襲来、言語荒らし

Re:over

ゲンシ潰し

 小説を書こうと思ったきっかけは失恋だった。文章として書き表すことでやるせない気持ちを昇華していた。


 しかし、今では昇華する気持ちは薄れてしまい、執筆頻度は少なくなっていた。書きたいという思いはあるが、いざ書き始めると、何を書けばいいのか分からなくなってしまう。だから本を買って読んでみるが、上手く理解できなくなっていた。


「あなた! もしかして、過去に小説書いてました?」


 高校からの帰り道で、白衣を着た丸眼鏡の男性に話しかけられた。いかにも怪しそうな人だ。それに、どうして小説を書いていたなんて知っているのだろう。


「書いていましたけど、何ですか?」


「実は、今、日本語が荒らされているんだ」


「日本語が……荒らされている?」


「思い当たる節はないかい? 例えば、最近文章が読みにくいとか、文章が書きにくいとか。それらは日本語が荒らされている何よりの証拠で、今後は読みにくい、書きにくいではなく、読めない、書けないになってしまう」


 何か、変な宗教の勧誘かと思ったが、読みにくい、書きにくいと感じることが最近多々ある。小説だけじゃなく、広告や教科書、字幕なんかも読みにくい。


「だから、この、日本語を荒らしている謎の概念、ゲンシを潰すのに協力してほしいんだ」


「そんな存在が本当にあるんですか? にわかには信じ難いです」


「そうか。なら、あなたが過去に小説を書いていたことをどうして知っているのか、というところにも繋がってくるが、私は日本語の構造と人間の脳内の関連性を研究している。そしてこの装置が――」


 小さなメガネ付きヘッドホンを取り出して見せる。その後、何かよく分からない研究の内容を説明された。初耳の単語がいくつも出てきて、混乱したが、男性は一方的にマシンガントークを繰り広げる。


「分かりました、分かりましたから、協力しますからもういいです」


「お、おぉ、そうか。それはありがたい。じゃあ、これを付けてくれ」


 そう言ってマイク付きメガネを渡された。付けると、次はメモ帳とペンを差し出された。


「これに、物語を書くんだ。昔話でも、オリジナルのものでも、何でもいい。そして、それを誰かが読むことで、日本語は正常な状態に戻っていく」


「え、それじゃあこれは日本人全員が読むんですか?」


「全員に読ませることができればいいが、それはなかなか難しい。だから、あなたのような小説を書いた人を探して、それぞれ書いてもらっている。要するに、あなたは1人じゃない。日本語を救う仲間がたくさんいるってことだ」


「……分かりました。頑張ります」


 変なプレッシャーがなくなり、心を落ち着かせてペンを握った。


***


 ある所に男の子が1人と女の子が5人いました。女の子はみんな美人で、とても優しい子で、男の子のことが好きでした。対して男の子は5人の女の子から1人を選びきれず、5人全員を選びハーレムを築き上げました。めでたしめでたし。


 何度自分の小説を読み返してもただの黒歴史でしかない。3年前書いた脳内お花畑的な小説(?)が夜に出回っていると考えただけで恥ずかしくなってくる。

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