冴えない高校教師がJK三姉妹と一緒に暮らすようになったワケ。生徒との恋愛はNGなのに、なぜだか彼女達からのアプローチが止まらない。

末比呂津

プロローグ

「ハアッ!? オイオイちょっと待ってくれよ母さん! 今のはなにかの冗談だよな?」


 母からもたらされた衝撃的な一報に、俺は我が耳を疑った。

 俺の名前は足立正弘あだちまさひろ

 これと言って自慢できる特技もなく、どこにでもいるような平凡な高校の体育教師として、ごくありふれた人生を送ってきた。

 と、つい先ほどまでは思っていたのだが――


「冗談じゃないわよ。今度の週末から親戚の女の子を三人、ウチで預かることにしたから。マサ君も面倒みてあげてね」


 母は至って真剣な口調で、信じられない発言をする。

 ことの顛末を説明すると、母には子供の頃から親しくしていた遠い親戚の女性がいて、女手一つで三人の娘を育てていたのだが――父親は三女が生まれてすぐに他界――ある日突然、海外に単身赴任することになってしまう。

 子供達だけで生活させるのに不安だった彼女は、他に頼れる身内もいなかったので、俺の母に助けを求めた、という訳である。

 まさに青天の霹靂。最初は新手の冗談かと疑ったが、どうやら本気のようだ。

 親戚と言っても、実際は義理の又従姉妹という関係で、血の繋がりは皆無。

 昔たまたま家が近かったから仲が良かっただけの、赤の他人も同然である。

 しかも姉妹は三人とも女子高生らしい。

 万が一、俺が勤める高校の生徒だった場合には……バレた時点で俺は破滅だ。


「俺は反対だぞ。困っているからって赤の他人と一緒に暮らすなんて」

「ひ、酷い……どうしてそんな意地悪言うの? マサ君はお母さんのこと嫌いになっちゃったんだぁ……ふえぇん!」


 まるで小動物のように、シクシクと泣き出す母(49歳)。

 実年齢より15歳くらい若く見える母でも、ぶっちゃけこれはキツイ。十代の女子がやればあざとくて可愛いのだろうが。


「母さん、そういうのは自分の歳を考えてやってくれよ」

「……あら言ってくれるわね、26にもなって親と同居してるクセに。アンタこそ自分の年齢考えたら?」

「う……」


 いきなり母の態度が豹変した。しまった、年齢が禁句であることを忘れていた。

 普段はぶりっ子のように振舞っているが、母は一度怒らせると手がつけられないくらい凶暴化する。

 やはりさっきのはウソ泣きだったか。


「だいたいろくに家事も手伝わないアンタに口出しする権利があると思ってんのぉ? 文句あるんなら一人暮らしでもすればいいじゃない」


 もはや完全にチンピラの口調。

 しかし言ってることは大体正論だ。

 いつかは自立しようと思っていながら、職場に近いこともあって今に至るまで実家暮らしを続けている俺には反論する権利はないのかもしれない。


「わ、わかったよ。母さんの言う通りにしていいから……」

「よろしい」


 このように、いつまでも独り立ちできない子供は、親の圧制に苦しめられることになるのだろう。

 まあ、どうせ面倒をみるのは母だろうし、これを機に一人暮らしを始めるのも悪くないかもしれないな。


「なあ父さん。母さんっていつからあの性格になったんだ?」


 俺は隣でずっと議論を傍聴していた父に小声で耳打ちした。


「いや出会った時からあんな感じだったよ。結婚したら性格も丸くなるだろうと思っていたんだけどね、もうとっくの昔に望みは捨てた……」

