先輩と後輩くんと読者たち

ジュオミシキ

第1話

「後輩くん、君は自分たちの日々がどこかで物語として綴られているものだと考える事はあるかい?」

「先輩、熱はないですか?……無いですね」

「まったく、これだからどこまでいっても後輩くんは後輩くんなんだよ」

「はい、なんかすいません」

「それでは気を取り直して。こほん。 後輩くん、想像した事はないかな? 自分という存在など本当はこの世のどこにも欠片さえ無くて、誰かの手によって作り出された虚像の世界に生み出された私という人物なのだと。そう悟ってしまう事はないだろうか?」

「ええ、そうですね」

「なんだいその生温かい目は。まるで『あぁ馬鹿な考え事に時間を割いて楽しそうだなあ』とでも言いたげな雰囲気じゃないか」

「そこまでは思ってませんけど。ただ誰にでもそういう時期は来るものなんだと納得してただけですよ」

「同じような意味じゃないか。違うんだ、そうじゃないんだ」

「それで、結局何の話なんですか?」

「そうだね。端的に言えば、私たちはここでは無いどこかの物語の一登場人物でしかないのではと、ふと感じてしまったんだ」

「さっきからずっと同じこと繰り返してませんか?」

「だから端的にと言っただろう?さっきの事を後輩くんにも分かりやすく説明しようとしたんだ」

「さっきの説明で分かってはいましたよ。ただ、なぜ先輩が急にそんな事を言い出したのかと不思議でして。熱でもあるんじゃないかと心配しましたよ」

「それでさっきおでこを触って確かめたんだね。こんな道端でじっと見つめてくるから、てっきり私と触れ合いたい口実だとばかり思っていたよ」

「どんな口実ですか。それならさっきから手を繋いでるじゃないですか」

「わ、わざわざ言わなくいいよ。汗かいちゃうじゃないか」

「やっぱり熱があるんじゃないですか?」

「この日々が物語だとするならば、それには必ず観測者がいるんじゃないかと私は考えたんだよ、後輩くん」

「なるほど」

「君の今読んでいる本でいえば、つまり読者だね。…… なんで君は今、本を読んでいるんだい?」

「なんだか長くなりそうだったので」

「私の話をついでのように聞き流すんじゃない。もっと真剣に聞いてくれてもいいんだよ」

「分かりました。それでその読者がどうしたんですか?」

「そう、その読者という存在が、私たちにとってどんな存在なんだろうかと気になってね」

「ええと、さっきの先輩の話からすると、よく言う“カミサマ”的なものじゃないですか?」

「ふっふっふ、やはりこれだから後輩くんは後輩くんなんだよ」

「僕、結構ちゃんと答えたつもりなんですけど」

「君はひとつ大事な事を見落としているよ。それなら、物語の作り手はどうなるんだい?」

「あ」

「そう、物語を自由に作り出し動かせる者と観測者が等しいとは限らないんだ」

「それなら先輩はその読者という存在はどうだと?」

「私はね、“仲間”だと思うんだよ」

「仲間?」

「加えると、読者という存在が認識する君は私も同じく君と認識しているはず、ということさ。例えば、君は昨日の夕食は何を食べたんだい?」

「先輩が作ったカレーのみを食べました」

「……そうだね。ごめんね、ごはん炊き忘れて」

「これで何が分かるんですか?」

「君がカレーを食べたことが分かる」

「……?」

「何言ってるんだこの人はという顔を今すぐやめるんだ。 いいかい?この物語の中で、読者が君がカレーを食べた事を認識する時、もちろん君も自分がカレーを食べた事を認識するんだよ」

「まあ、そりゃあ実際食べましたから」

「そうなんだよ。つまり、私たちが行った全てのことを、読者も私たちが行った事だと認識する。それが物語なのさ」

「はあ、深くは理解出来ませんけど、 僕が僕を僕だと当たり前のように思っているのと同じで、読者も僕たちを僕たちだと当たり前に認識している、それはつまり同じ時間を共有している仲間と呼べるんじゃないか ということですかね?」

「……多分そうだと思う」

「なんで先輩が一番自信なさげなんですか……、あ」

「ん?どうしたんだい?」

「あ、いや、認識がどうこう言ってましたけど。あれ」

「ん?何かあるの……、っ!?」

「……仲良いわねえって笑ってましたね」

「……ああ、近所でも特におしゃべり好きの人だったね」

「読者どうこう言う前にまず、近所の方を気にしておくべきでしたよ」

「この妙に居心地の悪い気恥ずかしい空気、誰か助けてくれないだろうか?」

「そんな存在がいるとすれば、きっと“仲間”だけなんでしょうね」


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