38.衝突

 私学大会個人戦ダブルス、本戦一回戦。

 東京の全私立高校が参加し、毎年年末年始をまたいで開催される私学大会の個人戦は、俺たちが全国への照準を合わせている次春開催の都大会前最後の大会だ。言わば最終調整の舞台と言っても過言ではない。事実、俺たちもこの大会では最高の結果を残し、勢いをつけて都大会へ臨もうとしている。予選は五試合とも毎日夜遅くまで練習を重ねた並行陣が要所要所で上手くハマったこともあり、ここまで完勝で本戦に駒を進めてこられた。しかも試合を重ねるごとに出てきた課題も練習を通して克服していくことで、よりよい形へとブラッシュアップされていき、ここまでいい流れをつくり出せていると感じている。この勢いのまま本戦でも勝ち進める。そう思って今日の試合にも臨んでいる。

「本選でもやることは変わらないよね」

 おう! とハルが威勢よく答えた。そしていつもより力強くタッチを交わした。

「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ。瀬尾・桜庭ペア、サービスプレイ」

 よーし、行くぞ!



 序盤は先にブレークを許すも、すぐにブレークバックし返すなど一進一退の攻防が続いた。さすがに本選ともなるとどこも強敵揃いだ。でも決して勝てない相手ではないし、ここで勝たなければ全国へなんて当然行けない。だから絶対に勝つんだ。でも――

「ゲーム神田川。ゲームスカウント5―2。コートチェンジ」

 足取り重くベンチへ戻って腰かける。

 序盤は体も軽くてフットワークのいい動きができていたけど、終盤になってくるにつれて思うように体が動かない。この大会の位置づけを考えた時に、「このポイントを決めなければ、この試合に勝てなければ全国へなんて行けない」と無意識に考えてしまっている俺がいる。そのせいでミスが重なり、それでまた同じ思考に囚われてしまい、焦ってミスをして、その繰り返しだ。自分のプレーが全然できていない。本戦に勝ち進んで目標がそう遠くないところに見え始めてきた今、「勝たなきゃ」という気持ちが一打一打に重くのしかかってくる。

「瞬、まずは1ポイントずつ集中して取っていこう」

「……うん」

 分かっている。分かってはいるけど――

「タイム」

 休憩終了を告げる主審のコールとともに相手ペアは勢いよく立ち上がりコートへ入っていく。

「大丈夫! 瞬は果敢にチャレンジしてるし、これからだって十分逆転できるよ! だから諦めないでやろう!」

 こんな時でもハルは心身ともに落ち込んでいる俺を明るく励ましてくれる。ホントに優しいヤツだ。でも今はそれがつらい。

 都大会が着々と近づいてきているからか、最近ハルの顔を見る度に、「全国へ行きます」と入部当初監督に向かって力強く宣言していた光景を思い出す。あの時はサッカーで全国に行けなかった経験から、そんなことを自信満々に言えるハルってすごいなぁくらいにしか思っていなかったけど、こうして今ともにダブルスを組んでいるっていうことは、ハルの〝約束〟を叶えられるかどうかは俺のプレー一つ一つにかかっているってことだ。そりゃハルからダブルスを組もうって言われた時は嬉しかったし、その時からハルと全国を目指す宿命を背負わなければならない覚悟はしていた。だから必死に練習した。来る日も来る日も練習した。ラインタッチや振り回しでは誰よりも自分を追い込んだ自信があるし、練習が終わって家に帰ってもランニングや素振りは毎日欠かさずやってきた。ハルや南たちに頼んで休日も練習につき合ってもらった。毎日がテニス漬けだった。

 でも、都大会がすぐそこまで近づいてきている今でも、全国レベルの強力な相手にはまだ一度も勝てていない。選抜戦では熊谷たちに負け、部内戦でもシングルスプレーヤーの堂上と土門のペアにすらまだ一度も勝てていないし、この試合だって――