「お父さん、何をコソコソ話しているの?」

「ひぃっ! い、いえ、素敵な奥さんがいる僕は幸せ者だなー、と……」

「ふぅん、あっそ」


 我が父ながら、こういうビクビクしている姿を見ると情けなくなる。

 しかしいくら事情が事情とはいえ、実の娘を他人の家に預けるなんて、無責任な親もいたもんだ。

 仮にも全員高校生なのに、なぜ自分達だけで暮らすのがいけないんだ? よっぽど問題児なのか、あるいはただ心配性なだけか。


「ところで疑問なんだが、この家に三人も寝泊まり出来る場所なんてあったっけ? 俺の記憶だと部屋は全部埋まっている筈だろう?」

「それなら心配ないわ。まだ言ってなかったけど、実はお母さん達も来週から海外転勤することになったから、お部屋が空くことになるわよ」

「そっかー、だったら安心だなー……ってんなワケあるかぁー!」


 俺の抗議の声も空しく、両親は本当に翌週には有言実行して、海外へと飛び立ってしまった。

 無責任な親がここにもいた。

 結局、姉妹がどんな人物なのかすら、ろくな説明がなかった。

 自分で引き受けたクセに、三人ものJKを現役教師の俺に丸投げするとは、職を失ったらどうしてくれるのだ。

 まだ女性と付き合ったことすらないのに、JK三姉妹との同居はハードルが高すぎる。

 これまで平凡な人生を歩んできたはずが、いきなり波乱万丈すぎる展開が待ち受けていた。




 そして迎えた週末。

 とうとう明日、JK三姉妹が家にやって来ることになっているが、未だにどんな人物なのかも知らされていない。

 電話で母に訊いても「それは会ってからのお楽しみ♪」とはぐらかされるだけ。

 俺も必死で引っ越し先を探しているのだが、そんなすぐに良い物件が見つかる筈もなく、新居探しは暗礁に乗り上げていた。


「はあ……憂鬱だ……」


 放課後、職員室の自分のデスクで、俺は途方に暮れていた。

 夢なら今すぐ覚めて欲しい。

 最近は寝不足な夜が続いており、生徒にも顔色が悪いのを心配される始末だ。


Hiハーイ! 足立先生! 浮かない顔してどうしちゃったの?」


 などと考えているところへ、女性の声が近づいてきた。


「ああ片桐先生。別に、ちょっと考えごとしてただけですよ」


 彼女は女性体育教師の片桐奈津子かたぎりなつこ

 俺の先輩でとても面倒見がよく、時折気にかけてもらっている。


「悩みがあるんなら、私が相談に乗るけど?」

「いえ大丈夫です」

「遠慮しなくていいのよ。そうだ、どうせなら相談に乗るついでに、この後二人でデートでもしましょうか?」

「またそれですか。もう何度もお断りしているでしょう」


 美人で生徒からの人気も高い彼女だが、こと異性関係に関しては、あまりいい評判を聞かない。


「いいじゃなーい。私、最近彼氏と別れてフリーだから、今がお買い得よんっ♪」

「そんなもん買うお金がどこにあるんです?」

「自分の身体で払えば?」

「なんでそうなるんですか!」


 彼女は頻繁に恋人をとっかえひっかえしており、最後には必ず「飽きたから」という理由でボロ雑巾のように捨てるらしい。


「んなこと言わずにさあ、私の誘いに乗ってこないのアンタだけなのよ。せめて一回でいいからちょこっと味見させてよ?」

「味見ってなんですか。明らかに本気で付き合う気がない人の台詞でしょ」


 正直、美人からのお誘いは嬉しいが、片桐先生だけは御免被りたい。


