3-6 殺意の三角関係

「化け物め……!」


 バーンが北方将軍を捕獲しようと腕をかき抱いただけの時間で、シルフィアは副隊長の右腕を切り落とし配下二名の武器を奪い、十メートルの距離を空けたのだ。シルフィアは銃士達が描く三角形の中央に位置する。銃士達は包囲する状態にあるが、既に一瞬の接触で勝ち目がないことを悟った。


「ぐっ……!」


 左手に熱を発し、バーンは右腕の断面を焼いて強引に出血を止める。そんな様子にまるで興味を持たず、シルフィアはイナグレスの魔銃スコープを覗く。


「温度の可視化ね。不愉快な魔銃だわ」


 シルフィアの手の中でライフルが赤熱し溶けだす。シルフィアが右手を振ると溶融した魔銃が放射状に飛び散り、イナグレスの両目を焼いた。


「うわああああっ!」


「イナグレス!」


 顔を押さえてのたうち回る弟の元に姉エナクレスが駆け寄る。シルフィアはエナクレスの魔銃スコープを覗いて、姉弟を見る。


「こっちは魔力感知。かなり高精度ね。貴方、名前は」


「凱汪銃士隊第――」


「私は名前を聞いたのよ。所属に興味はないわ」


 柔らかい口調なのに、エナクレスは周辺の気温が下がったかと錯覚するほどの怖れを感じる。震えて奥歯が鳴りそうだったが彼女は、歯を食いしばる。銃士であることは彼女にとっての誇りだ。重圧をうけたからといって、名乗りを中断するわけにはいかない。


「凱汪銃士隊第十一番隊、エナクレス・マレン……」


「ふぅん……」


 シルフィアは唇を蠱惑的につり上げると、狙撃銃をエナクレスに返す。


「私は凱汪四輝将軍の北方将軍シルフィアよ。貴方、エナクレスね。気に入ったわ。白百合城にいらっしゃい。歓迎するわ。お話をしましょう」


 娼婦のようでもあり幼女のようでもある声質で、シルフィアは告げる。


「そうだわ。貴方、お城で働いてくれないかしら。一人減ったかもしれないの」


「なっ……!」


「先に戻っているから、貴方も直ぐに来なさい」


「何を言って……」


 シルフィアはエナクレス以外の者から完全に興味をなくし、自身の都合のみを告げると、銃士達に背中を向け、二、三歩進んでから、現れたときと同じ神速で消える。

 バーンは脂汗塗れの顔で、あまりにも無防備な背中を見送るしかなかった。隙しかない小さな背中だったが、手を出せば己の首と胴が離れていただろう。命が残ったのは、ただ、相手が興味を抱かなかったからだ。


「なんの冗談だ、あの白エルフ。俺は悪い夢でも見ているのか! ……くそっ。撤退だ」


 バーンは視力を失ったイナグレスに肩を貸す。


「バ、バーン様……」


 エナクレスは途方に暮れた。銃士隊員である以上、上官の撤退命令に従うべきだが、理屈や常識が通用しそうにない相手に、城に来いと言われてしまった。


「エナクレス、お前は残って、白エルフの考えを探れ」


「りょ、了解しました」


 生け贄を捧げて逃げ帰るようなものだとバーンは敗北の屈辱に顔を歪め、その場を後にする。


「あの白エルフ……。絶対に殺してやる……!」


 赫怒し殺意の谿を顔面に刻んだ男はシルフィアへの復讐を誓う。北方将軍を交えて、アッシュとの間に殺意の三角関係ができあがるが、三者が一堂に会するまでは僅かに時間を要する。

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