5-14 決着

 優男の顔が苦渋に染まる。十一番隊長ルルアッド・ルドニクルは自身の魔砲が粉砕される光景を信じられなかった。さらにシルフィアの繰り出した攻撃に、銃士達がろくな抵抗もできずに無力化されていく。死者はでていない。魔銃を対象にした追尾攻撃なのか、情けをかけられたのかは不明だ。シルフィアが馬を傷つけたくなかったというのが真相なのだが、そのようなこと、知るはずもない。


(ヴィドグレスの援護は難しいか。あいつは狙撃地点がばれないように移動し、身を隠す必要がある。それにシルフィアは二度も油断しないだろう。何故、このようなことに……!)


 ルルアッドは知る由もないが、皇国最上の狙撃手には援護できない理由がもう一つあった。十二番隊のエナクレスが離反したからだ。戦闘が始まる前、エナクレスはヴィドクレスにシルフィアの弱点を伝えた上で「隊長がシルフィア卿を狙撃した瞬間から、私はシルフィア卿を援護します」と叛意を表明したのだ。魔砲使いのヴィドクレスといえど狙撃直後で位置が知られていれば、索敵能力に秀でたエナクレスの狙いから逃れるのは容易ではない。


 敗惨の将ルルアッドは崩れ落ちそうになるほど精神が打ちのめされていたが、まだ仕事が残っていた。ルドニクル家は十年前に皇国に併呑された国の貴族だ。領地は蹂躙され騎士の屍が積み上げられたが、ルドニクル家は最後まで屈しなかった。祖国が滅びた後、ロアヴィエ皇帝から勇猛さを讃えられ、祖父は侯爵として召し上げられた。ルルアッドは家を護りぬいた厳格な祖父を尊敬している。だが、なぜ、いつまでも皇国の支配を受け入れるのか。反旗を翻すための雌伏ではないのか。


 ――というのが、ルルアッドが皇弟や十二番隊長の企てに呼応した理由だ。

 ルルアッドは彼の副隊長であるグラトの元に駆けつけると、馬を下りた。


「グラト、バーンを救助して撤退せよ。以後はヴィドグレスの指示に従え」


「はっ……。隊長は?」


「百三十の魔銃を破壊される瑕瑾を晒しておいて、このまま、引き下がれるものか……!」


「ですが……」


「いいから下がれ!」


「はっ!」


 グラトはルルアッドの覚悟を見てとり、凍結したままのバーンを馬の背に乗せて、その場を離れた。それを見送るとルルアッドは腰に携えていた剣を抜き、機鋒を天馬に向け怒号を放つ。


「シルフィア卿! 魔銃使いとしての勝負は貴様の勝ちだ。だが、ここからは騎士としての勝負だ。我が命と誇りを懸けて、貴殿に決闘を申しこむ!」


 ルルアッドの価値観であれば、爵位持ちの貴族が同じく爵位持ちの貴族に決闘を申し込むのだから、断られる理由はない。シルフィアの戦闘力は十分、目の当たりにした。魔銃を失った自分に勝ち目は皆無。帰趨は決したのだから、敗戦の将たる己に、死に場所が与えられるはずだ。完全に誤解なのだが、ルルアッドは彼等の叛意に気付いた皇帝が北方将軍を誅殺の使徒として送りこんだものと思いこんでいる。権力に座すだけの古い連中ではなく、新しい時代を切り開く魔銃使いに殺されるのなら、致し方ないと諦めがついた。けして退くことなく最後まで戦い抜いたルルアッドの後ろ姿は銃士隊をより強くする礎となると確信する。


「因循姑息の下愚ではなく北方将軍たる貴様が相手ならば、不足なし!」


 シルフィアがユニコーンを地上に降下させ、五メートルほどの間合いを開けてルルアッドと向き合う。アッシュの能力を知るシルフィアは、既に見えた結末から興味をなくした。アッシュはルルアッドの攻撃で瀕死に陥ったから、放っておいても数分で、その身体を奪うことになる。衣服を喪失し下着のみになったアッシュは、火傷を負わない箇所を探す方が難しいほどに満身創痍だ。


「貴方の召喚銃を壊したのはこの女よ。ユウナとの決着が先よ」


 右腕を失くした血まみれの女が、ユニコーンから降りる。膝から崩れ落ちそうになり、とてもではないが戦える様子ではない。呼吸すらままならない様子で、既に半死人である。


「北方将軍、我を愚弄する気か。我が慨嘆を理解できるのならば、貴様が相手になれ!」


「二度も言わせないで」


「ぬう……」


 ルルアッドは剣を構える。銃士になってからも、剣の訓練を欠かしたことはない。騎士として数多の戦場で敵兵士を切り伏せた頃から、腕は一切衰えるものではない。眼前の少女はなけなしの魔力で、剣と呼ぶにはおこがましいほどの小さな刃を左手に出現させる。


「我が名はルルアッド・ルドニクル。凱汪銃士隊十一番隊、隊長だ」


「……。俺は、アッシュ……。ラガリアの……兵士だ……」


(男の名?)