「アンタ、そんなんだから彼女がいないのよ。たまには自分で出会いを探さないと。女は向こうからやって来るもんじゃないんだからねー」

「さいですか」


 心配されなくても、明日には三人のJKが家に来ることになっているのだが。

 そろそろ見回りに行く時間なので、俺は片桐先生から逃げるようにして足早に職員室を出た。

 ところが急ぎ過ぎたせいか、廊下に出た瞬間、ふいに右側から来た通行人と衝突してしまう。


「きゃっ!?」

「あ」


 小さな悲鳴をあげて、女生徒は床に尻もちをつく。


「ご、ゴメン! 大丈夫か?」

「……は、はい、ちょっとビックリしましたけど」


 俺が差し伸べた手に掴まりながら、女生徒はゆっくりと起き上がった。

 よく見ると、人形のように可愛らしい外見をしていた。

 身長140cmくらいの小柄な体系に、あどけない少女のような童顔。

 やや舌足らずな喋り方と相まって、小学生が高校の制服を着ているんじゃないかと錯覚しそうなくらいだ。


「怪我はないか?」

「大丈夫です。こう見えて身体は頑丈に出来てますから」

「本当にすまなかった。何とお詫びしていいやら……」

「そう言われても……ん? クンクン……このにおいは――」


 ふいに彼女がこちらに顔を近づけて、俺が手に持っている紙袋のにおいを嗅ぎ始めた。

 袋の中には俺が行きつけのパン屋で買ったチョココロネが入っている。

 食欲がなくて昼休みには食べなかったもので、処分に困っていたのだ。


「はぅ……チョココロネのいい匂い……」


 女生徒は物欲しそうな目で袋を凝視する。


「……もしかしてこれが欲しいのか?」

「はっ!? い、いや、そんなことは――」


 言葉とは裏腹に、女生徒の腹から「ぐううぅ」という盛大な音が鳴った。


「……君のお腹はそうは言ってないみたいだけど?」

「むぅ……おしゃべりなお腹ですね」

「よかったらお詫びのしるしにあげようか?」

「でも知らないオジサンからものを貰っちゃいけないって、お母さんに言われてます」

「オジサンって……俺はまだ26なんだが……まあいいや。というか知らない人って言っても、学校にいるんだから教師に決まってるだろ」

「あ、そっか。オジサン頭いいですねっ」

「だからオジサンはやめてくれ」

「わかりました。じゃあありがたくいただきますね、優しいオジサン!」


 “優しい”を付け足せば良いというものではない。

 俺のことをオジサン呼ばわりした女生徒は、訂正することなく袋を受け取って去っていった。

 外見だけでなく、精神年齢も幼そうな娘だ。

 気を取り直して俺は、女生徒とは反対方向へと廊下を歩く。




「ウン?」


 図書室の前を通りがかると、すでに閉まっている時間帯にもかかわらず、中から人の気配がした。


「何をしているんだ?」


 気になって室内に入った俺は、本棚の脇で何冊もの本を抱えている一人の女生徒を発見した。


「もう戸締りする時間なんだぞ」

「あ、すみません。ちょっと本棚を整頓していたら時間を忘れちゃって……」


 おっとりした母性的な顔立ちに、モデルのように華奢な体躯、なのに服の下からでもはっきりわかる豊満なバスト。

 ずいぶん綺麗な美少女だ。


「整頓だけでこんなに時間がかかったのか?」

「ええ、まず著者名と出版社と本の大きさ順で並べて、本の並びが1mmでもズレていたら最初からやり直したりしていたので……」

「……は? ミリ?」


 この図書室に、ミリ単位で本を揃えるルールなんてあったっけ?


