王は逃げた。その後の話
奏條ハレカズ
王は逃げた。その後の話
むかーしむかし。ここはバリシア王国。ここはね、すこし前から、おとなりのトルキアとケンカをしてるのよ。ケンカってとってもたいへんで、おとなの人はみんな、うーんうーんって困ってたわ。そんなとき、バリシアのおうさまは、ひとりの平民の女の子とであうの。ふたりはおたがいにひとめぼれ。まあ、なんてすてきなのかしら!でもね、まわりの人たちはおこったのよ。「みぶんちがいのこいはいけません!」って。おうさまと女の子はこまってしまって、ふたりでなやんだわ。そしてきめたの。「もうせんそうはいやだ。ふたりでしあわせになろう」って。ふたりはにげたわ。とおいとおい国へ。そこはさむいところかしら。あたたかいところかしら。それはわからないけど、ふたりはしあわせにくらしたそうよ。さて、ここからのおはなしは、ふたりが遠くへいってしまった、あとのおはなし。どうか、おききくださいな。
テルネス陸軍大臣は、「なんてことだ」と、最早言いなれてしまった言葉を吐いた。国王、いや、『かつて国王だった男』が前代未聞の駆け落ちをしてから二週間が経っていた。
戦争中に国の長がいなくなることは、珍しいことではない。バリシア王国の歴史においても、戦時に崩御された国王は何人かいる。今回のこれが問題なのは、"王は死んだのではなく逃げ出し、何処かでのうのうと生きている"ということだった。
二週間前に急遽即位したのは十二の少年だ。欲に走り国を捨てた愚か者の甥っ子を引っ張ってきて、なんとかその椅子に座らせたのだ。もちろん、戦争指導など期待できるはずもない。騒ぎは当然トルキアにも伝わり、好機とみたトルキア陸軍第三軍集団は、大規模攻勢を開始する始末だった。
「敵第三軍集団の攻勢に対し我が方の第六軍団は転進。遅滞戦闘を行っていた第三四歩兵連隊は全滅したそうです」
部下の報告に少し眉をひそめる。
「転進?取り繕わなくてもかまわんよ。後退と言いたまえ。──三四連隊の遺族には、年金を増やさなければな」
「今朝、自宅の近くに住む婦人に泣きつかれました。『息子を返して』と」
部下の持っていた書類に彼の指が食い込み、くしゃりと音を立てた。テルネスは部下に慰めの言葉をかけれぬ程に疲弊していた。
バリシア中の人が叫んだ。全ての悪いこと(しまいにはリンゴが赤いことまで)が、男のせいにされた。王家の家系図から男の名前は消され、学者は歴史書に『史上最悪の売国奴』と罵詈雑言を書き殴った。ともあれ、男がバリシアに帰ることは無かった。
王は逃げた。その後の話 奏條ハレカズ @sojoharekazu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます