第118話 避難2

 日が沈んでしまった後も、俺たちは街道を西へと進んだ。

なるべく魔物の氾濫が起きた迷宮から遠ざかるためだ。

今のところ橋のバリケードは機能しているようで、魔物がこちら側に溢れて来るということは無さそうだった。

だが、ここでの危険は何も迷宮から溢れた魔物だけでは無かった。

むしろ俺たちの拠点周辺の森の中の方が夜間は恐ろしいのだ。

そこには夜行性の夜目の利く魔物が活発に動きまわっているからだ。

魔物が追って来るかもしれない街道よりも、暗闇の森の中を進む方が、よっぽど危険だと俺は思っていた。


「ここらへんで野営するか」


 そこは街道脇の休憩地だった。

街から街への移動途中にはこういった休憩地が何か所か設置されているのだ。

夜間に移動しても街門が閉まっていて街の中には入れない。

ならば、ある程度開けていて安全が確保できる休憩地で一夜を明かそうと考えるのは自然の流れだろう。

そんな人たちのために自然発生的に出来たのが休憩地だった。

俺はこの街道を隣の国との国境まで行って来たので、この場所を把握していたのだ。


 といっても野営道具などは持っていなかった。

拠点を発見するまでは見張りを立てて地面に寝ていたため、完全に失念していた。

そして、早朝出立すれば、夕方には拠点に到着するという目途が立っていたため、必要だと思っていなかったのも有る。

女子たちにはひっぽくんの獣車の中で休んでもらうことにする。

次に街へと行く時には、せめてテントでも買っておこう。


「ラキ、威圧で魔物を寄せ付けないようにして」


「クワァ!」


 ラキの威圧ならば、ゴブリンなどの雑魚から、グレーウルフやオークなどの中位の魔物までは近寄って来ないだろう。


「眷属召喚、ホーホー。

ホーホー、周囲を警戒して」


「ホー!」


 ホーホーとは、街の直前で分かれて待機してもらっていた。

珍しい魔物なので、街に連れて行った場合に連れ去られる危険があったからだ。

帰りにそこを通るときに合流してもらうつもりだったのだが、魔物の氾濫により違うルートを通ったために、置いて来てしまったのだ。

だが、眷属召喚があるため、無事に合流できたということだ。


 これで多少は安全が確保されたはずだ。

とりあえず、次は薪に火をつけようか。

火は獣避けになるし、魔物の一部も嫌うからな。

俺はアイテムボックスから薪を出すと休憩地の一角――おそらく焚火をする場所として使用され続けているであろう場所だ――に積む。

その場には焚火跡の煤や灰が残っていたのだ。


「火トカゲ、火をつけてくれ」


 俺の要請に火トカゲは尻尾を大きく振ってこたえた。

その尻尾の先からは種火が発生し、薪へと落ちて行った。

火は消えることなく薪に着火し、直ぐに薪を燃え上がらせた。


「結衣、ここを竈にすれば料理出来るかな?」


「石で囲って、細長い石板を2枚少し離して渡せばなんとかなるかな」


 俺は結衣の指示の元、土トカゲに竈を作ってもらった。

結衣は自分のアイテムボックスからケトルや鍋を出すと調理を始めた。

2枚の石に跨がせてケトルや鍋を置くと、ちょうど火がケトルや鍋の底を焙るのだ。

結衣の眷属となっている水トカゲ2が料理で使う水を出す。


 そういえば、今までずっと水トカゲ2はトイレのウォシュレット代わりをさせられていた。

だが、女子がスキルで水魔法を覚えだすと、そこは自前でどうにかするようになったようだ。

水魔法が使えない女子が、どうやって洗っているのかは教えてもらっていない。

おそらく、土器に溜めてなんとかしているのだと思う。

女の子同士でも、さすがに直接洗浄はしないだろう。


「簡単だけど、スープと肉の串焼き、それと買って来た黒パンで我慢して」


「いや、充分だよ」


 結衣よ、肉とスープにパンなんて、普通の冒険者の野営ならば食えてないぞ。

おそらく干し肉に堅パンを齧っていることだろう。


「僕は街の食事に馴れてしまって、ちょっと物足りないかも」


 紗希が贅沢を言う。

確かに宿やレストランの食事は格別だった。


「目玉焼きでも追加する?」


「いいねー」


 久しぶりに食卵を召喚した。

街での食事はそれなりに充実していたので、すっかり忘れられていたものだ。

街では玉子が貴重らしく、ほとんど食すことはなかったのだが、そのせいもあって食卵を出すわけにはいかなくなっていた。

そんな貴重な玉子を持っていたら悪目立ちしてしまうからだ。


「ホーホー」


 ホーホーが警告を発する。

そんな普通じゃない俺たちの野営に近付くものがあったのだ。

シルエットは人間サイズ。

魔物ならばホブゴブリンぐらいだろうか?

俺と紗希は剣に手をかけて身構える。


「待った。冒険者だ。

随分美味そうじゃないか。

おい、ねえちゃん、その飯を俺たちにも食わせてくれ」


 どうやらラキは人に対しての威圧の効果をあえて省いていたようだ。

俺たちの獣車に近付いて来たのは人間だった。

だが図々しいやつらだ。

結衣をねえちゃん呼ばわりしたのも気に食わないが、ただ飯食おうという魂胆があさましい。

だいたい、こいつらが来たのは西――隣国方面――からじゃなかったか?

つまり、目的は氾濫した魔物に対応するための応援か、避難民を狙った追いはぎだろう。

さて、こいつらはどっちだ?

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