第一章 魔銃転生

1-1 アッシュとバーンの邂逅

皇歴五百年四月一日。地中で草木の根が雪解け水を奪い合う頃、大陸南東から大規模な黄砂が飛来し、ラガリア王国の空を厚く覆った。世俗とはなんら関係のない自然現象ではあるが、地上に生きる者は、世界の終わりを告げる凶兆ではないかと怯えた。


 ラガリア王国軍一万とロアヴィエ皇国軍五百が衝突し、隔絶した人数差にも拘わらず、大地を赤く染めるのはすべてラガリア軍人の血であった。王国軍は一方的に蹂躙されて国境西のラガック森林まで後退した。


「あれがロアヴィエ皇国の魔銃マガンか。見えない攻撃をどうやって防ぐ……」


 ラガリア王国の国境警備隊第三部隊に所属するアッシュは二十三歳。灰銀色の髪に翡翠色の瞳をした精悍な顔つきの男だ。復讐心と闘志が深い皺となって眉間に現れている。鎖帷子チェインメイルを纏う体はよく鍛えられており、鉄で補強した木の盾や長剣を装備してもなお動作に鈍重なところはなく、機敏に移動して木の陰から敵の陣容を窺った。二年前まで田舎の羊飼いだったとは、もはや誰も信じないだろう。


 平原と森林を遮る境界線のように群生する木イチゴの茂みに身を隠し、アッシュは霞の向こうに隠見する敵の異能を見極めようとした。


「アッシュ、前に出すぎだ!」


 同隊に所属するユシンが、アッシュにも負けぬ機敏さで隣に来る。軍人ではあるが顔つきは穏やかで、文人にしか見えない。アッシュとは同郷で共に軍に志願し、等しく訓練を積んだ。

 遠方から雷霆のような破裂音が連続して響き、背後のブナに深い亀裂が走る。二人は短く呻くと腰を低く後退し、木の根元に身を潜めた。


「大きな音と同時に不可視の矢が飛んできた。砂の幕が邪魔をして射手の姿は見えない」


「おそらく最初の衝突で攻撃してきた敵よりも射程の長い部隊がいる。射程は二百メートルを超えるだろう。弓より速く、遠くまで届く。狙いは恐ろしく精確だが、この攻撃は主力ではないはずだ。数が少ない」


「ユシン。反撃するにはどうすればいい。いつものように策をくれ。俺はいつでもいける」


「味方が壊走している。俺達だけでは反撃は不可能だ。負傷した連中も、もう逃げ切っただろう。俺達も下がって第四部隊と合流するぞ。木と沼地を利用して移動しよう」


「逃げるのか? あいつらが俺達の村を焼いたことを忘れたのか!」


 二年前の戦争で二人の祖国は滅び、生まれ育った村は焼き払われている。山で家畜を逐っていた羊飼いのアッシュと、織物商売で街に出かけていたユシンだけが難を逃れた。焼け崩れた家屋の下に生存者を捜索して負った火傷の痕は、今でもアッシュの両手に刻まれたまま。二人は村から出た後、ラガリア王国に移動し軍に志願した。挫けそうになる度に両手に残る火傷の熱がアッシュを奮い立たせた。同じ火傷がユシンの掌中にもある。


「アッシュ。俺だって反撃したい。だが、ここで死んだら仇討ちもできない。アイリや村のみんなだけではない。ダグやゼッグ、部隊の連中も殺された。悔しいのは俺も同じだ」


「だったら、なおさら!」


 飛びだそうとするアッシュの肩を、ユシンが強く掴む。その表情は苦渋に歪む。


「俺達は村を焼いた奴等に復讐するんだ。ここで死ぬわけにはいかない」


「だが……。いや、お前の言うとおりだ。家族やアイリを殺した奴等を見つけ出して復讐するまでは、なんとしてでも生き延びよう」


 遠雷の如き攻撃の音が止まった機に二人が撤退を始めると、突風が吹いた。それは地上低くに乱流を生み、アッシュ達の眼前で渦巻いた。アッシュがしかめた目を開く頃には、いつの間にか眼前に人影があり、赤い甲冑が鈍く光を放つ。


「臭えと思ったら豚鬼オークが二匹も潜んでいやがったか」


 アッシュ達の退路を塞いだ男は、皇国の魔銃使いバーン・ゴズル。齢二十二。赤く逆立った髪の下で、獅子のように獰猛な赤眼が輝く。冑は馬蹄形をしており額と側頭部を覆う。竜の鱗を組み合わせたかのように複雑な流線形の甲は、人の手によるものには見えなかった。事実、それは魔銃の秘めた異能によって創り出された物だ。後に幾度も命の削りあいをする運命にある男とアッシュの、初の邂逅である。

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