第303話 合図

『俺たちが先に行って、話を付けておくから腐ーちゃんは合図があるまで待っていてくれ』


『頼むでござる』


 赤Tが自陣へと去り、腐ーちゃんはまた空に上がった。

この場は開けた土地だが、まだ魔の森の中。

いくら飛竜といえども、襲って来る魔物はいるのだ。

飛竜は空の王者――恐怖の大王――であっても、その空に特化したことが仇になり地に降りた時こそが弱点でもあった。

なので地に降りた飛竜の上空には翼竜が護衛につき、地に降りている必要がないならば上空待機を選ぶ。



 ひゅー--ん ドーン!!


 暫く待つと、赤Tが去った方向から、火魔法の合図があった。

運動会前に打ち上げられる音の出る花火のようなやつだ。


『これが合図でござるか?

赤Tどの、迂闊であろう』


 たしかに花火は合図としては解り易いだろう。

だが、それは腐ーちゃんだけではなく、王国アーケランド側の関心も引くことになる。


 キン! ビュン!


 風切り音をたてて何かが飛竜の脇を通過した。


 キン! ビュン! キン! ビュン!


 それは何度も飛竜の脇を通り過ぎていく。

それが飛来する前には金属音が響いている。


『野球ボール大の岩?』


 腐ーちゃんがその正体に気付く。

それは何kmも先から飛来した岩だった。

音が先ということは音速は越えていないようだ。


『攻撃されている!?

飛竜、翼竜、高度を下げて回避!』


 腐ーちゃんが慌てて飛竜たちに命令を出す。

腐ーちゃんもキャラを作る余裕が無くなったようだ。


 その対応は正解だった。

暫くはあて外れの場所に岩が飛来したが、漸くその攻撃が止まった。

つまり攻撃者は目標である飛竜と翼竜を見失ったのだ。


 高度が高いとそれだけ遠くから目撃される可能性が上がる。

尤も、遠くの空を飛ぶ目標を視認するのは至難の業、それを目にするには何らかのスキルが必要だろう。

【遠目】とか【鷹の目】と呼ばれるスキルがそれに該当する。

だが、これらのスキルは、遮蔽物の向こう側までは見通すことは出来ない。

高度を下げると間に入る魔の森の木々が遮蔽物となり、腐ーちゃんたちは隠れることが出来たのだ。


「あの金属音、高校野球で良く聞くやつだ」


 まさに金属バットでボールを打った音だった。

つまり、この攻撃は金属バット棍の勇者によるものだろう。

赤Tの火魔法の合図が、余計な注目を集めた結果だった。


「やっぱりおバカだなあいつ赤T


 腐ーちゃんの機転で助かったが、初撃から当たっていたら大変だった。


『低空で隣国エール王国に向かうでござる』


 腐ーちゃんが、ラキを通じて聞いているだろう俺に向かって報告してくれた。

飛竜たちは、腐ーちゃんの命令で魔の森の木々スレスレの低空を飛行するのだった。


 ◇   ◇   ◇   ◇


Side:アーケランド王国国境砦 サンボー


「撃ち漏らしたか。

しかし、おかげで良く判った」


 魔の森から上がった合図と思われる火魔法による花火、そして動きだした飛行魔物、隣国側がなんらかのはかりごとを画策しているのは明白だった。


 俺はジャスティン卿金属バットに命じて飛行魔物を迎撃させた。

ジャスティン卿金属バットは日本から持って来た金属バットを手に、土魔法で作った岩のボールをノックの要領で打ち上げた。

金属バットで岩を打ったら凹むだろうと思うだろうが、そこはジャスティン卿金属バットにとって命の次に大切な金属バットだ、しっかり強化魔法をかけて使用していた。


 その岩のボールは飛行魔物の直ぐ傍を通過したようだが、当たらなかった。

そして、魔物の行動としては違和感を覚える低空に降下するという結果を齎してくれた。


 魔物は攻撃を受けると、その攻撃者に対して強い怒りを覚える。

これが所謂ヘイトを集めるというやつだ。

その結果、猪突猛進の如く突っ込んで来るのが常識だ。

しかし、あの飛行魔物はその本能に逆らって低空に逃れた。

これは魔物が誰かの制御下にあり、命じられたからそのような行動を取ったのだ。


「隣国が魔王軍と組んだという話は、案外的を得ていたのかもしれない」


 隣国がエドワルド卿赤T1人の亡命で調子に乗るはずもなかった。

王国アーケランド側の勇者の数を思えば、それ以外にも対抗手段を得たと見て良い。

隣国には共に魔王軍と戦おうという主旨の親書を携えた使者を送っている。

欺瞞工作だが、対魔王軍ともなれば、人族同士で争っている場合ではくなる。

それを狙った一手だったが、隣国の反応は鈍かった。

魔王軍と手を組んでいるならば当然の結果だろう。


「やっかいだな。さすがに魔王軍を放っておくわけにはいかないぞ」


 王国は信用ならないが、王国を打倒してしまうと、戦力低下で魔王軍の跳梁跋扈を許してしまう。

ここは早期に隣国の上層部を叩いて、隣国の戦力を保持したままの終戦を迎えなければならないだろう。


ジャスティン卿金属バットアマンダ卿アマコー、1000名預けるので、先程の花火の上がった地点に急行してくれ。

おそらく隣国の兵が集結しているはずだ。

その指揮官と魔王軍幹部を倒して欲しい」


 おそらく隣国の兵は奇襲部隊であり数は少ない。

大方、こちらの砦の後方を狙ったのだろうが、戦力を分散させたのならば丁度よい。

包囲して指揮官を討たせてもらうとしよう。

と同時に魔王軍の援軍を勇者二人で叩く。


「覚悟しろよ、ジャスティン卿金属バットローランド卿ロンゲよりも強いぞ」

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