砦城壁の傍というわけだ。


「時間だ」


 とうとう1時間が経ったが、王国アーケランド軍の国境砦からは降伏の赤旗は上がらなかった。

すると緩衝地帯に展開していた軍から散発的に赤旗が上がり始めた。

部隊指揮官レベルで降伏を始めたようだ。

王国アーケランド軍では1千人単位の派遣軍が編成されている。

その派遣軍単位で降伏を打診してきているようだ。

無能な総指揮官の巻き添えにはなりたくないという意思表示だろう。


「金属バット、転校生、どうする?」


 総指揮官が降伏を拒んでいるが、部隊指揮官は降伏を望んでいる。

国境砦を破壊するのは容易だが、その巻き添えとなる兵の存在は可哀想だ。

せっちんも、次はどうするべきか困惑している。


「総指揮官――おそらく勇者同級生だろう――を差し出すように交渉しよう」


 俺はそう提案した。

死ぬのがわかっていても、降伏出来ないというのは、王国アーケランドの洗脳のせいかもしれないからだ。

そこで部下たちに拘束されて引き渡されたならば、言い訳ができる。

そう逃げ道を用意するべきだと思ったのだ。


「大人しく従うかな?」


「従わなければ避難勧告のうえ国境砦を破壊しよう」


 せっちんが半信半疑なのも尤もだ。

だが、金属バットは従わなかった場合を想定して指摘する。


「それしかないと思う」


 総指揮官が同級生で洗脳されているだけならば助けたいところだが、もしサンボーを殺めていたならば、洗脳を解いても問題が残る。

相手もこちらが同級生だと思っているだろう。

それで降伏出来ないのかもしれない。

まあ、そんなことは後だ。

避難勧告と、総指揮官の引き渡し要求をせっちんにしてもらおう。


「緩衝地帯にいる部隊の降伏は了承した。

だが、国境砦の総指揮官に降伏の意志がないようだ。

国境砦内にいる兵に避難勧告を宣言する。

30分以内に脱出せよ。その後、攻撃する。

また、総指揮官を差し出すならば、攻撃を取りやめよう」


 せっちんの避難勧告に国境砦が慌ただしくなった。

後詰めの軍がメテオストライクで抉られた広場に我先に逃げ出したのだ。

その数は数千人規模だろうか。

30分はちょっと短かったかもしれない。


 だが、その時間の短さが功を奏したのかもしれない。

国境砦の中で争いの音――あれは火魔法の爆発だろう――がしたのだ。

総指揮官を差し出そうという動きに間違いない。


「これでこの戦いも終わりそうだな」


 だが、それは予想外の結果を齎すことになった。

捕縛され突き出されたのは抵抗しなかったゴドウィン卿パツキンだけだった。

この戦いを指揮していたユーリア卿ゆきりんは遺体で引き渡された。

最後まで抵抗し、説得にあたった騎士たちにも多大な犠牲が出たため、やむなく殺害されたという。

それは自らの身を犠牲にした騎士が抱き着いて離れず、動きを抑えたうえでの滅多刺しだったそうだ。


 そのようにすれば勇者であっても殺害可能だという事実に俺たちは恐怖するのだった。

勇者といえども数で襲われれば殺される。

それは明日は我が身だったからだ。


「どうしてこんなことに?」


ゆきりんユーリア卿サンボースティーブン卿を殺してたから、同級生に会わす顔が無かったんだよ」


 パツキンがぽつりと呟く。

そんなこと、俺だって経験してる。ロンゲにパシリ、ああロンゲは生きていたか。

だが、ロンゲも殺すと覚悟して対処した。

結果、再起不能らしいから殺したも同じだ。

まあ、ヤンキーチームとの関係が浅いから、自身のダメージは少ないのかもしれない。

だが、同級生との関係性としては難しい立場なのは同じだ。


「それにゆきりんユーリア卿ロンゲローランド卿の治療を王国アーケランドに依存しているから、裏切れなかったんだ。

俺だってミニスカミレーネ卿を人質にとられているんだ」


 パツキンが吐露した事実は、王国アーケランドの汚いやり口を俺たちに知らしめることとなった。


「おのれ、アーケランド!」


 金属バットの怒りには、さゆゆを奪われたことも含まれているのだろう。

俺としては、王国アーケランドがちょっかいをかけて来なければ、そこで戦争は終わりでも良かったのだが、心情的にもここではい終わりとはいきそうになかった。

俺の魔法に依存して勝ったからには、次にも期待されるし、協力しないわけにはいかないだろう。

もちろん王国アーケランドにある召喚の秘密を暴いて、同級生を帰還させたいという思いはある。

だが、それによって更なる犠牲者が出るのは考えたくもない。

このまま平和に過ごせるならば、俺はスローライフをしながら嫁たちと幸せに過ごしたいという願望もあるのだ。


 ああ、そうか。

俺は地球でのあの辛い境遇での暮らしよりも、あの平和だった時の温泉拠点での暮らしの方が良いと思っているんだ。

その暮らしを守るためには断固として戦うが、王国アーケランドを滅ぼして召喚の秘密を手に入れ、自分が地球に帰還しようとは思っていなかったんだ。


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お知らせ


 すみません。リンクが間違っていたので再掲載です。

検索してまで読んでいただいた方もいたようで、申し訳ありませんでした。


 実験小説『魔力0の魔導士』の1話を公開しました。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860684562418

良かったら読んでみて続きが読みたいかの感想をください。

そんなのより〇〇の続きを書けといったご意見でも構いません。

あ、豆腐メンタルなのであまり厳しいのは無しで。

宜しくお願いします。

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