人気ブロガーの妄想推理

木林 森

第1話 私と読者と仲間たち 

 今日は土曜日。昨日も一昨日も学校は臨時休校だったから、日曜日も含めて4連休になる。


「優。コーヒーお願い~」

「はいはい」


 婚約者の優。数学とプログラミング、それ以上にコーヒー豆を挽くのが得意だ。


「はい、どうぞ。いつものように角砂糖3つ、入れておいたよ」

「だから、そんな当然の事はいちいち報告しなくていいのよ。ミルクもいらないわ」


 右手でコーヒーカップを持ちながら、左手でスマホを操作する。行儀が悪いと注意されるけど、このスタイルが一番筆が進むので直す気は全くない。


「ブログ?」

「うん」


 ブログ更新は日課。昨日で563日連続更新中だ。564日目のブログを書く前、昨日の記事についたコメントをチェックする。


「書くネタあるの? 最近は学校もずっと休みだし」

「例え24時間密室に閉じ込められても書けるわよ」


 会話中もスマホから目と手を放さない。行儀悪いのは自覚してるけど、優の前で直す気はない。


「読者いるの?」

「失礼ね! 2000人以上いるわよ。『令嬢Rのセキララブログ』は、ブログランキング地域部門1位をキープし続けているんだから」


 優はいつも「ダサい」と言うけれど、私にはお気に入りのタイトルだし、読者のウケもいい。本物のお嬢様である私・那由多凛が、日々の華麗な生活を赤裸々に……と言いたいけど、現実は学校・家・お稽古事のローテーションの毎日。


 しかし、そこは私の想像力と創造力。ピアノ教室でショパンを弾けば、ジョルジュ・サンド―ショパンの恋人―目線で『別れの曲』を語り、乗馬倶楽部で人馬一体となった日は馬の視点で人間の愚かさを綴る。


 妄想8割現実2割。それが『令嬢Rのセキララブログ』、通称『ララブロ』だ。


「僕の事は絶対書かないでよ」

「わかってるわよ。うちの学校は男女交際にうるさいから、男子は出演させないようにしてるわよ」


 ブログ内で素性は公開していないものの「わかる人にはわかる」ので、そこら辺は考えて文章を作成している。


 ふと、着信が入った。


「ママ」

「1秒。スマホばかりいじってないで、勉強もちゃんとしなさい」


「してるわよ。何か用かしら?」

「優君に代わって」


「だったら、最初から優に電話すればいいじゃない。番号知ってるんだから」

「あなたにかけると一石二鳥なの」


 いつもそう言うけど、意味がわからない。聞いても「自分で考えなさい」だし。


「優、ママから」

「あ、うん」


 10分後、優はママに届け物があると言って外に出て行った。


 私のママは科学捜査研究所―通称『科捜研』―でリーダーを任されている。ママの忘れ物は優が届ける。それが習慣だ。


 水曜日の夜、私の学校の英語教師が殺されるという事件が発生した。殺したのは同じ学校の警備員だが、刑事さんから事情を聞かれている当初は容疑者ではなかった。聞き込み中にトイレへ行くとその場を離れ、学校最上階のトイレで首を吊って自殺。「教師を殺した」という遺書も現場で発見されている。それが木曜日の午前中の話だ。


 実は大学1年生の優も、この事件に関して独自に調べている。私がお願いして調べさせたと言った方が正しいわね。お得意のプログラミングとやらで、隠された真実を暴きつつあるのだ。ママもそれは知っているようで、どうも優をうまく利用しているみたい。全く、私の婚約者を使うとは。


 事件のせいで木曜・金曜と学校は臨時休校。来週末は体育祭があるというのに、リハーサルも出来ずじまい。土曜になっても、ニュースやワイドショーはこの事件の話題で持ちきりだ。しかし、ワイドショーの報道の仕方には心の底から怒りを覚える。


 殺された教師は熱血で誠実で善良だったとか(校長先生がそう紹介したらしい)、警備員は悪の権化かのように報道している。とんでもない! 実際はその逆。殺されたのは生徒に手を出す事で有名な暴力教師だったし、警備員さんは全ての生徒から優しいと評判の人だった。


 私のママはこの事件で現場に残された遺留品や証拠品の鑑定を任されている。そんなママの立場を利用して、私は優に色々と事件の真相を探らせている。どうやらこの事件、教師と警備員以外で事件に絡んでる人物がいる……というところまで突き止めた。


 突き止めたのは優だけど、私は最初からそうにらんでいたわ。その証拠に木曜日の夕方、ニュースでこの事件に関する事が報道された直後の『ララブロ』で、私はこう綴っている。


タイトル『真実は闇』


 報道されている通り、警備員が教師を殺したと皆さんはお思いですか? どうもこの事件には裏がありそうですわ。


 その日はすでに1本の記事をアップしていたので、事件に関してはこれだけだ。翌日の金曜日には、事件に絡む第3者の存在を突き止めたので、次のような記事をアップした。


タイトル『教師を殺した真犯人』


 内部事情をよく知る私ですが、詳細は言えません。ただ、教師を殺したのは警備員ではないという事、それだけはほぼ確信していますわ。


 自殺した警備員をA,殺された教師をBとしましょう。私の推理はこう。Aが自殺したというのは偽装で、実際は何者かに殺された。Aを殺した人物とBを殺した人物は同一の可能性が高いとみています。


 そう、AはBを殺していません。別の誰か、Cとしましょう。2人を殺害したCの存在が明らかになる時、この事件は真の解決を迎えるでしょう。


 では、Cとは誰なのか? 