「ああっ、こんなところに3mmもの本のズレが……」


 などと考えていると、今度は制服のポケットから自前のメジャーを取り出して、本棚のズレを測り始めた。

 ずいぶんと几帳面な性格だな。いや、これはもはや潔癖症と言っていい。


「ま、まあ熱心なのは結構だが、程々にしておけよ」

「はぁい」


 あまり関わり合いにならないほうがいいと思い、俺は逃げるようにその場を去った。

 いくら美少女でも、こういうタイプと一緒に暮らしている人は苦労するだろうな。

 よかった俺じゃなくて。

 そう思ったその直後――


「きゃっ!?」

「ん?」


 またしても誰かと衝突した。

 だが今回は俺は一歩も動いておらず、向こうが後ろから追突してきたのだが。


「痛たた……」

「あれ? 君はさっきの……」


 なんだか聞き覚えのある声だと思ったら、先ほどぶつかった女生徒と同一人物だった。


「あ、チョココロネをくれたオジサン」

「オジサンはよせ。今度は俺じゃなくて、そっちがぶつかってきたんだぞ」

「ごめんなさい。でも私、お詫びになるような物はなにも持ってないです。さっき貰ったチョココロネはもう食べちゃいましたし……」

「ああ、それは見ればわかる。口にチョコクリームがついてるからな」

「うぇ?」


 俺が指摘すると、女生徒は慌てて手で口元を拭い始める。


「お詫びは必要ない。その代わり廊下を歩く時はちゃんと前方に注意するんだぞ。あともう俺のことをオジサン呼ばわりするのはやめるように」


 30歳になれば呼ばれても仕方ないけど。


「はい、気をつけます。じゃあ失礼しました」


 そう言って彼女は脇を通り過ぎると、どういう訳かさっきまで俺がいた図書室に入って行った。


由芽ゆめお姉ちゃーん。一緒に帰りましょー!」

「ああ瑠衣るいちゃん。ちょっと待っててね、あともう少しで終わるから」


 中からチョココロネをあげた女生徒と、本棚を整理していた女生徒の会話が聞こえる。

 あの二人姉妹だったのか。

 そういえばどことなく容姿が似ている気がしないでもない。




 最後に俺が担任をしているクラスを覗いてみると、教室には女子が一人残っていた。

 自分しかいないのをいいことに、行儀悪く机の上で脚を組み、仏頂面でスマホをいじっている。

 ギャル風のメイクと明るく染めたセミロングの髪、派手に着崩した制服に、全身に派手なアクセサリーを着用している。

 この学校はわりと校則が緩いほうだが、それでもかなりギリギリを攻めている。

 彼女の名は引接寺芽瑠いんじょうじめる

 端麗なルックスと高いコミュ力からクラスの中心人物で、去年の学園祭のミスコンでは圧倒的な票差で優勝するほどの超絶美少女。

 だが現在は物凄く不機嫌そうな様子で、非常に声をかけずらい雰囲気を醸している。


「あーもしもし? 生徒はもう下校しなきゃいけないんだぞ」


 俺が恐る恐る近づくと、引接寺はスカートを押さえながら脚を降ろす。


「うっさいわね、ほっといてよ」

「おい教師に対してその言い草は酷くないか」


 もともと愛想の良いタイプではないが、ここまで辛辣な態度は珍しい。なにか理由があるのではなかろうか。

 そう言えばHRの時にも、なにやら思い悩んだ表情をしていたのを思い出す。

 家庭内でなにか問題を抱えており、帰りづらくて遅くまで残っている――うん、あり得る話だ。


「なあ、そんなに機嫌悪いのは、もしかしてなにか悩みごとでも抱えてるからじゃないのか? 俺でよかったら話を聞くけど」

「アンタには関係ないでしょ、C‐3P○なんかに話したところでどうにもならないわよ」

「その渾名はやめろって言ってるだろ」


 C‐3P○というのは、スター○ォーズに出てくる金ぴかのアンドロイドのことである。

 体育教師のクセにひょろ長くて頼りない体躯をしていることから、生徒達はからかい半分で俺のことをそう呼んでいる。

 要するに彼女は、俺みたいな役立たずになにが出来るのだ、と言いたいのだ。


「確かに俺に出来ることはないかもしれんが、誰かに話すだけでも気が楽になると思うぞ」

「そんなワケないじゃん」


 にべもなく撥ねつけられる。仕方ないな。

 家庭のことに教師が首を突っ込み過ぎるのもあまりよくないし、この辺で切り上げるか――


「ホント最悪よ……」


 ところが諦めようとした途端、突然、彼女が溜息を吐きながら心情を吐露し始めた。


「もうすぐ顔も名前も知らない男と同じ屋根の下で暮らすことになるのよ。今すぐ逃げ出してどっかに身を隠したい気分よ」


 ……気のせいかな、最近似たような話を聞いたような――


「なあ引接寺って姉妹とかいたっけ?」


 まだ担任になって日が浅いから、すべての生徒を把握しきれていない。


「はあ? なんで急にそんなこと訊くの?」

「い、いやなんでもない。今のは聞かなかったことにしてくれ……」

「?」


 引接寺は怪訝そうに首を傾げる。

 答えを遮ったのは、聞くのが怖かったからだと思う。


「とにかく、もしもいやな目にあった時は我慢せずに俺に相談してくれ。どんなことがあっても生徒の味方になるのが教師の務めだからな」

「フン、似合わないこと言って。C‐3P○のクセに」

「ほっとけぃ」

「……でも、ありがと」

「…………」


 最後の一言は、俺には聞こえないように小声で呟いたようだが、残念ながら聞こえてしまった。

 つっけんどんな態度をとっていても、根は優しくていい子なのだろう。

 それにしてもまさか自分の教え子がそんなこと……。

 信じ難い話だが、他になにか考えられるのか?


 現役教師なら迂闊に手は出せないだろうと考えた母親が、俺に預けることにした――うん、あり得る話だ。

 ……ますます明日になるのが不安になってきた。

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