王国貴族ともめる
第144話 旧拠点
どうやら、こちら側に来た魔物は、あの特殊個体のオーガが率いていた群だけだったようだ。
瞳美ちゃんの文献知識によると、魔物は人などの生物が多い場所を襲おうとする習性があり、目の前に街のような格好のターゲットがある状態で、このように群が分岐して来るのは珍しいことのようだ。
まあ、稀に奇行に走る個体も現れるため、橋をバリケードで封鎖していたということなのだろう。
では、あのオーガは奇行種なのかというと、そうだとも違うとも断言出来なかった。
もしオーガがさちぽよに執着していて率いる群れごと追って来たのならば、完全な奇行種だ。
だが、オーガが何者かに操られたものであれば、そうとは言えなくなるのだ。
ホーホーに警戒してもらい、クモクモには行動疎外の罠を張ってもらった。
そして、密かにGKが周辺を警戒してくれている。
たまに魔石が温泉拠点の外に積んであるので、それなりに逃走した魔物がいるということだった。
そんな中、クモクモから念話による連絡が入った。
『拠点』『荒らされた』そんな概念が感じられる。
おそらく旧拠点に何者かが侵入したということだ。
『人か? 魔物か?』
俺はクモクモに念話を繋げて訊ねた。
すると直ぐに『魔物』という答えが戻って来た。
こうしてはいられない。
放棄したとはいえ、ノブちんたちとの繋がりを維持するには必要な場所だ。
置いておいた手紙がどうなったのかも気になる。
ここは視覚共有で調べておく必要があるな。
「視覚共有、クモクモ」
俺の目の前が拠点の内部になった。
幸い、今俺は温泉拠点の自室の中だ。
全ての視界をクモクモに奪われても何ら問題はない。
クモクモの視界は8つの目で違う方向を見ているはずだが、その視界は2つ目の俺に合わせて再構成されているようだ。
おそらくトンボのような複眼でもまともな視界に再構成されて見えることだろう。
その視界に映ったのは、残したノブちんたちの土器の食器が割られ、家具が押し倒され破壊された、いかにも意図的に荒らしましたという光景だった。
そこらへんに落ちている物体や濡れた感じは糞尿が撒き散らされたのだろう。
「いやがらせ?」
そうとしか思えない荒らされ方だった。
痕跡から、ゴブリンが犯人だとは思うのだが、そこに意図を感じてしまう。
そんな知能はゴブリンにはないはずなのだが……。
ノブちんたち宛てに置いておいた手紙も無くなっている。
さちぽよによって、こちらの国は勇者を戦争の道具として召喚していることが判明した。
では、ノブちんたちの行った国はどうなのだろうか?
ノブちんたちにしか読めない日本語の手紙を置いておいたのだが、ノブちんたちまで洗脳されて国の犬になるという状況は想定していなかった。
仮にさちぽよたちのような扱いを受けているとすれば、手紙がゴブリンによりどうにかされたのならば、かえって良かったのかもしれない。
困るのは人の手により操られた魔物集団だった場合なのだ。
面倒な相手に俺たちの存在を気付かれたかもしれなかった。
ただの魔物や、ノブちんの行った国の者あるいは例の冒険者兼盗賊たちの仲間ならばまだ良い。
最悪なのは、勇者排斥論者と呼ばれる厄介な連中のことだった。
さちぽよが、お付きの女性騎士たちからキャスリーンという偽名で呼ばれていた理由が、その勇者排斥論者の存在だった。
過去に勇者により討伐されたカルト宗教団体の者たちらしく、勇者を見つけたら育つ前に殺すことを至上目的として活動しているらしい。
過去の経験から、勇者の奇妙な名前や文化に敏感らしく、人前で名前を呼んで勇者認定されたら、暗殺者を向けられるそうだ。
俺たちが召喚勇者と思われないように街で避けていたことが、偶然良いようにはたらいていた。
もし勇者認定されたならば、国に攫われる前に勇者排斥論者どもに殺されていたかもしれなかったのだ。
さて、そこで例の手紙の存在だ。
日本語の手紙を誰が目にするかもわからない場所に置いておいたのは拙かった。
そこから引っ越し先の温泉拠点を発見されて、魔物を使って襲われたとは考えられないだろうか?
考えすぎかもしれないけど、それほどあのオーガの率いた群の行動は異常だったのだ。
『クモクモ、しばらく旧拠点の様子を定期的に観察して欲しい。
何かあったら連絡してくれ』
そう頼んでクモクモとの視覚共有と念話を切った。
『GK、教えてくれ。
おまえ、分裂で増えてる?』
今度はGKに念話を飛ばす。
一つ気になっていたことを訊ねたかったのだ。
『是』
GKからは肯定の念が取んで来る。
「やはりか……」
食料となる魔物、残された魔石、では本体は?
想像するまでもなくGKのお腹の中だ。
しかし、その量が異常だ。
そこに発覚した【暴食】と【分裂】のスキル。
状況証拠的にも増えてるとしか思えなかったのだ。
『その分裂体の扱いは?』
GKの分裂体は俺の眷属ではない。
魔物として増えているならば、由々しき事態だ。
俺の質問に帰って来たのは、『配下』という答えだった。
つまり眷属GKの配下なので俺の配下でもあるということだ。
『旧拠点の偵察に何体か常駐させられるか?』
『是』
どうやら有能な偵察員を配置出来たようだ。
クモクモと連携して監視してもらおう。
そして、もしただの魔物の襲撃でないならば、温泉拠点の防衛を考え直さなければならない。
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