「40―15」

 相手ペアのタッチの音も、ハルが俺に話しかけてくれている声も、なにも聞こえない。

 また俺のせいで負ける。俺が弱いままだから、ハルの足を思いきり引っ張ってしまっている。もう、どうすればいいのか分からない。

 自信もなくコートに立った者に返せるボールなどなく、伸ばしたラケットは大きく空を切った。

「ゲームセット、ウォンバイ神田川――」

 オムニコートに擦った手の擦り傷も、打ちつけた膝のあざも、痛みは感じなかった。……負けた。また負けた。また俺のせいで負けたんだ。都大会前最後の大会だったから本気で優勝を目指していたのに、結果はこれだ。ハハ、ざまぁねぇな。

 手足の傷口についた砂を払うことなく、敗者が惨めに立ち上がり勝者の元へと歩み寄る。互いに健闘を称える握手を形だけ交わし、片づけも早々に、早くこの場から離れたい一心で俺は荷物を持って会場から走り去った。



「やっぱりここにいた。忘れ物してたぞ。はいこれ」

 頭上から差し出された水筒が視界に入ってきた。俺は下を向いたままだったけど、声の主はハルだってすぐに分かった。俺は差し出された水筒を無言で受け取った。

 ハルは俺を追いかけて走ってきてくれたのか息が上がっている。立ったまま呼吸を整えるハルに対して、俺は親水公園の高台のベンチに一人寂しく座っている。

「気にすんなよ。今日でまた新しい課題も見つかった。これから練習して、また次強くなろう」

 またそれか。いつものハルの言葉だ。いつもなら俺も素直に受け止めて気持ちを切り替えようと思うところだけど、今の俺には到底できなかった。

「『また次強くなる』ってなに?」

 自分でも思った以上に低く、ぶっきらぼうな声が出てしまったけど、もう我慢の限界だ。俺の心にあるこのわだかまりをぶつけられずにはいられなかった。

「最初は俺もそう思っていたよ。まだまだ俺には足りないものが多いから、これからたくさん練習して強くなろうって。そう自分にも言い聞かせながら毎日毎日血の滲むような努力をしてきた。つらかった。きつかった。苦しかった。でも『次は強くなるんだ。必ずハルと全国へ行くんだ』って何度も気持ちを強く持って練習にも耐えてきた」

 言葉にしていくと心の中で渦巻いていた勝てないことへの責任、重圧、不安、焦りの感情がどんどん膨らんできて、もう自分で自分を止めることができなかった。

「そして強くなったと思って試合に挑むけど、大事なところでミスをして毎回結果は出ない。それでも『また次強くなろう』って思って練習するけど、ミスして負ける。また練習して、また負ける。その繰り返しだけで重要な試合には今まで一度も勝てていない! 次も練習したところできっとまた俺がミスして負けるんだ。今日だって俺のせいで負けたんだよ!」

 俺は立ち上がってハルを見た。夕暮れ時だけど親水公園の人通りはまだ多い。そんな中で俺がいきなり大声を上げたもんだから、周囲の人たちが一斉に俺の方を見てきた。でもそんなこと、今はどうでもいい。

「いつも言ってるだろ。ダブルスでどっちかのせいなんてない。負けたら二人に責任があるって――」

「違う! 俺のせいで負けたんだ!」

「それは違う。瞬にはまだ自信がないだけで――」

「俺のせいで負けたんだよ!」

 ハルに当たってもどうしようもない。全て俺が悪いことは自覚している。でも、もうどうしたらいいのか……

「俺が弱いままだから! 勝つだけの力が俺になかったから! だから負けたんだよ!」

 視界は波打つように揺らぎ、冬の乾ききったアスファルトに大きな水玉模様が一つ、また一つとできあがっていく。

「ハル、言ってたよね。全国へ行ってアキくんと試合することが〝約束〟だって。だからハルとダブルスを組むってなった時は嬉しいなって思ったけど、それ以上に足を引っ張らないように、これまで以上に早く上手くならなきゃって思って練習してきた。一緒に全国へ行ってハルの〝約束〟を叶えさせてあげたいって思ったから。でも近くでハルのことを見れば見るほど、一緒に練習すればするほど、その背中が果てしなく遠くに感じる。全然追いつけていないって感じるんだ」

