エピローグ

e-1 宮殿の地下

 ロアヴィエ皇国の首都ロアヴィクラートの中央、天望虹彩宮殿の敷地内に異界人邸と呼ばれる居館がある。この世界で魔銃を創った日本人、蒼井春人の住いだ。舶来の赤い絨毯が敷かれた広い室内には高級な家具が並び、特に剣や弓矢等、現代日本では入手しがたい物が多く飾られている。

 魔銃の提供と引き換えに蒼井は自由を与えられていた。部屋の中にいながらにして、望めば世界各地の珍しい料理も手に入るし、引き籠もり高校生だった彼にとっては天国のような環境である。不満といえば漫画やアニメがないことくらいで、他の欲求は全て満たせた。

 すえた臭いが充満する地下室で、蒼井が自由を謳歌していると、何者かが階段を降りてくる。蒼井は振り返って来訪者の姿を認めると、無駄だとは分かっていても、眉を吊り上げて抗議する。


「まったく、プライバシーの侵害という概念をいつになったら覚えるんだ」


「おい! 俺にもっと強力な魔銃を寄越せ!」


 侵入してきたのは凱汪銃士隊十二番隊副隊長バーン・ゴズル。昼間シルフィアに敗北したばかりなので怒り心頭に発し、目が血走り髪が逆立っている。蒼井は地下室の温度が少し上がったと錯覚するほどであった。異世界に転移した直後であれば、泣きながら頭を下げただろうし、視線を合わせることもできなかっただろう。しかし、今の蒼井はこの世界において絶対的な権力者だ。自分が死ねばすべての魔銃が消滅する、そう公言しているのだから、どれだけ息巻いたとしてもバーンが蒼井を害すはずがないのだ。


「奇妙な願いことだな、バーン。君やヴィドグレスは帝位を簒奪しようというのだろ? 僕は皇帝の客人であり、第一皇女は恋人だ」


「宮殿内の政治に興味のない人間がぬかしやがる。テメエは好き勝手できる権限さえありゃ満足だろうが。俺達はこの国の支配体制を変える。テメエはこの邸宅で皇女や侍女を囲って楽しく過ごせばいいだろう」


「ああ、やっぱり、僕は君が好きだ。宮殿内の連中とは違って、君とは本音で話せるよ。これからも友人でいてくれ」


「なら、友人からのお願いだ。最強の魔銃を寄越せ。北方将軍を殺せるくらい強力なやつだ!」


「うーん。君の装着型は最高ランクだし、ゲームバランスはとれているはずなんだけどな」


「理屈はいい! もっと強い魔銃を寄越せ」


「はぁ……。しょうがないなあ」


 蒼井は、部屋の隅で失神している全裸の女に一瞬だけ視線を向ける。女の両腕と両足には、抵抗できないように枷が嵌められている。全身の至る所が赤く腫れて、顔は見る影もない。陰部には本来女性にはないはずのものがあり、女の意思とは関係なく強制的に屹立させられ続け、尋常ならざる量の白濁液で床一面を汚している。


「新しい魔銃はあるんだよ? でも、身体を改造する能力は君の言う強さではないしなあ。すっきりしたらいいアイデアが出るかもしれない。獣人のロリがいいな。バーン、僕好みの可愛い子を頼むよ」


 室内には、彼が創りだしたいくつもの魔銃が無造作に転がっている。現代の知識がある者ならば一目で、軍人が装備する殺傷用の銃ではないと気づける形状。それは、彼の淫猥な欲望を満たすための機能と形状を与えられている。

 蒼井はどす黒く濁った笑みを浮かべる。一度世界を救い、自由と権力を手中に収めた勇者の、成れの果てだ。前帝に憑いていた魔を払った後、日本に帰る手段がなかった彼は、この世界で己の欲望に従って生きる道を選んだ。


「この世界は退屈だからさあ、リアルで荒地行動やイーペックスのようなサバイバル系FPSをしたいんだよ。だから魔銃をばらまいたんだ。バーン。君みたいに戦火を広げてくれる奴は、好きだよ」


 深夜、第三円区の外側にある貧民街が焼失する。不法に住みついた住人がつけた灯が原因とされるが、実際は魔銃使いによる凶行だ。バーン・ゴズルは己の復讐を遂げるため、部下に命じて貧民街を襲撃させた。ロアヴィエ皇国で亜人種は迫害されるので、真っ当な職業に就けない彼等の大半が貧民街に追いやられている。市民権のない亜人ならばさらっても大きな問題にはならない。目障りな者は殺せばいい。そこにいるかいないかハッキリしないような亜人は、消えようが死のうが、捜索する者などそうそういないのだから、処分してしまう方が手っ取り早い。後にバーンの誤算となるのは、貧民街に住むような者でも、人との繋がりを持っており、それが数奇な巡りあわせを呼びこむということであった。



 第三円区の安宿に泊まっていた精霊教団の女ファンタズマは物音で目を覚まし、窓から南の空が赤く染まっているのを見た。


「わお。火事! 場所は貧民街ですか? 最高じゃないですか。精霊が遊びに来ますよ!」


 全裸で寝ていた彼女は下着も服も身につけず、眼鏡をかけると白衣だけ纏い鞄を手にして部屋を飛びだした。傍から見れば、火事の現場から着の身着のまま逃げ出した女に見えるが、進行方向は逆だ。

 堀の対岸は一面の炎。舞い上がった炎が風に揺れ、炎の精霊が踊るかのようだ。石造建築の多い第三円区内と異なり、亜人の住む貧民街は、木の板を組み合わせただけの簡素なあばら屋ばかりなので火の手は広がりやすい。猛火は生け贄を求める悪魔のように手を伸ばし、堀の水面を赤く染めた。火の粉を一つ両手を閉じて捕まえるが、開いた掌中に何も残らない。ファンタズマは掌を舐め、首を傾げる。


「貧民街に住むのは亜人種ばかり。亜人種が精霊を食べたというのなら、焼けカスに精霊が残る? それとも肉体から解放された精霊が、今まさに精霊となって踊っている? ああ、綺麗だ。この光景を見せるために血は私をここに導いたのですか?!」


 ファンタズマは鞄から小瓶を取りだし、中の血に恍惚とした表情を向ける。


「ん?」


 過去よりも液体の指向性が強い。普段ならゆっくりと瓶の中を移動する液体が、素早く流れて側面にはり付く。


「わお! ビンビンに引き寄せられている? なんですかこれ、なんですか!」


 ファンタズマは水平な場所を探し、瓶を置く、頬を地面に擦り付けるようにして真横から観察する。瓶は倒れ勝手に転がり出す。


「火事現場ではない? 別の場所を指し示している?」


 瓶を拾い上げるとファンタズマは足早に歩きだす。少し進んでは再び瓶を起き、液体を確認する。何度も繰り返し、彼女は第三円区にある一つの家屋に辿り着く。

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