第百七十二話「空から60メートル級」

 ウウウウウウウゥーーーッ!!


 ヒーロー本部の拠点、千代田区神田神保町にサイレンが鳴り響く。

 東京本部管轄区内、すなわち23区いずれかでの怪人出現を知らせるサイレンだ。


『怪人警報発令! 場所は……文京区! 東京ドーム前です!』

「了解! ビクトレッド、出動します!!」


 短い通信を終えると、烈人は“ビクトリー変身ギア”を手にスロープを滑り降りる。

 地下の格納庫では、既にエンジンに火の入ったバイクが烈人を待っていた。


 烈人はバイクに跨ると、しばし目を瞑り正義に殉じた仲間たちのことを思う。


「グリーン、ブラック……。そして虫の息で多摩川河川敷に捨てられていたブルー・イエロー・ピンク……俺に力を貸してくれ……!」


 誰ひとり死んでいないがなんらかの熱い魂をその肩に背負い、烈人のハートが正義に燃える。


「ビクトリースター号、発進!」


 ヒーロー本部新庁舎前の大通りがパカッと割れて、長いカタパルトが出現する。

 そこから烈人を乗せた真っ赤なバイクが、矢のような速さで放たれた。



 説明しよう!


 この巨大カタパルトとビクトリースター号こそ、新庁舎が誇る緊急出動システムである!


 東京23区内であればどこでも数分以内に到達可能なその射出速度は、なんとマッハ0.8!


 角度さえ正しければ北海道網走市まで約1時間で到達可能なのだ!

 ただし風圧による減速は考慮しないものとする。



「うおおおあああああああああ、ふふふ風圧ががががががが!!!」

『暮内さん、変身してから乗ってくださいとあれほど』

「ごめんなざああああいいいい朝霞さあああああんんんん!!!!!」


 頬とまぶたをビタビタ言わせながら、烈人は東京の空をすっ飛んでいく。


 部下の雄姿を長官室のモニターで確認しながら、朝霞は溜め息混じりに通信を切った。



「鮫島君。新しいビクトリー変身ギアは彼に渡してくれたんだよね?」

「はい。今朝庁舎の玄関ロビーで確かに。変身していないのは単純に彼自身の不手際です」



 今朝の烈人の様子を思い出した朝霞は、急に頭が痛くなった。

 古いスーツが飾られている庁舎の玄関ロビーで、昨夜からずっと正座したまま朝霞のことを待っていたらしい。


 それほどまでに新しいビクトリー変身ギアの到着が待ち遠しかったのだろう。

 ギアを手にするなり警報も出ていないのに喜び勇んで出動しようとする烈人を、朝霞は慌てて引き留める羽目になった。


 烈人の姿はまるで飼い主を待ち、餌をもらってはしゃぐバカ犬のようだと職員の間で噂になっている。

 朝霞はあまり他人の評価を気にしないほうであったが、一日中“飼い主”として奇異の視線を向けられて良い気はしない。



「よほど現場復帰が待ち遠しかったんだね彼は。勢い余って命を落としたりしなければいいけどねえ」

「暮内烈人はあれでもプロです。殉職までは至らぬよう訓練を受けています」

「うんうん……まあ、なにが起こるかわからないのが現場だからね……」



 風見長官の妙に含みのある言いかたに、朝霞は違和感を覚えながらも窓の外に目を向けた。

 デスグリーンたちによって粉々に砕かれた窓は、すでに修繕されている。


「いやー、窓がないと寒くてね。今度のやつは防弾仕様なんだよ。一度痛い目を見ないと予算が下りないってのは、国家組織の辛いところだよね」


 侵入者のことなどまるで意に介していないように、風見は普段通りの調子でそんなことを言う。

 それではまるでわざと賊の侵入を許したように聞こえるが、朝霞はいちいち追及する気にはなれなかった。




 …………。




 ズザザザシャアアアアアアアアア!!!!!