 試合中、サーブを打つ前にベースラインでボールを三回ついて顔を上げた時でさえ、視界に入ったハルの姿がものすごく遠くに感じる時がある。味方なのに、同じコートにいるはずなのに、急に一人になったような孤独感を覚える。

「それでもめげずに練習してきた。少しでも強くなってハルに近づいてやるって。でも今日の試合だってこの前の選抜戦だって、肝心なところで俺の力不足が出てしまう。そのせいで試合にも勝てない。部内戦だってまだシングルスプレーヤー同士のペアに一度だって勝てていない。俺たちの方が得意なダブルスの試合なのに。これじゃあ全国へなんて到底行けるはずがない。ハルの〝約束〟を叶えてあげることなんてできないよ……」

 ゆっくりと沈みゆく橙色の光が伏し目がちに濡れたまつ毛の間から差し込んでくる。俺の目には眩しかったから遮りたかったけど、その存在は果てしなく遠く、手の届かないところにある。俺は仕方なく目を瞑り、手の甲で目元を拭った。

 そうしたらなんだか少しだけ気持ちが楽になった気がした。今までは遠くの存在に追いつこうと必死に追いかけてきた。でも無理なものは無理。俺が追いかけていたのはあの夕日と同じで一生手の届かないものだったんだ。ならいっそ諦めてしまった方がいい。それが賢明な選択だ。

「やっぱり俺とペアなんて組まない方がよかったんだ。まだ間に合うか分からないけど、別のヤツと組んだ方が――」

「嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!」

 大声で叫んだハルに俺は思わず顔を上げた。

「他のヤツじゃダメなんだ! 瞬じゃなきゃダメなんだよ!」

 ハルはその真っすぐな目で俺を見返してくる。

「俺は瞬とペアを組まなければよかったなんて一度だって思ったことはない!」

 キッパリと言われた。同時にハルが心底そう思ってくれているんだってことも分かった。嬉しい。嬉しいけど、今の俺にはそれがつらい。

「むしろ瞬がいなかったら今の俺はいない。俺は瞬に救われた・・・・んだ」

「どうしてそんなに俺にこだわるの? 俺にはハルの気持ちが分からないよ。俺はハルになにもしてあげられてないし、上手いヤツなら他にもいる。俺にこだわる理由なんてないじゃないか」

「そんなの、楽しいからに決まってんじゃん」

 夕日に赤く染まった顔はいつものようにニコッと弾けた。

「楽しいって……それだけ?」

「それだけ」

 またニコッと笑った。

「それだけって、そんなことで全国に行く〝約束〟が叶わなくなるかもしれないんだよ? 楽しいからってこのまま俺とペアを組み続けて全国逃したら意味ないよ」

「じゃあ聞くけど、瞬は楽しくないの?」

 唐突なハルの問いかけに頭がフリーズしてしまって言葉が出てこない。それに質問に込められたハルの真意が掴めなくて首を傾げる。

 楽しい……。そりゃ俺だってテニスは楽しいと思っている。じゃなきゃ続けていない。でも楽しいってなんだ? 誰かとワイワイやることか? いいショットを決めることか? 試合に勝つことか? 俺は今までなにに対して楽しいと思っていたんだろう。

「楽しいってなんだろうね。俺もテニスは楽しいものだって思ってはいるよ。でも今は心から『テニスが楽しい』っていう気持ちには正直なれそうもない。『試合に勝たなきゃ』っていう気持ちの方が強くて、最近は目の前の試合をどう戦ってどう勝つかってことしか考えてない。ハルの〝約束〟を叶えるためには楽しむことよりも勝つことの方が大事だったから」

「そっかぁ」

 ハルは落ち込むように頭を垂れ、数秒間動かなかった。そして考えていたことがまとまって納得したのか一度頷いた。その後も何度も何度もなにかを自分に言い聞かせるように頷いていた。

