Pilgrim

ににに

過去・1

「本当に……控訴、しないの?」

 白髪混じりでくたびれたスーツの男がジャケットを脱ぎパイプ椅子にかけながら、呆れた表情を強化アクリル板で仕切られた少女に向けた。

「………………もう、いいんです……そもそも、頼んでないし」

 男が次の言葉を繰り出そうとする刹那、彼女は力なく応える。

「女子刑務所とはいえ、20年以上の無期懲役だよ?……君、刑期を全うして出てきた頃にはもうオバ……」

「だから、頼んでないし!!私に関わるのは時間の無駄だから!………………二度と、来ないでもらえますか」

 少女が初めて顔を上げ、男を面倒くさそうに睨みつけならがら堰を切るかのように拒絶した。

 溜め息混じりで男が応える

「ボクもねぇ、少年事件はいくつかやってきたけどさ……君みたいな子、初めてだよ。他の人達は刑期を減らそう減らそうとなんだってやるっていうのに……」

「このままでいいんです、私。あんな家族の元に生まれてきた時点で死刑宣告を受けたようなものだし」

 少女はまたうなだれる。

「愛ちゃ…いや愛くんね、君、これからの人生をやり直ししやすくする為にも、私は控訴して刑期だけでも短くしたほうがい…」

「馴れ馴れしく呼ばないで!!……ください。弁護士さんが色々頑張ってくれているのは、良くわかっています。でも……もう良いんです。あなたは私に対して優しいし、頑張ってくれているけど……本当は私の事件を利用して何か、企んでますよね?」

‘’愛‘’と呼ばれた少女は俯いたまま、鈍く光る鋭い言葉を弁護士に突き刺した。

 身につけた法律の知識と巧みな話術を商売にしてきているはずの男がほんの一瞬、怯む。

「そういうつもりは無っ、いよ……!きっ、君、一体何を根拠に!!」

 親子以上の年の差がある少女の言葉に狼狽えたのが失敗だった。

 そして彼女は顔を上げ、弁護士に止めを刺す。

「控訴はしません。少なくとも、あなたの弁護では。解任の手続きの仕方、知らないんでやっておいてもらえませんか?」

 裁判や仕組みなど事細かに分かるはずもない少女は、無理な願いを弁護士へ託す。

 やや紅潮ぎみの弁護士はパイプ椅子から立ち上がりスーツを腕に掛ると、刑務官に面会終了の合図を目配せと小さく首を横に振り知らせる。

「ご親戚にでも頼るつもりかね?自分の息子を死なせ、娘を生死の境にまで追い込んだ殺人鬼を助けるような仏様のような人間、いくつも裁判をやってきた私でさえ、見たことが無いがね!」

 最後の一撃を喰らわせる弁護士に愛は面倒くさそうに切り返す。

「控訴?っていうんですか。そんな事はしないで刑務所へ行くと私が決めたんだから、もう弁護士は要らないって言ってるんです。あの時、奴らから開放されるのなら……もう、死んでもいいと思って行動した結果で今、ここにいるんだし」

 愛は刑務官に席から立ち、部屋から出るよう促されつつも、振り向きながら自分の真意を吐き出した。


 部屋から去ったはずの愛を睨みつけつつ弁護士は呪詛の言葉を吐き、自らも面会室から出ていった。

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