 ルルアッドは奇妙に思ったが、思考の乱れを直ぐに頭から追いだす。


「呼吸するのも辛かろう。貴様の命、即座に終わらせてやる。参る!」


 勝負は一瞬、銀線が細い首のあった位置を水平に薙いだ。あまりにも呆気なく、少女は首を刎ねられ絶命した。剣を振り切る最中に、意識は移った。アッシュは自分が使っていた体が血を噴きだしながら倒れるのを見る。特に哀惜が湧くものでもなかった。


「皇国を切り裂くための剣か……。俺に相応しい体だ」


 血まみれの剣を馬上のシルフィアに突きつけ、笑う。


「さて、どうしたものか。シルフィア。お前がルルアッドに敗北するか? そうすれば煩わしい騒動には巻き込まれなくて済む」


「……城に帰って休みましょうか。貴方を急かしたくないから黙っていたけれど、少し離れた位置から、ずっと私達を狙っている者がいるわ。私の脚を砕いたやつね」


「ああ。だが、ただ去るだけだと面倒ごとを残す体だ。十一番隊長ルルアッド・ルドニクルはシルフィアに敗北し、忠誠を誓う……。そういう筋書きにするか」


 そこが安全圏とみたのか、丘陵の上で騎馬の一団が事の行く末を見つめている。決闘に割り込む不作法はなかったが、結末次第によっては最後の抵抗を試みる可能性は捨てきれない。


「遠くから見ている奴にも分かるように大仰に振る舞った方がいいな」


 アッシュは剣を鞘に収めてから馬上のシルフィアに渡すと、跪き首を垂れる。


「凱汪銃士隊十一番隊長魔砲使いルルアッド・ルドニクルは、北方将軍シルフィアに剣を捧げる。我が忠誠を生涯、貴方に」


 シルフィアは自分の身長の倍はあろうかという剣を指先で回しながら、呆れたように漏らす。


「作法なんて知らないわ」


「鞘の腹で俺の肩を軽く叩くんだ」


「そ」


 城でも聖堂でもない荒れた草原で、エルフは騎士を叙任した。シルフィアが騎乗する位置を少し前に移動し、アッシュがその後ろに上がると、ユニコーンは飛びたった。馬上で高空の風を吸い、アッシュは晴れやかな口調で言う。


「シルフィア。これからもずっと君を護るよ」


 そのあまりにも清々しい声に、シルフィアは年相応の嬉しさを抱く。だが、すんでの所で違和感に気づき、緩みかけた表情を引き締める。


「ねえ、アッシュ、木彫りの天使像は?」


「……天使像? ああ、もちろん、バーンはいずれ殺す」


 まるで復讐という名の繋縛から解き放たれたかのように軽い調子の言葉。鬼気迫る迫力がない。木彫りの天使像はユウナの服にくくりつけてあったが、バーンとの戦闘で紛失した。眼下の草原の何処かに落ちているはずだ。激しい戦闘で地形が変わったため、探し出すには困難を極めるだろう。シルフィアはそれを心配したのだが、アッシュには執着する様子がない。


「ねえ、貴方、アッシュよね?」


「当たり前だ。他人の体を転々としているが、俺は、俺だ。君を護ると言った言葉は、けして違えない。死ぬまで君のそばを離れない。共に皇国を滅ぼそう」


 愛の囁きにもとれる言葉だが、シルフィアの愁眉が開かれることはない。


 アッシュの復讐心は記憶になりつつあった。そして。アッシュはシルフィアを護ると告げたが、それは忠誠心や友情から来る言葉ではない。ともに過ごして恋心が目覚めたわけでもない。


 傍にいれば、いつかまた苦痛に歪む君の顔を見ることができる――。


 かつて両手に残った火傷の熱は、あり方を変えて身体の中心深いところでくすぶる。





◆ あとがき


第五章完結です。

これにて、アッシュとシルフィアの物語は終了です。

はたして二人がこれからどうなるのか、それは誰も知らないことです。

幸せになるのか不幸になるのか、想像して楽しんでください。


ここまで楽しめた方は感想を書いたり、右上にある「レビューを書く」からポイントを入れたりしていってください。



四話分ほどのエピローグがありますが、不幸な未来を暗示するものです。

本編が不幸続きだったことを辛く感じている読者には、厳しいかもしれません。


ただ、最後の最後に、アッシュに僅かな希望が現われる……かもしれません。

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