1-3 戦いの熱は去り、夜の帳が下りる

 ラガック森林から戦いの熱は去り夜の帳は下りたが、黄砂に遮られた月はその姿を現わさない。砂はじっとりと重くラガリア王国東部を包んだままであった。血の臭いに誘われたのか、至る所から野犬や狼の遠吠えがあがる。


 森の中、空けた空間に数百の人影があった。中央にはラガリア王国の捕虜が二百名。全員が武装を奪われており、血や砂で汚れた肌着を纏うだけだ。誰もが失意にうなだれている。


 捕虜の周囲をロアヴィエ皇国の凱汪銃士隊に所属する四十名の銃士が囲む。そのうちの半数ほどが手にした松明で周囲を照らす。銃士は暗青色の軍服に身を包み、闇夜に細いシルエットを浮かべた。

 皇国の魔銃使いが着る服は、ラガリア王国民からしてみれば、肌着のように薄く見えた。そして、軍服と呼ばれる規格統一された姿は、敗残兵の目には不気味なものとして映った。ラガリア王国では、装備は己で用意する物なので同じ装備を身につける兵士は存在しない。魔銃使いは服の下に鎖帷子や甲を纏うわけではなく、左手は空だ。剣や斧も棍棒も弓も所持していない。明らかに無力に見える相手に、ラガリア王国の国境を護る精鋭部隊は敗北したのである。


 銃士隊による包囲網の、さらに外側に様子の異なる数名の男がいた。その中でただ一人、戦場に不釣り合いな格好をした小太りの男が偉そうに踏ん反り返る。金糸の施されたリンネルの服と羽根つき帽を纏った中年の男はバルフェルト・フォン・ロアヴィエ。現皇帝の弟にあたり、旧ペールランド領を統治する大公であり、ラガリア王国侵攻の総大将を務めている。バルフェルトは戦功が目覚ましいわけでも、用兵に長けるわけでもなく、王族が軍の指揮をとるという古い慣習により、その立場にいるに過ぎない。後方に構えた陣地で兵士の苦労を知らずに戦勝の美酒に酔う方がよほど似合うはずの男は、扇子で口元を隠し傍らの銃士に顔を向ける。


「臭いがキツくて叶わん。この中に、利用価値のある者がいるのなら、早く選別してやれ」


 話しかけられた銃士はヴィドグレス・グレイズイール。十二番隊長を務める美丈夫だ。女性かと見紛う程に長い黒髪は腰まで届く。細い睫の下にある瑠璃色の瞳は、見比べられることを恐れた月が黄砂に隠れてしまったのではないかと思える程に、怪しく美しい。ヴィドグレスは傍らの貴族に目を向け、心中で「どちらが豚か……」と零した。だが、怜悧な眼差しに一切の感情を表しはしない。血の臭いをのせた夜風が吹き、美丈夫の長い黒髪を揺らす。


「グラト副隊長。始めろ」


「はっ」


 背後に控えるグラトはヴィドグレスに一礼すると、捕虜の前に移動する。アッシュと対峙したときとは異なり甲冑を装着しておらず、他の銃士と同様の軍服を身につけている。


「今からお前達に魔銃を使う適性があるか試す。五人ずつ順に前に出ろ」


 捕虜の間に生まれたざわめきを無視し、グラトは部下と共に、五名の捕虜に魔銃を渡す。魔銃は拳銃ハンドガンと呼ばれる形状をしており、広げた成人男性の掌よりも大きい。魔銃は魔力の弾丸を射出する武器だが、適性のある者にしか使用できない。順に五人ずつ適性が確認されていき何人目かのとき、金属鎚を打ち付けたような破裂音が空を貫いた。

 友人の死を悲嘆しつつも反撃の気を窺っていたアッシュは、その音を捕虜の中で聞いた。


(なぜ皇国は、魔銃の適正とやらを俺達で試す? 分からないが、あれを奪って手前の兵士を人質にして武装解除させるか?)


 音を聞く限り魔銃を使える者は十人に一人もいないようだった。アッシュは敵の配置を観察しながら順番を待った。そして、列が僅かに進んだところで、周囲の銃士に見覚えのある顔を発見した。


「あの男! ユシンの仇!」


 甲冑を着ていないとはいえ、炎のように逆立った赤毛と獅子のように獰猛な瞳は見間違えるはずもない。アッシュは飛び出そうとするが、大勢の捕虜がいるため思うように動けない。

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