公式試合

第1話 資格の魔術式

 ―どうしよう、通じない…。


 僕は門の前で足止めされていた。

 今日これから、間もなく始まる筈の公募試合。

 僕はそれに参加するためにここまで来た、だけだったのだけれども。


 僕が書いた名前。

 その僕の名前が読めないので、僕自身で読み上げてくれと言われた。

 なので、きちんと発音したツモリだったのだが、鎧を着た男と羽根の付いた帽子を被った男の二人が首を傾げている。

 僕の発音は、思っていた以上に悪いらしい。


「どうしますか、ブライアン伍長。」

「いや、でも、規則は規則ですし…。僕たち二人が不正をしたという事にもなりかねませんし…。」


 僕には公募試合を受ける資格があるそうなのだが、その認証のためにも、羊皮紙に書かれた名前を呼んでもらう必要があるのだという。

 羊皮紙に刻まれている魔術式が、その呼ばれた名前とその本人を結び付け、不正が起きないように機能するのだという。

 なので、僕はその羊皮紙を持つ者に名前を呼んでもらわなければ、参加資格を正しく得ることが出来ないのだ。


「とは言え、もう刻限も迫っておりますぞ。」

「困りましたね…。」

「うむぅ、すまない、もう一度、君の名前を教えてくれるかい。」


 暖かい色の羽根帽子を被ったふくよかな男が優しく僕に声を掛けてくれた。


「僕の名前は…」


 と、ここへ来て四度目になるその僕の名前を言いかけた時、門の彼方から一陣の風が吹いた。

 魔力を孕んだその風が吹き抜けたその場所には、白い男が立って居た。


「いやぁ、申し訳ない!ちょっと正門での問題を片付けていてね。来るのが遅くなってしまったよ。」


 金色か銀色か分からない、陽に透けて輝く髪。

 昔見たような緑色の宝石のような眼に、片眼鏡。

 やたら豪華な装飾と金糸が使われた白い衣に水色の布があしらわれた、何とも派手な出で立ちの男が、そこに居た。


「こっ!こ、これは大賢者様直々にかような処においで下さり、誠に申し訳ございません!」


 僕の目の前の男二人は、その白い男に深々と頭を下げていた。


「で、どうしたの?」

「あ、その、それが…この者、資格在りの判定が出ているのですが、その、大変申し上げ難いのですが、こちらの字が読めなくてですね…。」


 鎧を付けた男は、白い男に僕の名前が書かれている羊皮紙を手渡した。


「あの、僕の発音が悪いみたいで…。」


 そもそもの発音が間違っている可能性を、僕は思い出した。

 全く自覚がなかったが、そう、僕が育ってきたのはどうも辺境らしいのだ。

 ここまで僕を乗せてきてくれた行商人が「それってどんだけ田舎なんだよ!」と腹を抱えて笑っていたっけ。

 その事実を知らなかったことに僕は少し気恥ずかしくなっていた。


 白い男は羊皮紙を見るなりこう言った。


「大丈夫。この子は僕が案内するから、ありがとう!」


 僕の相手をしてくれていた二人は、ほっとした表情を見せた。

 何やら、僕のお陰で面倒を起こしてしまったようで、かえって申し訳ない気持ちになった。


「あ、その、ごめんなさい!」


 僕は咄嗟に頭を下げた。


「いいのいいの、これは仕方ないさ。さ、行こうか、ルク。」


 白い男は、器用にくるくると羊皮紙を丸めてその懐にしまうと、僕の目を見てそう言った。


「ルク?」

「そ。これ、そう読むの。だから君は、ルクね。」


 僕は考える。その音を聴いて考える。

 そしてかつての教えを思い出す。

『言葉とは、進化する者であり、変化する生き物である。』と。


「はい、宜しくお願いします。」


 向き直った僕は、白い男に頭を下げた。


「はい、じゃ、もう時間ないから、急ぐよ。」


 とその白い男は言い放った。

 そして頭を上げた僕が見たのは、空だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る