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「じゃあ、クジラと人間のハーフってこと?」
「正確にはクジラではないんだ。氷鯨はこの星の内部を満たしている未知の液体から生まれる液体生物で、本来は不定形のものだと考えられている」
「でもどっからどう見てもクジラの形してるじゃん」
「あれはこの星の氷火山から宇宙に飛び出していくんだ。その火口に上がってくる過程で不定形の生物がなぜかクジラに変身するのさ」
「そんなのと人間がどうやって子供作んのよ」
あたしはデリカシーのないサクを小突く。
ナミシマはため息を一つついた。
「それには……僕らがここで何をしているのかについてを、まず話さなければならない。僕らは、この星の氷火山のエネルギー源の特定のために派遣されたんだ。ここは他の天体による潮汐力や氷中で温室効果の作用が働く条件が揃っていない。それなのに氷火山が頻繁に活動しているのが観測されていて、上はこのエネルギー源を特定して商用に転用しようとしたんだろう。まず分かったのはこの星の内部はマグマのような溶融物質によって満たされていることだったんだが……」
サクが新しいタバコに火をつけた。多分話の半分もわかってない。あたしもだけど。
すると急にナミシマは「あぁっ。すまない」と小声で言った。ナミシマもO・Wをつけてるらしい。
「目標に近づくのは簡単じゃなかった。氷の状態は不安定だし、火山に立ち入るには機材が不足している。それで、僕らが打開策を考えている時、氷鯨の出現を目の当たりにしたんだ。あれは凄まじかった……」
ナミシマは目を細めて、うっとりと思い出すかのように喋った。サクの頭にはナミシマが思い出している光景が伝わっているんだろうか。
「あの規模のものが火口からものすごい勢いで飛び出すんだ。同時に吹き出した氷が太陽の光を反射して、見ている者を虹で包む。あの美しさは忘れられないよ。もちろん美しいだけじゃない。宇宙に飛び出したクジラは自身の熱を操作して、体につけた氷を火山のように噴火させて泳ぐんだ。そして氷が少なくなると自身をも氷に変えていき、最終的には宇宙に漂う氷塊となる。そんな繊細な操作を可能にする知性も持ち合わせている。宇宙の神秘だよ」
「それはわかったけど。なんでルイが生まれたわけ?」
「すまない。もう少し聞いてくれ。調査を進めているうちにクジラは決まった間隔で宇宙に旅立っていくこと、そして、星の中にあるクジラの母体とも言える溶融物質が減っていることがわかった。そこで鯨が一匹誕生するごとに、減る母体の量を調べたところ、そう遠くない未来、というよりも差し迫った未来に母体が尽きてしまうことが明らかになった。
そこで僕らは母体を培養をするためにクジラを捉えようと試みたんだ。だが彼らは捉え所がない。僕らがはった網からことごとくすり抜けていく。そして捕獲が難航しているのが明らかになると、上は研究資金を出し渋り始めた。
すぐに尽きてしまうことが明らかな上、に培養の望みも薄い。当然と言えば当然だ。結果、僕らはこの星の生命が最後の瞬間に向かっていくのを、眺めていることしかできなくなった。そして、最後になるであろうクジラが産まれる直前、同僚の一人が、どうにかして彼らを地上に繋ぎ止めようと、自身の身体を捧げたんだ。迷信まがいの仮説を信じるなんて科学者としてはあるまじきことだよ。だが驚くべきことに本当にルイが産まれた。氷鯨が出てきた後に、火口付近を這いつくばっていたんだ。これがルイが産まれた経緯だよ」
話し終わったナミシマは深く息を吐いた。
「じゃあ、今通行止めを起こしてるあの氷鯨がルイのお母さんってことね」
「そうとも言えるし、違うとも言える。分離した個体ごとに意識があるのか、全体が統一された一つの知性なのかはわからないんだ。
そしてこの星にはまだかろうじて彼らの一部が残っている」
「ルイはそのことをどこまで知ってるの?」
「それは正直わからない。でも、今宇宙を飛んでいる個体を直感的に親として認識しているようではある」
「でも氷鯨はもどってはこないんでしょ?なのにお母さんを呼ぼうとしてるなんて、かわいそう……」
「いつかは言おうと思っていたんだが、勇気がなくてね」
ナミシマは申し訳なさそうに顔を背けた。
「ねーえ。三人で何してんの?つまんないから早く戻ってきてよ」
ルイが開いた玄関から顔を覗かせている。ナミシマの話はややこしかったけど、この子はもう会えないお母さんを呼ぶためにあたしの楽器を盗んだんだって考えると、胸がキュッとなった。
「戻ろうか。ここはじき冷える。夕食でもご馳走するよ」
「お姉ちゃん!楽器見せてよ!約束でしょ?」
ナミシマにあんなことを言ったけど、あたしにもルイに本当のことを話すことはできそうにない。だったらあたしはルイのしたいことを手助けしてあげよう。
「いいよっ」
こういう時はO・Wを使えなくてよかったなって思う。
ホエール・ホエール 渦黎深 @atuwasabibi
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