第17話 また逢う日まで:尾崎紀世彦

3月15日、横浜市立日野中学校昭和年度卒業式。昨日の謝恩会の熱気がまだ覚めていないのか、朝から教室内はザワザワしていた。ホームルームになってクボタが黒い礼服に白いネクタイを締め、胸には白い薔薇のコサージュを付けて現れた。「みんな卒業おめでとう。それと謝恩会お疲れさま」と笑った。


キタニが白い箱からピンクの薔薇のコサージュをみんなに配り、卒業式の用意がスタンバイする。黒板にはチョークで想い想いの寄せ書きが描かれており、真ん中に「卒業おめでとう」の文字がある。


「式典は10時からだから10分前には廊下に出るように」とクボタが言い、ササイが挙手して「先生、おれたち卒業式の二次会と謝恩会の打ち上げを、タガワの家でやるんですけど、来てもらえませんか?」と聞く。コマツが「バーベキューするぜ」とはしゃいだ。「おう、卒業式のあと先生方との慰労会があるので、それが終わったら駆けつけるよ」と言うと、クラス全員が歓声をあげた。


ホームルームでは、何をするでもなく雑談で終わった。途中でクボタがタガワを呼び「今日の打ち上げの会費がかかっているのか?」と聞く。「ひとり300円っす」というと「これで会費はゼロにしておけ」と財布から聖徳太子の一万円を出した。タガワが「みんなー、先生がカンパしてくれたので、今日の会費はゼロになったぜー」と叫び、再び大歓声が起きた。



時間になりクラス全員が廊下に出て体育館に向かった。父兄と在校生の拍手の中、1組から順に体育館に入場する。着席すると教頭が「それでは年度日野中学卒業式を始めます」と言い、起立して国歌斉唱。その後、各クラスの担任が生徒の名前を呼び、一人ずつ校長から卒業証書を受け取る。カンジは9組の最後から2人目だった。


その後、校長の式辞やら教育委員会やら、PTA会長の挨拶。そして送辞と答辞という順で式典は続くが、9組は二次会のパーティーの買い物リストをクラス全員で回して、頭の中はバーベキューのことでいっぱいだった。


最後に『仰げば尊し』と校歌を歌って、9組から順に退場。体育館を出ると、みんなで抱き合った。女子の何人かは泣いており、久しぶりに見る本当の卒業式の中に自分たちがいることに感動した。カンジは8組のケイが出てくるのを待っており、いつもは感情を大きく表さない彼女が少し泣いていたのに驚いた。


「なんか、久しぶりに感動しちまったぜ」と近寄ってきたコマツに「おまえ、死ななくて卒業できて本当によかったなあ」と声をかけると、少しウルウルした。そこにコマツのお袋さんが、泣きながら近寄ってきて「こいつが森園で、オレに勉強を教えてくれたんだぜ」と紹介した。


「で、この子が森園の彼女でサワキ、オレらいつも一緒に勉強したり遊んだりしてたんだ」と言うと、側に立っていたケイの父上とカンジのオカンが『彼女』という言葉に一瞬、緊張した表情になったが、「いつも息子がお世話になってます」「こちらこそ娘がお世話になりまして」などと、交代でペコペコと頭を下げて話をしている。


そうこうしているうちに、ササイとユースケとトモコが集まってきて、まるで司会者のように全員の親を紹介している。「で、オレたちみんな西高受かったから、高校になってもずっと友達やってくんで、よろしくな」とコマツのお袋さんに言うと「みなさまのおかげで、うちの息子が西高に行けるなんて夢のようです」とずっと甲高い声で話し続けている。もちろんコマツの親だけじゃなくて、全員がペチャクチャと井戸端会議のように、話し続ける。やはり県立西高校というブランドは強い。


その様子を見ていたササイが、カンジの耳元で「あの親たち、おれたちよりも全員年下なんて信じられねえよな」と笑った。


そうこうしているうちに、在校生たちも体育館を出てきた。下級生たちはグラウンドでは部活の先輩を探して、一緒に写真を取ったりしている。カンジとケイとササイも、ナカザワヒロミやキタニやヤマデラ達と記念写真を撮ったが、カンマキが近づいてきたので逃げるように集団を離れる。