「……ゴメン」

「えっ? なんでハルが謝るんだよ。謝りたいのは俺の方なのに」

 ハルは首を横に振った。

「瞬は俺のために、俺とアキの〝約束〟のためにがんばってくれてたんだな。でも俺は瞬の気持ちも知らずに……」

 そして顔を上げ、決意の固まった目で俺を見た。

「俺、決めたよ。もう全国は目指さない」

 ハルの言葉に最初は理解が追いつかなかった。でも後から事の重大さに気づいた時には衝撃が走った。

「な、なに言ってんだよ! じゃあアキくんとの〝約束〟はどうするのさ。あれだけ全国でアキくんと再会するのを楽しみにしていたじゃないか! そのために今まできつい練習にもがんばって耐えてきたのに……なんで……」

「確かにアキとの〝約束〟は忘れてない。忘れたことだってない。できることなら守りたいと思っている。でもね、俺は試合に勝つことよりも、全国へ行くことよりも、なによりもテニスを楽しむ気持ちを持ち続けることの方が大事だと思うんだ」

「テニスを楽しむ、気持ち……」

「そう! テニスを楽しむ気持ち!」

 町の裏山で大きなカブトムシを発見した少年ように、ハルは目をキラキラさせている。

「俺、時々思い出すんだ」

 そう言ってハルは昔話をするようにゆっくりと、優しく語りだした。

「最初はさ、振っても振ってもボールはラケットにかすりもしてくれなくて、当たったと思ったらバーンってホームランなんか打っちゃってさ、コートの外のおじさんに当てて怒られたりもしたっけな。隣のコートでバンバンナイスショットを決めていく同い年のヤツを見て、なんでアイツにできて俺はできないんだってふてくされたりもした。でも、初めてコートにスパーンって決まった時は嬉しくて、つい叫んだりして、その楽しさが忘れられずに何度も何度も練習してさ。懐かしいなぁ」

 もう日が暮れそうな茜空をじっと見つめるハル。急に昔のことを話すもんだから俺はどうしたらいいのか分からず少し戸惑ったけど、ハルがテニスを始めた頃の話が俺のそれとすごく似ていたから俺も懐かしい気持ちを思い出していた。さすがにおじさんにボールをぶつけたことはなかったけど。次第に懐かしさもますます膨らんできて、この気持ちを今まさにハルと共有したいという衝動に駆られ、気づいたら言葉になっていた。

「分かる。試合でポイントを決めた時はもっと嬉しくて、次も、次も、ってどんどんのめり込んでいって。次第に試合にも勝ちたいって思うようになって――」

 そうか。俺はいつのまにか試合に勝つことだけを考えてしまっていて、テニスを楽しむ気持ちなんて忘れていた。あの頃は毎日何時間もクタクタになるまで練習してもあれだけ楽しかったのに、最近は勝たなきゃいけないっていう自分でつくり出したプレッシャーもあって全然楽しめていなかった。

 我に返って「あっ」という顔をすると、ハルは俺の気持ちを分かっていると言わんばかりに笑った。

「そうそう。でもいつのまにか試合に勝つことだけが目標になっちまって、テニスを楽しむ気持ちは忘れちまうんだよな」

 ハルにもそんな時があったんだ。今の俺と同じだ。

「こんなに練習もつらくて、試合にも勝てなくて、じゃあなんでテニスを続けているんだろうって俺も時々思うけど、やっぱり『テニスは楽しい』っていう気持ちが心の奥底にあるからなんだよな。厳しくてつらい練習も、やりきった達成感も、試合で勝った喜びも負けた悔しさも、全部ひっくるめてそう思えるように俺はなりたい。瞬にだってそう思ってほしい。だって俺に……」

