第九十五話「撃鉄は起こされた」

 東東京の動脈、片側3車線の都道が激しい炎に包まれる。

 平日真昼間のオフィス街は、野次馬でごった返していた。


「すげー音したけど何? ガス爆発?」

「うそーなにあれー。車ひっくり返ってるんですけどー」

「おいおい通行止めじゃねーか、勘弁してくれよー」


 人間の生活を顧みない怪人たちならばいざ知らず、まさかヒーローがこのような場所で仕掛けてくるとは誰も想像しえないだろう。

 ゆえにその奇襲は、完全に成功したと言っても差し支えのないものであった。


 ひっくり返されたタクシーから辛くも脱出したソードミナスであったが、彼女の眼前にふたつの影が立ちはだかる。


「HEY、見ろよウィル。あいつがターゲットか?」

「ああそうさラマー、神と大統領に誓って間違いない」

「ナルホド、それなら信憑性は50パーセントってところだな」

「そいつはいったいどっちのことを疑ってるんだ?」

「「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!」」


 野次馬たちのざわめきをかき消すように、大きな笑い声が響く。

 緑と赤、ふたりの大男がヒーローらしからぬ物々しい銃火器を構えて、ソードミナスを見下ろしていた。


 胸に輝くVのエンブレムはまさしく、勝利戦隊ビクトレンジャーのものである。

 しかしまるでアメコミヒーローのように、彼らの隆々たる筋肉はスーツの上からも見て取れた。


「おまっ、お前ら公安の……びびびび、びくっ、ビクトレンジャーかァ!?」


 いくらソードミナスとて、既に状況は飲み込んでいる。

 しかし現実を受け入れられるかどうかは別問題だ。


 そんなソードミナスの狼狽ぶりを見て、ウィルとラマーはマスクの下でにやりと口角を釣り上げる。


「今さら自己紹介など必要ないだろう。俺たちの間にあるのは命を賭けたロマンスだけだ」

「さーてお客さま、TODAYの焼き加減はどうなさいますか? 今ならウェルダンと蜂の巣をお選びいただけますよ」

「ご一緒にポテトはいかがですかってな!」

「「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!」」


 ふたりの男が大声で笑い合うやいなや、ロケットランチャーとアサルトライフルが同時に火を吹いた。


「ひィィーーーッッ!!?」


 悲鳴を上げうずくまるソードミナスの背後で火柱が上がり、コートの襟をかすめた弾丸がアスファルトではじける。

 彼らが扱う火器の威力は既製品を遥かに上回っており、いくら怪人の肉体が強靭とはいえ直撃を食らえばただではすまないだろう。


 しかしもうもうと立ち込める煙の中で、彼女は無傷であった。

 ふたりの男はソードミナスに恐怖を与えいたぶるため、わざと的を外しているのだ。


「ふん、今ので逃げ出さなかったことだけは褒めてやろう」

「地獄で先生にハナマルいっぱいつけてもらってきなよBABY!」


 今すぐに逃げ出したい、そんな思いがソードミナスの脳裏を駆け巡る。

 しかし気絶した運転手怪人を置いて、自分だけ逃げるわけにはいかない。


 なにより、いつまでも弱い自分のままではいられない。


「やってやる……私だってやれるんだッ!」


 ソードミナスは膝を震わせながら、両手に剣を構えた。


 ――しかし。



 ダン! ダン!


「ぴィッ!!?」


 ラマーの銃から発射された弾丸が、その刀身を正確に射抜く。

 ソードミナスの手から二振りの剣が弾き飛ばされ、炎に照らされたアスファルトの上を滑った。


「HAHAHA! 剣じゃ銃には勝てないって、歴史の授業で習わなかったのか?」

「OH! ナガシーノの戦いってやつさ。もっともこいつはタネガシマなんかよりずっと高性能だがな」


 それは“当てようと思えばいつでも当てられるんだぞ”という警告であった。


 圧倒的な実力差を見せつけられ、ソードミナスのなけなしの戦意は粉々に打ち砕かれた。

 まるで狩りを楽しむような男たちの口ぶりに、忘れかけていた恐怖の記憶が蘇る。


「なんだ? もうおしまいか? つまらんやつだ」

「いいい、い、命だけは……!」

「HAHAHA! 命乞いなんかしたって誰も助けにきやしないぞ」

「思ったよりも簡単な仕事だったな。今日は早く帰れそうだ」

「た、助けて……りんたろ……」


 ウィルとラマーは下卑た笑みを浮かべながら、ソードミナスの頭に照準を合わせる。

 そして引き金を引こうかという、まさにそのときであった。



 ――ヴォンッ!!



