第12話

「起きましょうベルカ様、本日はお仕事のご予定が入っております」


 胸ぐらを掴んで引っ張り起こすハダリーなりの荒々しいモーニングコールで起こされ、丁寧に朝食を食べさせられて職場に出勤して来ていた。正直眠気も戻って来ない程のスピード勝負に完敗し、まだ誰も来ていない店の中を掃除する。


 掃除を始めてから約5分。足音と共に現れた本店の責任者であるしゅが姿を現す。


「あ、神楽社長じゃんおかえりー。ちょーしどー?」


「ちょー元気! しばらくの間お店空けてごめんね」


「いっていって、輝祈ちゃんはうちらの家族どーぜんだし。ベルには恩感じてるし、これくらい頑張っちゃうよ〜」


「ありがとー。それで新卒採用は任せっきりだったけど今年は良さげ?」


 それそれ、と私を指さしてバックヤードからボードを持って来た秋華から資料を受け取り、今年の応募件数と採用人数をまずは確認する。


「すごい、応募が200以上の──採用0って秋華?」


「それがさー。今年はどれも枠から出ないってゆーか、見事に日本の教育に個性殺されたって感じの凡人しか来なくてさー」


 渋い顔をしながら毛先をいじる秋華が左手に持ったボードを眺め、お手上げと言った顔をして両手を肩の高さで広げる。


 24歳と若手ながら責任者を務める秋華だが、確かな目と勘を持ち合わせていて、今どきギャルの見た目とこの喋り方がカモフラージュのように、冷静で冷徹な判断と言動に今までいくつも助けられてきた。その彼女が最も嫌うのが、平凡と枠から出ない常識人だった。


 当時彼女が店にやって来たのは17の時だった。中卒から専門学校へ進学し、まだ私が全くの無名の時で、世界大会3連覇以前の凡人時代。独立したばかりの小さな店でひとり掃除をしていた昼下がり、突然入って来たと同時に秋華がここで働きたいと言い出し、勢いに負けた私はわけも分からず首を縦に振っていた所から始まった。

 客が来ないまま閉店を迎えた店を閉めようとしていた時、秋華の宿泊する場所が無い事が判明し、店の中に住んでいた私がソファーをベッドにし、自分の本来のベッドを秋華に譲って一緒に生活していた。


「あーあったあった! あの時はほんと助かったよねー。でもうちの呼んだ客のお陰で有名になってったじゃん?」


「確かにすごく助かったよあの時は。たくさんの理容師や美容師が来てくれて、それからすごく評価されていったよね」


「まーそれは社長の腕が良いからっしょ。あの日は1番有名な店の面接受けに行く途中だったんだけど、その途中で天才の匂い感じちゃったし? 間違ってなかったなー」


「あの日は唯一来てくれたお客さんが帰って掃除してただけなのに、どこからそんな匂い感じちゃったの?」


「それは──」


「おはようございます社長!」


 言い出した途中で昨年秋華に認められて入社して来た新人の挨拶に秋華は飛んで行き「おはよーだけど遅いぞ〜新人く〜ん、まずは掃除だー」


 自分の持っていた掃除道具を持たせて荷物を受け取ると素早く裏のロッカーに入れ、自分も掃除道具を持って新人の元に戻っていく。


「来た人から掃除、ここは先輩後輩在籍年数関係なくそれが基本だからね〜。決められたとこよろしく〜、それ終わったら朝の練習良いよ〜」


 勢いで全ての話を終わらせて戻った秋華に連れられ、バックヤードの隣の社長室に詰め込まれる。後から入ってきた秋華は背中の後ろで鍵を掛け、息を少し長めに吐いて大人しくなる。


「ちょっとそーだんあるんだけどさ」


「うん?」


「なんか飲みながらのが良いしココア淹れたげる」


「分かった、じゃあお願い」


 そわそわしながら椅子に座って静かにお湯が沸くのを待つ背中を眺めて、何を言われるのか自分なりに少しだけ考える。新卒採用の件なのか、それともこの店を出て行くのか。1番有力なのは輝祈たちの事か、とりあえず明るい話題じゃないのは何となく最近の出来事から想像は容易い。

机に置かれたカップと同時に目の前のソファーに座った秋華は、声のトーンを落としてくる。


「世界大会出ないってどーゆーことすか」


「……え?」


「連覇更新の偉業が掛かってる今年の世界大会、皇帝鈴華の名を後世に残す1歩なのに。輝祈ちゃんたちのためって言ってたけど、その輝祈ちゃんが私の家に来て出るように説得してくれって来たんすけど」


「それは……全然知らないんだけど、えなんで? あ、家に居てほしくないからそのために? それはすっごく悲しい」


「輝祈ちゃんの夢って何か知ってます?」


「ケーキ屋さん」


「いやそれ小学生の時のだし!」


「だって中学から全然話してくれなくなったからそこまでしか知らないよー」


「あほじゃね? 女心分かってないただのバカ社長じゃんこいつ、天才のそーゆーぶっ壊れてるとこまじ理解出来ないし!」


「なんで輝祈が秋華のお家知ってる上に行ってるの? ハダリーもそうだけど気付かない内に2人が色んな人と仲良くなってるし、他に誰が居るんだろ」


「うちらの作ったチャットグループに輝祈ちゃん居るし、社長入れてないけど」


「えなにそれ、知らない間に嫌われてた!? もう、無理かも」


「はいはい帰った帰った、うちのミスで今日社長が復帰って書くの忘れてて指名入ってないんだよねー。だから仕事は月曜からだし帰りなー」


 ひと口も飲んでいないココアを取り上げられて部屋の外に押し出され、荷物と車の鍵を無理矢理握らされて店の外にまで追いやられる。


「待って待って、開店まで30分あるし今からでも……」


「はいはーい、今日は日曜だから輝祈ちゃんと星海ちゃんとどっかにお出かけでもしてきなよー 。行かなかったらまじ復帰させないから」


「わぁー酷い酷いパワハラだパワハラ、訴えてやるー」


「社長が1番上だっての、良いから行ってこいよー」


 背中を叩かれて抵抗する気と一緒に運転座席に叩き込まれ、乱暴にドアを閉められる。

ドアを開けないように足で押さえている秋華に笑顔で見送られ、前にある輝祈の舌打ちの地獄を選んで家に向かう。

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