すると2年生のクミコが、「あ、あの森園先輩、お願いがあるんですけど…」とカンジに近づいて来た。隣のケイがそれを察したのか「詰襟のボタン?」と聞いた。「あ、はい。でも、あの第二ボタンは澤木先輩のものだから…」と言いかけると、いきなりカンジの学生服の第二ボタンをブチっと引きちぎり「はい、これ」と渡し「もう一個いる? それとも全部持っていく?」と第一ボタンを引きちぎって手渡した。


クミコはそれを受け取ると、「ありがとうございます!」と新人の営業社員のように直角に腰を折り走り去って行った。少し離れた場所には同級生らしき女子がクミコを待っていて、ぴょんぴょん跳ねながら「ひゃー」とか「きゃー」とか「クミやったねー」なんて騒いでいる。


ケイは腕を組んでカンジを睨み「相変わらずモテモテですのー」と言う。それを見ていたユースケが「さわき、おっかねー」と呟いた。




「まったく、おまえんちは何でもあるよな」とバーベキューコンロの火を起こしながらコマツがタガワに言った。卒業式を終えて、かれらは一旦自宅に戻ってタガワの家に集合した。車が二台入るガレージから車を出し、大きな庭の畑の前にバーベキューセットがおかれ、周囲にはキャプ用の椅子や、ビールのケースなどが並んでいる。


クラスメイトはタガワ家に到着してから、肉や野菜を買いにいく予定だったのだが、タガワのお母さんがすでに大量の材料を用意しており、さらに唐揚げやサラダや、握り飯などを作ってくれている。女子は、まん丸に太った優しそうなタガワのお母さんの料理の手伝いをしており、男3人のタガワのお母さんは嬉しそうにしていた。


バンドに機材を貸してくれたタガワの兄貴も、自宅菜園としては巨大すぎる畑に男子を動員して、庭の野菜を収穫し、残った男子はガレージの整理と、お菓子と飲み物を買い出しに出かけた。


「それじゃ、みんな卒業おめでとうー! そしてバンドのみんなもお疲れさまー」とキタニが挨拶してコーラとファンタで乾杯になった。バーベキューコンロの上には、肉や魚貝やウィンナや野菜が所狭しと並べられており、カメとヤマタとタガワの兄貴がコンロに張り付いて、焼き物奉行になっていた。肉を焼く煙が春の空に消えていった。


カンジとササイとユースケが、ガレージの中でアンプに腰掛けて、外のバーベキューをクラスメイトが楽しんでいる様子を見ながら「なんだか、こんな幸せな時間って、長い間忘れてたよ」とササイがしみじみ言う。「なんの心配も不安もない貴重な時間だよ」とカンジが言うと「確かに、でもこの当時は、そのことに全然気がつかなかった」「そうだな、今からあいつら一人一人に『こんな瞬間は今だけだから精一杯楽しめよ』と言ってやりたいぜ」


コマツがカンジを手招きして呼び寄せ、戻ってくると缶ビールを2本ずつ持って戻ってきた。コップのコーラを飲み干し、みんなに知られないように4人で乾杯する。「やっぱ、打ち上げにはコレがなくっちゃ」と、カンジが一気にビールを飲み干して笑った。「おまたせー」とトモコとケイが紙皿に肉や唐揚げを乗せてやってくる。「あ、ずるいー」とケイがみんなのビールを見て頬を膨らませたので、再び6人で乾杯した。


「明日から入学式まで、みんなどうするの?」とトモコが聞いた。カンジが「俺、高校に入ってからバイトしようと思って、来週面接にいってくるよ」と言った。「なんのバイト?」とケイ海老を食べながら聞く。


