第320話 パシリ2

「あなた、マドンナちゃんが嫁だという想いは、王国アーケランドの洗脳で植え付けられた虚構ですのよ?」


 たまらずガングロがパシリの怒りを収めようとする。


「ああ、王国アーケランドがやらかしたことは許せねー。

俺をコケにしやがって。

だが、俺のマドンナをこいつが嫁にしたというのはもっと許せねー!」


 どうやら王国アーケランドの洗脳は上手く解除されているようだ。

となると、マドンナへの想いは、元々パシリが持っていたものか。

ストーカーは被害者に好かれていると思い込む傾向があるらしい。

パシリは本物のストーカーだったのかよ。


「やめてよ! 私は、あんたなんか大嫌いなんだからね!」


「可哀想にマドンナ、こいつに洗脳されたんだね?

いま、助けるから」


「「「うわ、気持ち悪い!」」」


「うるせー、クソ女ども!

女なんて皆ぶっ殺してやるぜ!」


 どうやら女嫌いの洗脳も、無駄に効いているようだ。

殺したいほど嫌いという方向性じゃなかったはずなのだが、そこはパシリ個人の資質だろうか?

それにマドンナへの想いが強すぎて、マドンナを嫌いという感情は打ち消されているのだろう。


「ほんと嫌だ。

あんたなんか死んじゃえば良いのに!」


 そのマドンナの感情は、レイプ未遂のPTSDも混ざった本物の嫌悪だったのだろう。

拒絶の強い想いが祈りに乗り、パシリを襲った。


「ぐあっ」


 だが、それは女子たちを襲おうと加速する脚を止めただけだった。

パシリの覚醒は、マドンナの能力を上回る力を与えたようだ。


「眷属召喚、カブトン!

刺突攻撃!」


ドン!


「ぐはっ!」


 俺はその隙にカブトンにパシリを攻撃させた。

カブトンの刺突の体当たりで、パシリが内壁の外へと飛び、堀に落ちる。

これで女子たちに危害を加えられる危険が少しは下がっただろう。

俺を無視して女子たちを攻撃されたら防ぎきる自信がない。


「眷属召喚、クモクモ!

部分纏、クモクモ」


 俺は左腕にクモクモを纏い、クモクモの糸操作能力を得た。

そのまま飛竜の能力で空を飛び、パシリを追撃する。

パシリの能力である高速移動は、地上でしか通用しない。

飛竜の能力はパシリの天敵だった。


「おのれ、竜人!

俺は真の勇者として覚醒した。

魔王軍になんか負けねー!」


 よしよし、俺にヘイトが向かっているうちは女子に危害を加えられることはないだろう。

俺が一番危惧しているのは、俺を無視して女子を狙われることだ。

キラトを護衛に残して来たが、覚醒したパシリにはキラトでも荷が重いかもしれない。

ここは、俺がなんとかするしかない。


 パシリが堀の水から上がろうと内壁へと辿り着く。

だが、そこにはクモクモの粘着糸が張り巡らされており、昇れば行動の自由を奪われる。

パシリもその能力を有効に使うために水から上がらなければならない。


「雷撃!」


「ぐはっ!」


 雷魔法は、水に塗れたパシリに良く効いた。


「くそっ! 水から上がらなければ」


 パシリが目指すのは二重壁の外壁だ。

そちらは意図的にクモクモの糸を張っていない。

つまり俺の誘導にパシリはまんまと嵌ったのだ。


「どうだ、パシリ、降伏しないか?

女嫌いの洗脳は解いてやる。

マドンナを諦めて他の女性を好きになれば良いだろ」


「バカか、俺は覚醒してんだ。

お前になんか洗脳されてねー。

マドンナは俺に惚れてんだよ!

マドンナを嫁にするのも、女どもを殺すのも俺自身の意志だ!

特にお前の女は楽しんだ後に惨たらしく殺してやるぜ」


 外壁に辿り着き、水から上がったパシリが、腰をカクカクさせてそう宣言した。

どうやら根っからのレイプ魔らしい。

女嫌いの洗脳どころか女が好き過ぎるようだ。


「だめだこいつ、根っからの犯罪者気質だ」


 説得も洗脳で無害化も出来ない。

嫁や女子たちに危害を加えると躊躇いなく口にする。

俺も嫁をレイプして殺すと言われて黙っていることは出来ない。

これはもう殺るしかないのか。


『行け!』


 俺はカブトンに念話してまた刺突をかけさせた。


ドン!


「またかよ!」


 俺の事を睨みつけていたパシリが、死角からのカブトンの刺突で、外壁の上から壁の外に落ちる。

俺の目的は女子からパシリを遠ざけることだった。

だが、それこそパシリには好都合な立地だ。

また、その脚を使い出した。


「甘いぞパシリ。

俺は雷化したロンゲを倒した男だぞ」


「くっ!

貴様も俺をバカにするのか!」


 どうやらパシリはロンゲに劣等感を持っているようだ。

自慢のスピードを簡単に越える存在、ヤンキー序列でも上位の相手、いつまでもパシリをさせられていた屈辱。

そんな黒い感情が爆発する。


「俺を二度とパシリと呼ぶな!!!

俺は覚醒したんだぞーーー!!!」


「なんで犯罪者が勇者に覚醒できる?

それは本物の覚醒なのか?」


「なんだと?」


 俺は純粋な疑問をパシリにぶつけた。

俺にはある考えが浮かんでいたからだ。


「覚醒したならば、おまえの頭にシステムメッセージが流れたはずだ。

それは何と言っていた?」


「俺は犯罪者じゃ……」


 パシリは何かを思い出したのか、言葉が尻つぼみになった。


「レイプ魔なのにか?」


「うるさい、うるさい!」


 そう言ったパシリに変化が現れる。

それは異形への変身だった。


「やはりそうか。

おまえ、闇落ちしたな」


 パシリはその劣等感から来るもろもろの感情や、ストーカーやレイプ未遂といった犯罪行為により暗黒面に落ちていたのだ。

あのマドンナへの感情の爆発が止めとなったのだろう。

勇者の覚醒ではない。闇に落ちたのだ。


「俺も気を付けないとパシリの二の舞か……」


 俺を魔王軍と呼んだパシリは魔族と化した。

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