お前が一番怖い

ふじゆう

第1話

「ふあ・・・ん? どこだここ?」

「ああ、起きたか? よく寝てたな。もうすぐ高速下りるよ」

「悪い悪い、朝までゲームしてたからさ」

 悪びれる事なく、斎藤は助手席で伸びをした。僕はチラリと向けた視線を、フロントガラスに戻した。目的地である有名な温泉地まで、あと数キロのところまで来ている。

大学の同期である斎藤と、偶然予定が合った為、旅行に来ている。偶然というには釈然としないし、斎藤と旅行に来ているのも不本意だ。大学を卒業して丸三年が経過し、斎藤と再会したのも三年ぶりだ。どこから聞きつけたのか分からないが、僕が新卒から勤めていた会社を退社するタイミングで電話がかかってきた。正確には、有給消化中なので、僕はまだ在籍中の身だ。

「いいご身分だな?」

「まあな、お前だって遊んでんだろ? 散々こき使われてきたんだからよ、こんな時くらい遊ばないとな」

 スマホを操作しながら、斎藤は笑った。僕は小さく溜息を吐いた。

 今回の旅行は、斎藤から誘われた。最近辞めた会社の元同僚と計画していたそうなのだが、退社後連絡が取れなくなったらしい。ホテルの予約をしているからと、頼まれたのだ。つまり僕は、ただの代打だ。一人で行くのもキャンセルするのも嫌だと言っていた。元同僚と退社後に連絡が取れなくなったと聞いた時、どんな止め方をしたのかが、容易に想像がついた。彼は大学卒業からの三年間で、三社退社している。

 西日が強くなってきたので、サングラスを装着した。そもそも、旅行に出かけるのに、昼過ぎの集合にも違和感があった。車を出すように言われた事にも首を傾げたが、運転は嫌いではないので、素直に受け入れた。昼過ぎに斎藤の自宅付近のコンビニで三時間待ちぼうけをくらった。まったく連絡がつかずに、帰ろうとした矢先に折り返しがあった。斎藤は笑いながら、寝坊したと告げた。寝坊の原因は、先ほど知った。車に乗り込むと住所だけを告げ、すぐに寝てしまったのだ。

「学生の時、ゼミの連中と卒業旅行言ったよな? 懐かしいなあ! お前誰かと連絡とってる?」

「ああ、何人かは、たまに連絡とってるよ」

「マジかあ! 俺は誰とも連絡とってねえよ。まあ、パッとしない奴ばかりだったから、別にいいんだけどよ」

 卑屈そうに顔を歪めて笑う斎藤を横目に、サングラスを指で持ち上げた。斎藤が昔の仲間と誰とも連絡を取っていない事は知っている。ゼミの仲間とは年に一回くらい集まって飲んでいるのだが、斎藤を見た事はない。

「あ!」

「ん? どうしたんだ?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 僕は誤魔化すように笑って、小さく手を左右に振った。

 斎藤が口にした卒業旅行の事を思い出した。仲間内で計画を立て、その中の三人が車を出す事になった。その内の一人が僕だった。旅行から帰ってきて解散する直前に、高速代とガソリン代の清算を行った。レシートを集め合計し、車の持ち主兼ドライバーを抜いた数で割り勘をした。その時、斎藤がごねだしたのだ。

『割り勘するんだったら、俺が車出したぞ。それなら、最初から言っておけよ。こんなしょぼい車より、よっぽど快適だったぜ』

 いったいどういう理屈なのか、さっぱり分からないが、結局斎藤は金を払わなかった。あの時の出来事だけが原因ではないだろうが、その後の飲み会では姿を見なくなった。つまり今回も、斎藤は金を出す事はないのだろう。昔から、時間と金と女にルーズな男だった。今のところ、成長した兆しは見られない。

 ウインカーを出して、高速を降りた。ホテルまでは、まだ結構な距離がある。

「このままホテルに向かうのか? チェックインの時間は何時なんだ?」

「チェックイン? さあ? 別に何時でもいいんじゃねえの? 俺達客なんだしよ。てかさ、まずは飯食いに行こうぜ。腹減った」

 いったい今回の旅行はどういったプランを組んでいるのか、さっぱり分からない。何度尋ねても、何も教えてくれない。『楽しみにしとけって』の一点張りだ。斎藤が指さした居酒屋の駐車場に車を停車した。全身の力が抜ける程、僕は大きな溜息を吐いた。自宅の近所にもある全国チェーンの居酒屋だ。わざわざ県を跨いでまで来る店ではない。席に案内されて注文をとった。

「あれ? お前酒飲めなかったっけ?」

「運転してるだろ」

「真面目か!?」

 斎藤は、早々に届いたビールを流し込み、上機嫌だ。僕は首を傾げながら、ウーロン茶を飲んだ。真面目ではなく当然だ。言葉を返す事が面倒になった。その後は、地獄のような時間が経過していった。斎藤の武勇伝と愚痴や文句のオンパレードだ。斎藤の胃袋がアルコールで満たされていくにつれ、勢いは増していった。

「で? これからどうするんだ?」

「ああ、ちょっと行きたい所があるんだよ。そろそろ、出ようか」

「行きたい所? まだやってるのか?」

 僕は腕を曲げて、腕時計を確認する。時刻は二十時前であった。

「ああ、時間は問題ない。ところでさ、お前霊感ってある?」

「は? なんだよ突然? そんなのないけど」

「ふーん、そうか。じゃあ、行こうぜ」

  斎藤は伝票を持って、レジに向かった。僕はその姿に、思わず目を疑ってしまった。まさか斎藤が率先して伝票を持っていくとは、意外であった。会計を済ませた斎藤は、満足そうに店を出た。車に乗り込むと、斎藤は手の平を差し出した。

「八千五百円だったから、お前は四千円でいいぞ」

 五百円多く払ってやると言わんばかりに、斎藤はドヤ顔だ。呆れて物も言えなくなった僕は、おとなしく四千円を払った。あれだけ酒を飲んでいた斎藤と、なぜ折半なのか謎だ。五百円では割に合わない。

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