斯くも創作とはしんどいものである
熊坂藤茉
それでも私達は創るのだ
「終わらねえ……」
そう呟いた瞬間に手が止まる。
眼前には小型ワープロ。そして私の周囲には蒼白の仕事仲間達が、自分と似たような今にも死にそうな顔でパソコン作業を進めている。
「いいから先輩は手を動かして! 終わらないって言ってそこで手が止まったらマジで終わらないですから!」
「いや、だってこれ実際もう〆切無理で」
「 終 わ ら な い で す か ら ! 」
「ふぁい……」
鬼のような形相の後輩の圧に負け、半泣きで再びワープロへと視線を向ける。途中でぴたりと展開が止まった原稿を見るのは、書いてる本人としても酷い苦痛だな、とどこか冷静な自分がぼやいていた。
* * * * * * * * * *
ゲームのプレイスタイルが多様化した結果、今やジャンル的に下火となっているサウンドノベル。形を変えてスマートフォンなどの配信型として生き残っているそれを、昔ながらの形式で制作しているのが私達の会社だ。
会社と言っても自社内に株主が全員いるような本当に小さいもので、実働としてはアマチュアに毛が生えたようなものなのだけれども、評判自体はまあ悪くない。
そんな私達は新作の追い込みで、必死に手を動かしていた。とはいえ、マスターアップ自体は済んでいる。じゃあ何でこんなに死屍累々なのかと言うと。
「何で通販特典で前日譚短編冊子付けるって言っちゃったんだろう……」
「深夜の公式告知生配信で
「びええ……」
概ね、
「でも挿絵だって後はベタ塗りだけですし、本の仕様も決め打ちして印刷所にも話通してあるから後は先輩が本文上げるだけですよ!」
「その本文が上がってないんだよなあ……」
「 上 げ る だ け で す よ ! 」
「ふええ……」
副社長やってる後輩の圧がマジ凄い。この子がいれば我が社は安定だな-、と現実逃避に走りそうだ。
「今ここで止まったら
「うっ……」
そう、うちはサウンドノベル屋なのだ。しかしゲームとしての側面を選択肢数を最小にする事で小説の読書感に限りなく近付けているのもあり、制作側もエンドユーザーも、ユーザーはプレイヤーと言うよりも読者という感覚が強い。
それもあって、やってる事はゲーム制作というより小説や漫画の執筆のノリだ。故にこうして会社の作業場で缶詰になっているんだけど。作家先生だって旅館とかもうちょいいいとこで缶詰するぞ。どっかの出版社は悪い意味でヤバい缶詰部屋あるとか聞くけど。
「……がんばる」
「頑張るんじゃなくてやるんですよ」
「部下のアタリがめちゃめちゃ強いぃ……」
ぐすぐすと涙目でワープロに視線を戻す。その直前にちらりと周りを見れば、酷く顔色の悪い仲間達はとうの昔に作業へ戻っていたようだ。パブリシティー絡みの作業丸投げしててマジゴメン。
「……大体残り一万文字。何とかしよう!」
読者の為、仲間の為、そして何より自分の為。私はそう気合いを入れて、再び手を動かし始めた。
さあ、珠玉の完成品をお出しして、みんなの顔色を塗り替えてやろう――!
「だから何とかしようじゃなくてするんですってば!」
「この子マジでアタリがきついんだけどぉおおおお!」
……ぬ、塗り替えてやろう! ちょっと色々折れそうだけど!
斯くも創作とはしんどいものである 熊坂藤茉 @tohma_k
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