 それはBの同僚に頼まれた殺し屋。殺されたBとトラブルのあった4番目の人物が、殺し屋のCに依頼してBを殺害。完全犯罪に見せかけるため、Aを殺人犯に仕立て上げ、自殺に見せかけて殺害する事で完全犯罪を成り立たせようとした。


 これで今回の事件の全てが説明出来ますわ。ニュースを信じるか、それとも令嬢Rの推理を信じるかはあなた次第。


 書いた後、ちょっと強引すぎる推理というか妄想だったかしらと思いつつ、その日は手直しもせず寝てしまった。まぁ、妄想8割現実2割というのは、『ララブロ』の読者にとっては周知だしね。リアルより私の描く物語の世界が好きでこのブログを読んでいるもの。ちょうどいいぐらいのストーリーだわ。


 今日のブログ記事を書く前、この記事についたコメントをチェックしているところ。マイルールで、ファーストコメントをした人には返信する事にしている。


「警備員は遺書残してるんでしょ。教師を殺した事を苦に自ら死を選んだって報道されてましたよ。自殺に見せかけたって、妄想が過ぎるでしょ。笑」


 不思議よね。1%にも満たないアンチが必ず1コメするんだから。よほど『ララブロ』のファンなのね。優しい令嬢Rはルールに則って、あなたみたいな読者にも返信してあげますわ。


「遺書がワープロで書かれていたのはご存じ? 筆跡鑑定できないよう、殺し屋が用意したものですわ」


 そう返した直後、さらにあちらからも返事が来る。


「遺書がワープロで書かれたって報道されてないぞ。嘘つくな」


 リアルタイムでチェックして下さっているなんて、熱烈なファンね。でも、基本返信は1回のみ。令嬢Rの貴重な返事を、くだらない質問でつぶした事を皆に恨まれてしまいなさい。


 300を超えるコメントを1つ1つチェックする。数個のアンチコメントは基本スルー。


「さすが令嬢Rの名推理」

「今日も妄想力全開ですね。嫌いじゃないです」


「僕は生徒が犯人だと思います。だってあの先生、めっちゃ嫌われてたし」

「これだけのストーリーは素人には考えつきません。お嬢様の才能万歳!」


「お前の推理が正しかったら、裸で運動場を5周走ってやるよ」


 まぁ、数が少ないからこそ、嫌でもアンチコメは目に入っちゃうんだけどね。そんな中、1つ気になるコメントがあった。


「実は僕、事件のあった学校の近くに住んでいます。水曜日の夜、とても怪しい男が学校に入っていくのを見ました。気になって、家にあった双眼鏡でその男を見ていたんですが。ここには書けないので、僕のメールに返事をくれませんか?」


 メッセージの最後の行に、フリーであろうアドレスが掲載されている。


「……」


 出会い目的で連絡先を書く者も少なくない。もちろん全部無視してきたわ。でも、なんだろう? 私の直観が「このコメントを無視するな」と言っている。


 優がいたら相談するところだけど、今はママの所に向かう電車の中のはず。


「メールぐらいなら」


 そう思って、私は連絡を取ってみる事にした。たった一行。


「令嬢Rよ。何があったのかしら?」


 あちらからすぐに返事が返ってくる。


「僕、実はあの学校の生徒です。水曜日の夜、グラウンドで英語の先生を殴ってる人を見たんです。警備員さんじゃなかった」


 にわかには信じがたい内容。でも、本当だとしたら有力な目撃証言だわ。


「警察は近所に聞き込みしてるわ。ちゃんと、その事を話したかしら?」

「警察は両親とだけ話して、僕には何も。それに僕、たぶんその殴ってた人の免許証を拾ったんです」


 う~ん。イタズラの可能性も排除できない。


「すぐ警察に届けなさい。そして、見た事を報告しなさい」


 そう言うしかないわ。


「『ララブロ』を読んだら、この免許の持ち主が殺し屋かもと思っちゃって。怖くて仕方ありません。もしよかったら、僕と一緒に警察へ行ってくれませんか?」


 殺し屋という私の妄想で、この読者を怖がらせたのは申し訳ないと思いつつ、本当に真犯人の免許証だったら「私が最初に真実に辿り着くかも」という、卑しい気持ちが芽生えた。


 現在、ママと優は証拠を元に捜査を進めている、事件の真相解明に向けての強力な仲間だ。私と読者と仲間たちが手をつなげば、この事件は一気に解決に向かうはず。


「仕方ありません。あなたを怖がらせた責任を取り、この令嬢R様が一緒に警察へ行ってあげますわ。学校の正門で30分後。お互い、腕時計を右手につける。それが合図よ」 


 ブログのネタにもなるしと、その時はそう思っていた。まさか、この相手が殺し屋だなんて、今の私に知る由もない。

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