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 昇月が向かう先に見えてきた星は青と銀色に光っていた。

「綺麗じゃん。海かなぁ、リゾート星かもよ!」

「テンション上がんないよ。補給するだけだかんね」

リゾート星じゃありませんようにって半分祈りながら、近づいてくる星をじっと見てみると海じゃないことがわかった。

「氷だぁ……」

 サクがしょんぼりしてつぶやく。

 船から見える場所、一面が氷で覆われていて、あたしの体は寒さを予想してブルっと震えた。

「上着あったっけ?」

「カイパーベルトに行くなら絶対いるぞって、パパに言われたから、一応あるけど、そもそもここ空気あんのかな?」

昇月のディスプレイは、あたしたちが何も付けずに呼吸することができることを示す緑のランプを点灯させていた。

「あるっぽい。ほら下見て、家も結構あるよ」

木でできた建物が丸い形に散らばっていて、真ん中に一際でかくて、真っ白のドーム型の建物があった。

「AKIRAみたい」

「爆発のとこでしょ、わかる」

町に隣り合うように作られた補給基地の船着場に昇月が滑り込んでいくと、磁気ネットに捉えられて、ぴたりと止まった。

「ついたー」

「レッツバカンス!」

 サクは昇月から飛び出すと荷物を運び出し始めた。「バカンスじゃねー」ぎちぎちに詰まった荷物から必要なものを引っ張り出す。着替え、コスメ、生理用品、ギター、エフェクター、アンプ……

「おい。それはいらんでしょ?」

 支度を終えたサクが呆れた目で見てきた。

「いる」

「なーんでそんな重たいもの持ってくるかなー、別に自分が出るわけでもないのに」

「この子とあたしは一心同体なの。それにばったりゼー・イー・ベーと出くわしたりしたら、サインもらわなきゃいけないし、いつどんな状態でギター弾く機会が訪れるかなんてわかんないでしょ。もしかしたらどっかのバンドのギターが腕折って、急遽、代打としてステージにあげられたりするかもよ、レコード会社のスカウトだってあるかも知れないし。

あんたもあたしのバンドメンバーなんだからそれぐらいの覚悟持ってよね」

「いつバンド組んだんだよ……しかも二人じゃん。ほらもう行くよ、お腹すいちゃった」

サクはスタスタと船着場を横切って基地の入り口に向かっていった。

肩にかけた荷物を持ち上げる。重っ。くない。

「待ってよ、サク」

 フードコートにサクの二倍の時間をかけてたどり着く間に、すれ違った人の半分以上はフェス参加者だったと思う。お互いに相手を品定めするみたいな目付きになるからすぐわかる。他にも結構人はいたけど、基地は見た目よりも意外と大きいらしくて混み合ってるって感じじゃない。

「お疲れ」

 サクはもうカレーうどんをズルズルやっていた。

「あたしもそれにしよ」

「まねっこ」

 一瞬で出てきた合成カレーうどんをすすっていると、食堂の至る所にモニターがブンと音を立てて現れた。

「太陽系公航路をご利用の皆様。大変ご迷惑をおかけしております。現在航路上に浮遊している氷塊は氷鯨によるものだということが判明いたしました」

 そのアナウンスと同時にスクリーンには氷が散らばった宇宙空間が映し出された。

「画面中央に映っていますのが、現在、氷塊を発生させている氷鯨です」

 よく見ると漂う氷の中にゆったりと泳ぐように移動しているものがあった。それは昔、水族館で見た鯨みたいな形をしていて、全身に氷が張り付いていた。

「現在(株)大洋宙行は現地保安隊と連携して、問題解決に急いでおります。太陽系公航路をご利用の皆様には多大なご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。次の情報が入り次第、順次お伝えいたしますので、今しばらくお待ちください」

 あたしがカレーうどんを食べ終わると同時に、アナウンスは初めに巻き戻った。

「もー、どういうこと?」

「自然現象には勝てないってことよ」

「マジ最悪」

 あたしはスクリーンに映る鯨を睨みつけた。

大型宇宙船くらいはありそうなそれは、あたしの気持ちなんかお構いなしに宙を泳ぎ回っていた。

「ねーそれより、タバコ吸いにいこ?」

 確かにサクの言う通りあんな大きい生き物に文句を言っても仕方ない。

「いいけど。そうだ、サク。あたしのタバコ、あんたが吸いすぎて無くなっちゃったから次買ってよね」

「はいはい」

 サクの黒目が微かに動く。多分この基地内にタバコが売ってないか検索してる。

「町に行かないと売ってないっぽいね。どうする?」

「暇つぶしがてら歩こうよ」

割り振られたドミトリーに荷物を預けて、基地の大きさに対して小さすぎる出入り口を抜けると雪国……じゃなくて氷の国だった。「思ってたより寒くないね」言いながら上着の襟を寄せる。

「強がんなよ。ていうか」サクがあたしの背中を見る。「なんでここにまでギター持ってきてんの」

「念の為、念の為」

「はぁ」

 町に人影はまばらだった。家のほとんどは深い焦茶色の木造で、二階以上の建物はほとんどないから、真ん中の白いドームはこの町を作った神様が色を入れ忘れたみたいに白くて、どこからでもよく見える。

「タバコ屋あった」

「うわ、珍し、人が売ってるじゃん」

「すいません」 

 サクが声をかけると、半分寝ていた店番のおばあちゃんがぼんやり目を開けた。

「あいよ」

「ナインスターとシキシマください」

「あいよ」

思ったよりも声が低かったおばあちゃんが本当におばあちゃんかどうかを見極めようとじっと見つめていると、タバコ屋と隣の建物の隙間から黒いちいさい何かが突然飛び出してきて、あたしにぶつかった。

「へ?なに?」

体勢を立て直した時には、そいつはもう5メートルくらい先にいて、体に対して不釣り合いに大きい細長いものを抱えていた。

それが何かに気づいた時、あたしは泣きそうになった。

「ギターッッ!!」

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