九年

あぷちろ

言葉交わさずとも

 はぁい、リーダー。久しぶり、元気にしてた?

 私のところに来てくれるのは9年6か月15日ぶりね。そういや、リーダーと最後に会ったのは夏真っ最中の、セミのなき声も全然聞こえないくらい暑い日だったね。

 あの頃のリーダーはどこか抜けてて、何度も何度も私の前を行ったり来たり、私はここだよ。と言っても全然気が付かないの。私の隣に居た仲間たちなんて腹を抱えて大笑いしてたんだから。

 えっ、と、元気にしてた? 体調崩してない? 最近は寒暖差もはげしいから……って、ごめん。もうあれから9年も経ってるんだもんね、リーダーももうすっかり大人だ。

 私? 私は変わらないよ。ちょっと身体にガタがきてるくらいかな。節々がちょっと、ね。歳には負けたくないものね。

 リーダーは遠くの大学に受かって、どうだった? キャンパスライフ楽しかった?

 そう! 良かった。こんな片田舎とと違って都会だから、『田舎ものめー』っていじめられてないかちょっと心配だったんだ。友達つくって、サークルに入って、研究室に所属して……そこで恋人もつくって、って?

 ――え、恋人できたの! 

 すごいじゃんおめでとう。どんな子なの、へえ、優しい子なんだ。性格は大事だもんね、ふーん。

 それで大学卒業して中堅企業に勤めて、転勤でこっちに戻ってきたと。

 恋人の為に頑張った? すごいじゃないの。愛の為に頑張るとか並み大抵の事じゃないよ?

 仕事は順調? 昇進が打診されてるの、よく勉強したんだね。家もこっちに買うつもりなんだ。

 立派になって……。あ! ごめんなさいっ、時間も有限なのに世間話ばっかり。

 さあ、始めましょう、読者さんリーダー



 本部の人間からは栄転ではなくむしろ更迭だと、憐れまれた。

 地方に新しい部署を立ち上げるからと、その地域の人間であった私が抜擢されたのだ。役職的には昇進となるが、都市部で成り上がろうと考えている同僚からすれば、貧乏くじであったのだろう。

 大学進学の関係で住み慣れた土地から離れて早9年。すっかり変わってしまった街並みの中、私はパートナーの隣を歩きながら変わっていない箇所を見つけては想い出に浸っていた。

 その中でも最も通った懐かしい建物を見つける。赤レンガの建築物で、立て看板で『図書館』と刻まれている。流石にパートナーと外出の真っ最中で片方を放りだしてまでもその建物内に入る気はなかったが、私の視線に気づいた恋人が半ば強引に私を引きずって図書館の中に這入ったのだ。

 建物の内部は近年に改修されたのか、私が通っていた時分よりも清潔に見えた。

 ふと、司書さんの在中するカウンターに目を遣ると、顔見知りの司書が今も変わらず丸眼鏡をかけて座っていた。

 あちらも私に気付いたのか軽く会釈をして雑談をする。

 彼は仲間のようなものだ。彼と司書がもう一人いて、二人の意見を聞いて読む本を決めたものだ。

 流石にもう一人は転属となっており、どこか遠くに行ってしまったらしい。

 一抹の寂しさを感じながらも話しを切り上げて館内を見て周る。

 何かの引力に寄せられるようにとある書架の前へと足が自然と向かった。

 ああ、懐かしい。

 古びた装丁の本、それは私が学生時代に幾度となく帯出し、幾度となく読み切った本。

 私は表紙をそっと撫でて、こころの中で呟く。

 ――聞いてくれ、キミに会わなかった私の9年間を。




 終わり


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九年 あぷちろ @aputiro

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