5-13 シルフィアの反撃

「『闇裂く猛禽の爪・啓開式』展開!」


 アッシュは頭上に落ちてきた魔力弾を爪で弾き、跳躍。魔力の流れを遡上するように、一直線に上昇していく。前腕甲の手首付近にある吸気口が酸素と魔力を吸い、内部で圧縮、後方の排気口から射出し、推進力にする。シルフィアが振り落とされないようにアッシュの首に回した腕に力を入れる。アッシュもまた小さな体をしっかりと抱き寄せる。

 二人は魔力の砲撃を切り裂きながら飛翔し、『蒼生を済う黄金の弓』直下に到達。


「おおおおおおおっ! 切り裂け『闇裂く猛禽の爪』!」


 爪が召喚銃を引き裂き、胴を両断。召喚銃は砕け散り、無数の破片と化して地上へと降る。

 役目を果たしたアッシュの右腕部魔銃も粒子となり散っていく。


「よくやったわ、アッシュ」


「ああ。けど、困ったな……。もう、限界だ……。着地のこと……考えてなかった」


「そう。休んでいていいわよ。私の震えは止まったから……」


「あ、ああ……」


 負傷が限界に達していたアッシュは意識朦朧となる。そして、地上を見下ろし気づく。膨れ上がった莫大な炎。十二番隊副隊長バーン・ゴズルの最強技『炎來極大剣フレソラ』だ。ブレードに纏った炎は、かつてラガック森林で見たときよりも大きく猛っている。バーン自身さえ熱に耐えられず焼死するはずの高火力。だが――。


「おい、グラト、どうしたあ! もっと冷やせ!」


「御託はいい。さっさと撃て!」


 十一番隊副隊長グラト・ラーダがバーンに肩を貸し、体を支えている。接触したヶ所から永久凍土を思わせる冷気が生まれ二人を包んでいた。本来なら魔銃甲冑でも耐えきれないだけの熱量をグラトが相殺している。性格や主義の不一致から常に反発しあう両者だが、能力の性質においては最も相手の力を引きだしあえる関係であった。


「魔銃……」


 アッシュは魔銃を起動しようとしたが魔力が尽きている。本来なら魔銃を解除した後、拳銃が手元に再出現するはずだが、それすらない。ユウナの魔銃は完全に消滅していた。


「すまない。シルフィア。俺の復讐にお前を巻き込んだ」


「何を言っているのかしら。休んでいていいと言ったでしょ。厄介なのが一つ減ったから、あとは私がやれるわ」


 シルフィアが腹部を軽く押さえると、下半身が輝き、あるべき位置に装着型召喚銃の脚が出現する。黒鉄色の脚を隠すためのタイツは、先の攻撃で失っている。無骨で直線により構成された脚がスカートから伸び、世界の誰よりも太陽に近い位置で陽を反射した。


「ユニコーン、来なさい」


 シルフィアの下方が発光し、魔力の粒子が結集して、翼を持つ一角獣の姿をとる。それは先日、シルフィアがアッシュにせがんで描いてもらった絵に登場する魔物。先程見た馬をベースにして翼と角が伸びている。シルフィアとアッシュが背に乗ると、ユニコーンは短く嘶く。

 地上でバーンの魔力が臨界に達し、魔砲の域へと至る。熱風を避け騎馬隊は退避しており、無人となった草原の至る所が高熱に耐えかねて発火していた。グラトの冷気との寒暖差で上昇気流が生まれ猛風が逆巻いた。


「やれ! バーン!」


「指図すんじゃねえ! 焼滅しろッ! 『炎來極大剣フレソラ』ァァッ!」


 バーンの振るうブレードから、炎の奔流が噴火の如き威勢をもって空へと伸びる。副隊長の足下は大地が溶融し、赤熱した溶岩と化した。泡立つ大地は瞬時に凍結し、氷の幾何学模様を描いた。熱と氷の大地が伸びる奔流を見下ろしながら、危機感もなくシルフィアが呟く。


「アッシュ。貴方の国では冬になると、雪で天使を創るのよね」


「ああ」


「こんな感じかしら」


 お絵かきを家族に見せる子供のようにシルフィアが腕を身体の前に伸ばすと、指先に白い塊が出現。それは鏡に映したシルフィアの手のような形。塊は大きくなり腕になり胴が生まれ、一瞬でシルフィアと同じ体格の天使を形作る。顔に表情はなく、背に翼が生えている。


「雪の天使……」


「気にいってくれたかしら。さあ、雪の天使アンヘル・デ・ニェーヴェ、空は広いわ。自由になさい」


 白い天使がシルフィアの手を離れ、地上から伸びる猛炎の奔流を遮る。すると、火炎は見えない壁に衝突したかのように、四方に弾ける。炎は投射され続けているが、天使がすべてを阻む。天使は回転しながら下降し、螺旋を描きながらバーンへと迫っていく。『炎來極大剣』の奔流が急速に小さくなっていき、やがて消滅。天使はバーンの眼前で急停止すると、首を傾げて愛らしい仕草。


「なんなんだ、この悪魔はあっ!」


 バーンがブレードを振り天使の首筋に触れる。その瞬間、左肩の上から右肩の上へと通り抜けるはずだったブレードは天使を裂くことなく凍結。分厚い氷の膜がバーンの体を覆い、一瞬で氷像と化す。グラトは素早くバーンから離れるが冷気の影響範囲内だったため甲冑が凍結しかかる。


「う、おおおっ!」


 グラトは自らの魔力で相殺し、辛うじて難を逃れた。


「どういうことだ。北方将軍は装着型ではないのか! ユニコーンにエンジェル、二種類の召喚型を使う?!」


 上空を見上げたグラトは、推測が悪い方向に外れていると知り戦慄する。


「魔銃多重展開」


 十二の突撃銃がシルフィアを中心にして円を描くように出現。突撃銃に銃把や銃床はなく、ただ撃つためだけに、銃身のみで構成されている。


「付近にある魔銃を全て壊しなさい」


 シルフィアの号令でライフルは眼下の銃士目掛けて急降下。グラトが反撃を試みるが、冷気を浴びた直後で脚が凍結しかかっていた彼は、飛翔する魔銃の速度に追従できない。ライフルは有効射程にまで接近すると魔力弾を放ち、銃士の魔銃甲冑を粉砕する。ライフル群は次の目標を、退避していた騎馬の一団に定め飛翔。射撃しながら複雑な軌道を描いて飛び、次々と銃士の魔銃を破壊していく。百三十名の魔銃使いは為す術なく武器を失った。

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