 ハルは言葉を詰まらせると、手元を見て拳をギュッと握り締めた。

「俺にまたテニスの楽しさを教えてくれたのは瞬だから」

 俺を見てニコッと笑った目元からは、夕日に反射してキラキラ光るものが弾けて見えた。

「正直言うと、テニス部に入部したての頃の俺は全国へ行くことだけがテニスを続けるモチベーションだった。アキがいなくなってからテニスの楽しさなんて忘れかけていた。でも、瞬に出会って俺は変わったんだ。ホームランをかましても、空振りをしても、毎日毎日楽しそうにボールを追いかける瞬の姿を見ていたら、俺がテニスを続けている本当の理由はそんなことのためなんかじゃないって気づいたんだ。テニスが楽しいから、好きだからっていう気持ちを思い出すことができた。だから俺は瞬に救われたんだ」

 俺からしてみればハルだっていつも楽しそうにテニスをしていた。俺なんかよりもずっと。でもそうじゃなかったんだ。

「あの頃の瞬は本当に楽しそうだった。ただただテニスが楽しくて、夢中になっているんだなって俺から見ても分かるくらいに。その姿は俺には眩しいくらい輝いて見えた。そんな瞬とならまた楽しくテニスができると思った。だからペアも組みたいって思った。練習でも試合でも『こうしよう。ああしよう』っていっぱい話して、二人で考えながらダブルスを俺たちの色に染め上げていって、それが失敗した時も成功した時も、ただ楽しかった」

 ハルにペアを組もうって言われた日のことは今でも鮮明に覚えている。俺でいいのかっていう不安や心配はあったけど、やっぱり嬉しい気持ちの方が大きかった。それから二人でたくさん練習を重ねていって、苦楽もともにして、時には監督に怒られることもあったけど、ハルの話を聞いているうちに楽しかった思い出の方が断然多かったんだってことに気づいた。

「確かに楽しいだけじゃ強くはなれないかもしれない。でも楽しまなきゃ強くはなれないと思うんだ。俺は瞬のお陰でテニスを楽しむ気持ちを思い出すことができたし、強くなれたとも思っている。だから全てはそこが出発点だと思うんだ。苦しんでやり続けることに意味なんてないし、それこそつらいだけだよ。今の瞬は俺から見たらテニスを楽しむ余裕なんてないくらいに苦しんでいるようにしか見えない。でもそれは俺の〝約束〟のために、全国へ行かなきゃいけないってプレッシャーを感じていることが原因だって分かった。だから俺はもう全国は目指さない。俺は瞬と楽しくテニスがしたい。アキも話せばきっと分かってくれるさ」

 そう言ったハルの顔は背後に見える夕焼け空のように、穏やかで、暖かかいものだった。

 楽しまなきゃ強くはなれない。楽しむことが出発点、か。

「だから、まずは楽しくやろうぜ」

 いつの間にか俺の心の中にあった不安や焦燥は消えていた。俺の正直な気持ちは全部吐き出せたし、お陰でスッキリした。俺がどんなに乱暴に、拙く自分の感情をぶつけても、ハルはいつも全力で受け止めてくれる。しかも俺のために今まで目標にしていた全国へ行けなくてもいいなんて言う。やっぱりハルには敵わないや。

「……うん。そうだよね。まずは楽しまないとダメだよね」

 テニスを楽しむこと。確かに最近の俺は全然できていなかった。テニスを始めた頃は毎日あれだけ楽しかったのにな。だからもう一度初心に返って、あの頃みたいに楽しくテニスしてみようかな。

「でも全国へ行くことは俺自身が決めた目標なんだ。確かにきっかけはハルの〝約束〟だったけど、でも今は違う。これは俺が俺自身のために決めた目標でもあるんだ。それに先輩たちとの約束でもあるしね。だから諦めない。諦めたくない。テニスも楽しむ。その上で全国も目指す。欲張りすぎかな」

 ハルは首を横に振った。

「ううん、いいと思う」

 ハルが手を差し出してきた。俺はハルの目を見て、その手にタッチした。もう一度ハルを見たらいつもみたいにニコッと笑っていたから俺もニコッと笑った。

 いろいろ苦しいこともあった。ここまで来るのにもたくさん回り道をしてきた。でも、ここから再出発だ。


 瀬尾・桜庭ペア 東京都私立中学高等学校選手権大会 個人戦ダブルスの部 本選一回戦敗退

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