旅路の果て

まっく

読者を求めて

 僕は今、仲間たちと『読者』を求めて旅をしている。


 きっかけは海を渡って来た放浪者の話による。

 黒を纏った彼は、自分の知識と引き換えに対価を得て放浪を続けているようだった。


 その彼から光る石と交換に聞いた話では、太古の時代には文字が氾濫していて、数え切れない程の読者が存在していたのだという。


 今でも、その文字の名残であろうと推測される物を探すのは、容易いとは言わないが、特別に難しいというものでもない。なので、待ち合わせの場所にはちょうどいい。


 僕たちの中で、文字は組み合わせによって意味が変わると、共通認識として理解されていたが、それを解読する必要性を感じている者は皆無だった。

 コミュニケーションのツールとして、声以上に簡単で便利な物は無いからだ。


 放浪者は、大量の文字が眠る場所の存在が、いくつか確認されていることも教えてくれた。その文字たちは太古の知識を記しているのではないかとも。

 その正確な場所と引き換えに、食糧を要求されたが、それはさすがに断った。

 場所を知ったところで、彼のいう読者が存在しないかぎり、それは無用の長物だからだ。


 しかし、太古の知識を得るのは、とても魅力的な話だと思った。

 時を経るごとに、たくさんの種類の生き物の数が飛躍的に増えていて、それは僕たちも例外ではなく、その筆頭だと言っても過言ではない。

 食糧確保も難航することが多くなり、それに伴いコミュニティの維持も難しくなりつつあった。


 そこで、僕は同じくらいの若い仲間たちと、コミュニティを離れ、読者を探す旅に出る決意をした。

 読者捜索に失敗しても口減らしになるし、見つかれば、現状を飛躍的に改善出来る知識が得られるかもしれない。コミュニティにとってのリスクは皆無との判断だった。


 文字が眠る場所は、旅の途中で見つかる気がしていた。特にその場所の探索を重点的に行っている話を聞いたことがなかった。その中で、複数見つかっているからだ。

 それは些か楽観的な考えかもしれないが、読者さえ見つけてしまえば、その読者が場所を知っている可能性が高いのではないかとの思いもあった。



 仲間との旅は純粋に楽しいものだった。

 いつもとは違う景色の中で、思いっきり羽を伸ばす。

 たったそれだけのことが、心を豊かにしていく。

 羽を休めに立ち寄ったコミュニティでは、道具の思いもかけない使い方や、釣りも教えてもらった。

 志を同じくする新たな仲間も見つかり、旅する一行の数はどんどん増えていった。

 一生を共にする伴侶も見つかった。

 仮のコミュニティを形成し、そこを一定期間ベースキャンプとして、探索の網を広げていった。

 やはり、知識が集まると様々なメリットが生まれることを実感した。

 たくさんの太古の知識を手に出来ればと思うと、体に震えが襲ってくる程の興奮を覚えた。


 そんなことを繰り返していくうちに、いくつかの大量の文字が眠ると思しき場所を発見した。

 読者の気配は、全くと言っていいくらい感じなかったが、僕たちの士気を上げるには十分だった。


 どれくらいの時が流れただろうか。

 最果てが見えないくらいの大きな森の奥の奥で、読者らしき個体を発見したとの報告があった。

 色々と集めた情報の中で、可能性の低いと思われていた地域だった。そこは文字が眠る場所からは、かなり遠いところだった。

 読者ではないのかもしれない。

 もしくは、かつては読者だったが、もう文字を利用しない『読者ではない者』になっているのかもしれなかった。


 しかし、そんな仮定の話を考えていても、埒が明かない。

 僕は少数の仲間を連れて、その場所へ向かった。


 そこは川からも近く、果実も豊富にある。

 住居も、文字が眠る場所には遠く及ばないが、僕たちが住居にしている物よりは、遥かに高度であるように思えた。

 やはり知能が相当高いようで、あの放浪者が言っていた読者ではないかもしれないが、十分読者として機能するのではないかと期待が膨らむ。


 彼らも、僕たちと同じようにコミュニティを形成しているようで、声を扱ってコミュニケーションを図っているのも明確だった。

 僕たちよりも、随分と複雑な音の組み合わせを使っている。しかし、十分に対応可能な範囲内だった。

 僕たちともコミュニケーションが図れそうなので、そこは少し安心する。


 そこで僕は勇気を出して、彼らに近付き挨拶をしてみることにした。挨拶はどの世界でもコミュニケーションの基本のはず。

 仲間たちは反対したが、様子を見ているだけでは、物事は進展しない。


 出来る限り友好的な気持ちを込めて、声を発する。


 すると、一際大きな体の個体が住居から現れた。

 仲間と合図を交わすと、手に持っていた細い筒を口元にやる。

 音を拡張するような道具かと思い、もう一度挨拶を発しようとした刹那、その個体から途轍もない殺気を感じた。


 僕は仲間たちに危険信号を送るべく、力の限り声を発した。



「カー! カー! カー! カー!」



 仲間たちの羽音が聞こえると同時に、体に軽い痛みを感じた。

 鋭く尖った小さな塊を、僕に向かって飛ばしてきたようだったが、直撃は免れた。


 出直すべく、飛び立とうと思ったが、急速に体から力が抜けていき横倒しになる。


 彼ら中の一つの個体が、僕に近付き覗き込む。

 この期に及んで「君たちは読者なのか」と聞きたい気持ちが強いことに気付き、可笑しさが込み上げてくる。


 さらに別の個体が僕の側まで寄ってきて、話を始めた。


「こんな真っ黒な鳥、食べれるのかな」


「食べてみりゃ分かるさ」


「美味しかったら、これからもどんどん来て欲しいけど」


「何となく、またやって来そうな気がするな」


「パパの勘は、よく当たるからね」


 言っている意味は正確には理解出来なかったが、僕に好意的でないのは分かる。

 そして、もう命が短いことも。


 しかし、不思議と恐怖は感じなかった。


 僕を礎として、この経験を仲間たちが、子供たちが糧にして、彼らと友好的な関係を築いてくれたらと思う。


 お互いに理解を深めるには、永遠にも近い時間が必要なのかもしれないが、決して諦めないで欲しい。


 いつの日か、彼らを読者として太古の知識を得ることを。


 その知識を生かして、より良い世界を創造してくれることを願う。



 そして、僕の世界に漆黒の闇が訪れた。



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