 烈人はバイクを横に滑らせながら、石畳の上に黒い轍を描いた。

 場所は神保町にほど近い後楽園の隣、東京ドームの外周である。


 現場では既に黒いタイツのザコ戦闘員たちが、逃げ惑う人々を追いかけ回していた。


「ごはんを……誰かご飯を恵んでくださいウィーーーッ!」

「キャーーーーーッ!」

「ひもじいウィ……腹減ったウィーーーッ!」

「キャーーーーーッ!」


 どことなくいつもと比べて鬼気迫るザコ戦闘員を、生身の烈人は徒手空拳でバッタバッタとなぎ倒していく。


「アークドミニオンの怪人どもめ! 悪行はそこまでだ!」

「ウィッ!? で、出たウィ! ビクトレッドウィ! グエーッ!」

「フンッ! ハァーッ! さあ皆さん、いまのうちに逃げて!」


 波のように押し寄せるザコ戦闘員たちの向こうに、ちらりと見える緑の影。

 烈人は何度も拳を交わし、挙句の果てに轢き逃げまでされたその男に向かって叫んだ。


「やはりお前か! デスグリーン!!」

「ほう、想定よりも早いな。いいだろう、少しだけ余興に付き合ってやる」


 眼鏡の奥で、澱んだ瞳が烈人を見据える。

 このふたりが顔を合わせれば、もはや衝突は避けられない。


 どちらからともなく烈人は上着からビクトリー変身ギアを、林太郎はデスグリーン変身ギアを取り出した。



「「ビクトリーチェンジ!!」」



 ふたりの身体は光に包まれ、その姿をヒーローと怪人に変じて対峙する。


 烈人はビシッとポーズを決めると、何度も繰り返した名乗りを口にした。



「怪人の脅威から国民の平和と安全を守るのが、我々ヒーロー本部の職務です!」

「………………………………なにそれ? キャラ変えたの?」



 赤いマスクがプルプルと小刻みに震える。



「…………ごほん。“心がたぎる赤き光”ビクトレッド!!!」

「なんだ今の間は、勝手に編集点を作るなよ」

「ええいうるさい黙れデスグリーン! 今日という今日はお前に引導を渡してやる!」

「今日は一段とよく吠えるじゃないか。年上彼女とのデートはそんなに楽しかったかい?」

「~~~~~~~~~~ッ!!!!!」


 赤と緑、正義と悪が激しくぶつかり合った。


 だがかわし、いなし、防がれ、どちらの攻撃も決定打に欠ける。

 もはや互いに手の内を知り尽くしているため、戦いは長引くかと思われた。




 ――しかし、その遥か上空から飛来するものがあった。




 ひゅるるるるるるるるるるるるる……ズズーーーンッッ!!!



 地を揺るがすほどの大きな振動で、周囲のビルの窓ガラスが砕け散る。


「なっ……こ、これは……!?」


 太陽の光を照り返し、輝く五色のどっしりとしたボディー。

 空から落ちてきたのは……高さ60メートル級の“巨大ロボット”であった。


 モニター越しに戦闘を観測していた作戦参謀本部も、突然のロボの出現にざわつきはじめる。

 ロボを見て誰よりも目を丸くしたのは、まさに設計者生みの親たる丹波研究開発室室長であった。


「ありゃあおめぇ、まさか! 9年前怪人たちに奪われた歴女戦隊ヒストリヤンの“ダイドウカン”じゃねえか!」

「味方なのか……? それとも敵なのか……? おい、確認急げ!」

「識別反応ありません! 呼びかけにも応答なし!」



 更に驚くべきことに、巨大ロボから聞こえてきたのは少女の声・・・・であった。



『こらァービクトレッド! アニキから離れるッスゥ!』



 いかつい風体からは想像もつかないような、小学生ぐらいの舌足らずな女の子の声である。


 烈人は言葉の内容から、突如現れた“失われたロボ”は少なくとも味方ではないと察する。


「ばかな……! 操縦しているというのか……? 怪人の、子供が……?」

『あー! 言っちゃったッスね!? 聞こえてるッスよ! サメっちは子供じゃなくて立派なレディーッス!』

「おいおいサメっち。周辺の民間人を散らし終わるまで出てきちゃダメだって言っただろ?」

『ごめんッスぅ』


 ロボはぺこりと頭を下げると、そのままバランスを崩しゆっくりと前に倒れていく。

 林太郎やザコ戦闘員たちに覆いかぶさるように、鋼鉄の面制圧が60メートルの上空から襲い掛かる。


『はれっ!? なんか倒れてるッス!?』

「おい待てサメっち……待て待て待て待てそれは死ぬ死ぬ死ぬ死ぬゥ!!!」

「「「ウィーーーーーーーーーーッ!!!???」」」

『はわわ戻らないッスぅ! ふんぬッス!』


 ロボは拙い操縦で無理やり姿勢を戻すと、今度は盛大に後ろにこけて尻もちをつく。

 一見すると可愛らしい動きであったが、60メートルの巨体は転んだ拍子に東京ドームの屋根のおよそ半分を崩落させた。


「おーいサメっち! 大丈夫かーーッ!?」

『てへぺろッス』


 サメっちはロボを一生懸命操縦し、その頭に巨大な鋼鉄の手をぶつけてテヘペロのポーズを取ろうとする。

 しかしガインッという鈍い衝撃音とともに、ロボの首は90度へし折れた。



「いったい何が起こっているんだ……これは怪人どもの新兵器なのか……?」


 呆然とする烈人のギアが赤く明滅する。

 長官室のモニターで戦況を監視していた朝霞司令官からの通信であった。


『こちら司令、聞こえますか。ヒーロー本部まで至急撤退してください』

「朝霞さん大丈夫です! ロボ1体ぐらいなら、俺のフェニックスフォームで対処できます!」

『1体ではありません! 同様の機影が複数接近中です!』

「な、なんだってーッ!?」


 烈人は慌ててビクトリースター号に駆け寄り、エンジンを再点火させた。

 すぐさまアクセルをひねり、大きく跳ね上がる前輪を抑えつけて加速する。


 背後で大きな衝撃音がしたかと思うと、烈人はバイクのシート越しに地面が揺れるのを感じた。



 それも1回だけではない。



 ドシン! ドシン! ドシン!



 まるで巨人の足音のように、衝撃は止めどなく続く。



 サイドミラーに映るその光景に、烈人は驚愕のあまり言葉を失った。


 驚いたのは烈人だけではない。

 作戦参謀本部も、他のヒーロー職員たちも、丹波室長も、朝霞司令官も、みんな一様に目の前の出来事が信じられずにいた。



『だははははーーーッ! どうじゃわしのコレクションの数々は!』



 空から次々と降り注ぐ巨大ロボ軍団。


 20体以上の巨大ロボが降り立ち、東京ドーム周辺は既に更地と化していた。

 このような異常事態を、いったい誰が想像できたであろうか。




 そんな中――。



 長官室の皮張りの椅子に座った風見だけは、普段と変わらない薄い笑みを浮かべていた。





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