「うん、俺は本職がデザイナーだからさ。どこか印刷会社とか写植屋とかで、仕事を探そうと思ってさ」

「あたしも、パーマ屋のバイトするんだけど、高校卒業したら美容師国家試験を受けようと思っているので、高校行きながら夜間の美容学校に行くんだ」とケイが言う。

「えー、そんなの聞いてなかったぜ」

「ごめん、カンジ。昨日父上に相談して、高校と夜間の美容学校に行かせてもらうことが決まったの」

「すげーな、さわき。オレも春休みはバイト探すぜ」

「わたしもー」「おれもー」と、中身がおっさんとおばはんの6人は来るべき次のステージに向けて、それぞれの想いを語った。


「あ、そういえばさ…」とユースケがササイに向かって言う。

「前に、ササイがクボタに『考えていることがある』って言ってたじゃん。あれって何だよ」

「うん。まず高校になったらカンジや澤木が考えているように少しずつでも金を稼ぐことを始めようと思っているんだ」

「でさ、その話をする前に、どうしておれたち6人が過去にやってきた理由を考えていたんだ」

「確かに。これだけ同じ中学でたくさんの連中がいるのに、どうして俺らだけなのかが不思議なんだよ」


「うん。実はおれが2021年から来たことは言ったけど、実はこのメンバーで2020年に集まっているんだ。正確に言うと、そこに澤木は居なかったので5人だけどさ」

「え、どうして、あたしが居ないの」

「3年9組の同窓会があったんだよ」

「それって2020年の何月だよ」とカンジが聞く。

「6月だ。ウィルスの緊急事態宣言が一旦解除された頃さ」

「なるほど、それで俺の記憶にないのか…」


「カンジがやっていたバーって、麻布だろ」

「そうだよ」

「9組の同窓会が横浜であって、おれたちは都内に住んでいたから電車で帰ってさ、その時にトモコが『森園くんがバーをやっている』って言い始めてさ」

「えー、そんなのわたし知らないよ」

「だって、おまえが来たのは40歳だろ」

「あー、そうかー」

「なんだか、ややこしいな」とユースケが笑う。


「で、おれたち4人でカンジのバーに言って、5人で同窓会の二次会をやったんだ」

「なんだか、まったく記憶にないから、狐につままれているような気分だな」

「まあ、聞けよ。そこで2020年の世の中についての話になって、こんな絶望的な世の中になったことを嘆いていた。そして『どうすれば、この社会を変えることができるのか』なんて話になってさ」

「ほう、それは興味深いな」

「だろ。誰からともなく、まだ残りの人生で何かできることがあるんじゃないか、って話で朝まで飲んでいたんだよ」


「で、どんな結論になったの」とトモコが聞く。

「いや、結論は出なかった。ただの酒の席での話だ。でもみんなすごく熱く語っていたのを覚えているんだ」

「ちなみに、オレは死んでなかったのか?」とコマツが不安そうに聞くと「うん、蒲田の運送会社で働いていると言っていたな」とササイが思い出したように言った。


「ヤクザにはなっていない未来があるってことか。ほんとややこしいぞ」

「で、ササイは還暦過ぎの俺たちが、未来に向けて何かをしようと話していたことが、俺たちがこの世界にやってきた原因なのかもしれないと言いたいわけか?」

「そうじゃないよ。ただ、おまえらが知らないことを知っておて欲しいと思っていただけさ」そういうと、全員が黙って考え込んだ。


「きっと、あたしは死んでいるんだろうね」とケイが独り言のように言う。

「おれたちは、同窓会以外で、誰もサワキとつながってないしな」

「そうなの。あたしは、カンジのお母さんに呼ばれてこの世界に来たから」

「そう考えると、辻褄が合うような合わないような…」

「つか、そもそも辻褄もへったくれもないだろ、こんな現象が起きていることに」カンジがそう言うと、全員がこの現象に理由や原因を探すこと自体が意味がないことを、ぼんやりと直感で理解していた。



「おっ、森園くん」とタガワの兄貴がタガワとマスオカと一緒にビールを持ってやってくる。「あ、もう飲んでいるんだ」と笑ってカンジの横に座り、兄貴がやっているバンドに参加しないかという話を持ちかけてきた。


兄貴と


バンド解散




さらに、キタニやヤマデラやサエキが「森園くーん。歌うたってよ」と他の女子と一緒にやってきた。


しみじみ満喫

そこへ、クボタがくる


ササイがユースケに「さっきの話は、先生を交えてやろうぜ」と小声で言う。「明日にでもクボタのアパートに集まるってのはどうだ^_^






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