「「オマガッ!!!???」」



 まるで落雷のようなエンジン音を轟かせ、真っ黒なアメリカンバイクがウィルとラマーを轢き飛ばした。

 赤と緑のスーツが、まるでブーメランのようにくるくると回りながら空中で弧を描く。


「な……なん……?」


 突然のことに呆然とするソードミナスの目の前で、サイドカー付きの大型バイクが黒いタイヤ痕を刻みながら停車する。

 黒いジャケットのライダーがヘルメットを取ると、輝く白銀の髪がこぼれ落ちた。


「まだ息がありますね。どうしますかセンパイ、もう一度轢きますか?」


 女の問いかけに、サイドカーの男とその膝の上に座っている少女が続いてヘルメットを脱ぐ。


「待て待て黛、バイクが壊れる。おぉぉ頭痛ぇ……」

「アニキだいじょぶッスか? 寝てたほうがよかったんじゃないッスか?」

「派手に花火をぶち上げてくれちゃった馬鹿さえいなけりゃ、まだ寝ていたかったところだよ」


 いつも以上に顔色の悪いその男は、怪人たちの救世主にして新進気鋭の大怪人。


 極悪怪人デスグリーンこと、栗山林太郎であった。



「林、太郎……?」

「ソードミナス、怪我人はいるか?」

「あ……あっ……」


 林太郎の問いかけにソードミナスは上手く言葉を口にすることができず、黙って指をさした。

 助けが現れたことの喜びよりも、また助けられてしまったことへの口惜しさが彼女の喉を詰まらせた。


 そんな心のうちなどいざ知らず、林太郎は将軍らしく仲間たちに的確な指示を飛ばす。


「なるほど。サメっち、運転手のおっちゃんを頼む」

「あいあいさッス!」

「黛はソードミナスのサポートに回れ」

「お任せください」


 林太郎は己の頬を両手でパチンと叩き、頭痛を気合いで吹き飛ばすと“敵”と向かい合った。

 時速150キロの大型バイクに轢かれたウィルとラマーは、まるで生まれたての小鹿のように脚をプルプルさせながらかろうじて立ち上がっていた。


「烈人……じゃないな。ずいぶんとまあバタ臭くなっちゃって……」

「HAHAHA……やってくれるじゃないか、痛えなチクショウ!」

「なんだよクソッ! 王子様のご到着にしちゃ早すぎねえか!?」

「だったらもっと静かにやれよ。こちとら二日酔いなのにスクランブルで叩き起こされて機嫌が悪いんだ。それに……」


 林太郎は静かな怒り、という名の八つ当たりとともに“デスグリーン変身ギア”を構える。

 Vのエンブレムが高速で回転し、緑色の光を放つ。


「そのコスプレは不快だ。ビクトリーチェンジ!!!」


 林太郎の全身が緑の光に包まれた。

 ギアが高速回転することで、内蔵されたスーツが一瞬にしてその身を包む。


「あっ、センパイ待ってください! 今それを使ったら……!」


 何かに気づいた桐華が制止しようと叫ぶ。

 しかしその声もむなしく、その極悪な姿が衆目のもとであらわになる。




 凶悪な竜を彷彿させる、グリーンのマスク。

 風にたなびく、大きく派手なマント。

 拳を守るグローブに、跳躍力を飛躍的に向上させるブーツ。

 そして変身ギアが内蔵されたベルト。


 悪しき立ち姿・・・・・・に、ウィルとラマーのみならず野次馬たちでさえも一瞬で凍りついた。



「さて、やろうか。どっちが相手をしてくれるんだ? ふたり同時でも俺は構わないぞ」



 林太郎は両手を天に仰ぎ、ゆっくりとふたりの敵に歩み寄る。

 ウィルとラマーはそのあまりの“威圧感”に、全身の震えを抑えきれずにいた。


「こいつはとんでもねえ……とんでもねえ野郎だ……」

「……OH……COOL……アンビリーバボー……」



「おいおい、さっきまでの威勢はどうした……それとも――


 ――怯えているのか?」



 その言葉に、ウィルとラマーは顔を見合わせる。

 お互いの顔に浮かんでいるのは、本能的な恐怖であった。



 それもそのはずである。



 林太郎が周囲に目をやると、ソードミナスとサメっちが両手で真っ赤になった顔を覆っていた。

 桐華は頭を抱えながら、まるで週末終電間際の駅のホームに撒き散らされた吐瀉物を見るような目で林太郎を見つめていた。


「林太郎……その……今はそういうことをしてる場合じゃ……」

「アニキ、なんだか見てるこっちまで寒くなってくるッスぅ」

「センパイ……だから待ってって言ったのに……」


 水を打ったように静まり返っていた野次馬たちも、堰を切ったようにざわめき始める。


「やっば……え……やっば……! すご……」

「うわぁ……俺あーいうのはじめて見たわ……」

「やべーこれ、アップしたら100万再生ぐらいいくんじゃね?」


 敵に恐れられ、味方にはドン引きされ、観衆にはカメラを向けられる。


 状況を飲み込めない林太郎は、改めて自分の姿を見回し、驚愕のあまり絶句した。



 竜を彷彿させるマスク、大きなマント、グローブにブーツにベルト。


 数々の禍々しいパーツはあれど、林太郎の身を包むのはそれ“だけ”であった。



 つまるところ、デリケートゾーンはおろか首から脛までフルバースト状態である。



 つい先日アカジャスティスとの戦いにおいて、必殺のアカパンチを封じるべく拘束具として使用した結果、スーツがビリビリに破られてしまったことは記憶に新しい。

 そしていくらヒーロー本部が開発した特殊繊維とはいえ、自動的に再生するような便利機能など備わっていない。


 本来林太郎の身体を包んでいるべき布面積はほとんどゼロに等しく、社会の窓の全開率は1000パーセントを超えていた。



「ほ、ほぎゃ……なんじゃこりゃアァァァァァァッッッ!!!!!」



 林太郎のほどよく引き締まった肉体が、真冬の都会を吹き抜ける風にさらされビクンと震える。

 ほぼ全裸にマスクマントという、ある意味全裸よりも狂気じみた極悪なその姿は、まさしく“怪人”と呼ぶに相応しい出で立ちであった。


 こんな状態で『――怯えているのか?』とか言い放っていたわけである。

 そりゃ誰だって怯えるというものだ。



「ジーザス……相手が悪い! ここは一旦退くぞラマー!」

「おっ、おおお、俺を置いて行かないでくれよウィルぅ!」


 赤と緑のