第64話 レジー&ギルド1
【64】レジー&ギルド1
「いいんですか!?」
それは青みがかった鉛色の髪を揺らしたレジーの言葉だった。了承の言葉を述べていたテオは、その勢いに負けて上半身を反らす。
「いいよ。ベルも、リオから良くしてもらったみたいだからな」
「ありがとう、ベルちゃん! ありがとう、リオ!」
オーバーな手振りで喚くレジーの動きに、テオの腕の中に収まっていた少女ベルが釣られて揺れる。そんな二人の様子を眺めていたリオは、苦く笑いながら口を開いた。
「テオさん、本当にありがとうございます。僕達あまりこの辺りのことに詳しくなくて、本当に困っていたんです。レジーも少し元気が有り余るだけで、悪い子ではないんです。どうかよろしくお願いします」
「……ああ。善処するよ、うん」
抱き上げていたベルを下ろすために腰を屈めたテオが、言葉を詰まらせつつもリオに答えた。細い両足で床に降り立ったベルは小走りでリオに駆け寄り、リオの艶のある手を握る。
「テオとレジーがお仕事している間は、リオは私と一緒ね!」
「うん。よろしくね、ベル」
こてりと首を傾けて笑い合う幼い容姿の二人。なんとなしにその姿を眺めていたテオの肩を、レジーは強く掴んだ。
「よろしくお願いしますね! テオさん!」
「……ああ、よろしくな。レジー」
肩を握るレジーの手を剥がし、引きつった笑みを浮かべたテオは短く答えた。
─────
朝日の降り注ぐ通りを歩けば、時折走り抜ける馬車が立てた砂埃が服の裾を汚した。昼の仕込みに入っている飯屋からほのかに漂うスープの香りが鼻先をくすぐる。水やりを終えた花壇の花が水滴を輝かせて陽の光を吸い込んでいた。
「ギルドですよ! 楽しみだなあ、ギルド! 私、そういう所初めてなんです! 冒険者ギルドっていい響きだよね! わくわくする!」
そうして変わりのない街の様子に目を向けることで現実逃避を図っていたテオの平穏は、後ろからかけられた声の前に露と消えた。
「そうか、俺は気が滅入って仕方ない。良かったな」
「はー! 私もついに冒険者! 高まります!」
「行き着く先は徒歩一時間圏内の壁だがな」
「そびえ立つ城壁! それもまたロマンですよ!」
「そうか、良かったな……」
興奮しきりなレジーの様子に、ギルドの前に辿り着く頃にはテオは既に気疲れしていた。くたりと肩を下げたテオの後ろで、飛び上がらん勢いのレジーが笑う。
吐き出しかけた溜息を飲み込んだテオが木製のスイングドアを押し開ければ、そこには見慣れたギルドの風景が広がっていた。
右手に広がる酒場スペースは朝方ということもあって閉店しており人気がない。掲示板前にたむろしているのは本日のお勤めを探している最中の冒険者パーティが二つ。どちらも城壁の防衛戦からはドロップアウトしたパーティだ。
左手に見えるのはホゾキとメリルの二人が並んで座る受付カウンターで、メリルの担当する窓口では既に一組のパーティが受付をしている。それに並ぶホゾキの前は無人であり、モップのような黒髪を萎びさせたホゾキは、カウンターの上に頬杖をついて依頼書を眺めていた。
自らの後ろで落ち着きなく辺りを見渡すレジーを一瞥したテオは、明らかに暇を持て余した様相のホゾキへと近付いた。小鴨のようにテオの背後に続くレジーにも受付カウンターの様子が見えるように半歩ずれたテオは、ホゾキへと声をかける。
「ホゾキさん、おはようございます」
「おや、テオ君か。人を連れているなんて、め、珍しい。どうかしたのかい?」
それまで眠たげに細められていた目を見開いたホゾキがテオに問いかける。それに対しテオは、後方に控えたままだったレジーの肩を叩いて自分の横に並ばせることで応えた。
「彼の登録をお願いします。城壁に出たいそうです」
「はい! 私、レジーといいます! よろしくお願いします!」
テオに促されるままにホゾキの前に躍り出たレジーは、慌てた様子で頭を下げた。その動きに釣られて、レジーのくせっ毛が跳ねる。
その様子を眺めたホゾキは手にした書類を裏返しに置き、黒いモップ頭の乗る首を小さくかしげた。
「おや、は、初めましてだね。僕はホゾキ。ここ、冒険者ギルドの職員をしているよ。この支部では、い、一応責任者に当たるかな」
「この人に怒られた時は相当不味かったんだなと思うといい」
「ぼ、僕に怒られる経験がある人なんて、本当に少数なんだよ。テオ君、ちゃんと反省してるかい?」
「勿論随時滞りなく」
「滞らないのは良いけれども、き、きちんと心には留めておくように」
「はい。すいませんでした」
かくりと首を折るようにして頭を下げたテオに、ホゾキは呆れた笑みを返した。しかしすぐにレジーに向き直ったホゾキは、ぼさぼさの髪に半ば隠れた黒い瞳を細める。
「さてそれで。登録、だったね? 改めて、ぼ、冒険者ギルドへようこそ。こ、ここは最前線の街ポーロウニアだ。そして同時に、どん詰まりの街とも呼ばれている」
一度言葉を切ったホゾキは細く長い体で立ち上がった。その長身は並び立つテオとレジーに勝り、体躯の細さと相まって建屋を支える柱を思わせた。
途端に感じる寒気に、テオは思わず顔を顰める。粟立つ肌を緩い上着の上から撫で、背筋を走る怖気を誤魔化した。
矛先を向けられたはずのレジーは、何処吹く風で黙り込んだままホゾキの長身を見上げていた。
「年がら年中の人手不足に、いつまでたってもゴールが見えない素敵な現場。ふふ、来る者、こ、拒まずだとも。いくら足しても足しても、き、きりがなく減っていって困っている」
カウンターに両手を着き、身を乗り出したホゾキが言う。テオは静かに横に一歩ずれ、倒木のように迫るホゾキの眼前に一人レジーを晒した。
言葉通り、体温を吸い取られる様な感覚にテオは静かに背を丸める。今ホゾキのこれに晒されるべきは自分ではなく、レジーの方だと理解していた。
「勿論、か、金払いは良い。彼岸への渡し賃には十分だろう。まあ、渡った後の人間に、そ、それは不要だろうけど」
「……私は生きている」
「そのようだ。そのまま在り続けてくれると、こ、こちらとしても助かるよ」
低く返されるレジーの言葉に、ホゾキは満足したように頷いた。先程まで腰掛けていた椅子に座ったホゾキは、カウンターの影から一枚の用紙を取り出す。
「文字は、か、書けるかい?」
「はい」
「それじゃあ、こ、これに記入をお願いするよ。あっちに、き、記入用の台があるから」
「分かりました」
ホゾキから手渡された用紙を手にしたレジーは、促されるままに受付カウンター脇の小さな書き物机の前へと移動した。
その後ろ姿を見送ったテオはカウンターの板張りに頬杖をつく。その正面では、ホゾキがカラスのように黒い目でレジーを眺めていた。
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