第156話 再交渉1

 状況を整理しよう。

オールドリッチ伯爵家と俺たちは、交易するための話合いを持つことになった。

魔物の氾濫から分岐したオーガ率いる群が、討伐されていると証明する討伐部位を、取引するのが目的だ。

モーリス隊長が交易の窓口をこじ開け、友好的に討伐部位を取引して終わりという、お膳立ての整っている話のはずだった。


 そこに異分子が侵入したことで混乱が生じてしまった。

居丈高で他人を見下し、武力を誇示して不平等な取引結果を得ようとする家令――ユルゲンが交渉役となって現れたのだ。

まあ、こちらは別に取引などしなくても痛くも痒くもないため、裁縫女子グレースバレー部女子オスカルが呆れて交渉の席を立つこととなった。

たとえ交易交渉が物別れに終わったとしても、お互いに不干渉で終了となる見込みだったからだ。


 だが、ユルゲンの思惑はそうではなかった。

誰も居ないだろうと、ユルゲンがモーリス隊長に語った本音は耳を疑うものだったのだ。

隠密スキルで隠れたホーホーが応接室に残っていたため、その会話はホーホーとの念話により盗聴することが出来、俺たちの知るところとなった。

盗聴により発覚したユルゲンの本音は、陰謀と呼べるものだった。

交易交渉失敗を全て俺たちの悪意によるものだと上に報告し、俺たちを攻め滅ぼせば討伐部位どころか、俺たちの富も奪えると画策していたのだ。


 このままでは戦いは避けられないと、俺はGKにユルゲンの処分を命じた。

ユルゲンが悪意の籠った余計な報告をしさえしなければ、ただの交易失敗で終わる話だからだ。

ユルゲンの暗躍を許せば、必ず不幸な戦いが起きる。

それを回避するためには、モーリス隊長にも動いてもらう必要があった。

彼はユルゲンの行動に不信を持っていた様子だった。

魔物がユルゲンを始末したとしても、それにより不幸な戦いにならないように、モーリス隊長ならば回避してくれるだろうと確信していた。

だが、護衛対象を魔物に殺されたとなれば、モーリス隊長の責任問題となる。

人は保身の生き物だ。だから、GK配下の抜け殻というお土産を残した。

これをモーリス隊長が持ち帰れば、ユルゲンの仇は取ったこととなり、責任の一端は取れたことになるはずだった。

モーリス隊長が領都まで戻り、その後再交渉になるのならば喜んで討伐部位を手放すつもりだった。

再交渉がなくても、戦いを回避することが出来、不干渉が続くだけでもこちらは良かったのだ。


 だが今、俺の予想に反する展開となっていた。

去ったはずの総勢200名にもなる領兵隊が、俺たちの温泉拠点まで戻って来たのだ。


「あの赤い旗は何の意味があるんだ?

白旗ならわかるが……」


 俺は赤い旗を持って1人近付いて来るモーリス隊長の真意が理解できないでいた。

こんな時は、民俗学の本を読み、全てを記憶している瞳美ちゃんに訊いてみよう。


「瞳美ちゃん、わかる?」


「うん、あれは全面降伏の意味。

地球で言う白旗より重い決意の表れ」


 瞳美ちゃんによるとニュアンスは白旗と同じだが、より重い決意が籠っているらしい。

赤い旗なのは、戦場では綺麗な白い布など、汚れてしまってほぼ存在しないかららしい。

そんな戦場で唯一手に入る染料――血液により染めた赤い旗こそが、最上級の降伏の意味となるらしい。

その場に血液が無かったとしても、その赤い旗を掲げる者が自らの身を切り、その血液で布を赤く染めることが慣習だそうだ。

ここは異世界だから、文化も違うということなのだろう。

つい「白旗だろ!」などと口走れば召喚勇者とバレるところだった。

危ない危ない。


「つまり、全面降伏するから話し合いたいってことかな?」


「そうだと思う。

命を捨てての交渉の決意ととって良いみたい」


「いや、死なれても困るんだけど?」


「そういった決意なだけで、実際には死なないと思う」


 ならば話し合いぐらい喜んで受け入れましょうか。


「グレースは応接室で待機。

オスカルとアンドレバスケ部女子はモーリス隊長をエスコートだ」


「アンドレ言うな!」


 ついアンドレと言っちゃったけど、仲間内だけなら良いよね?

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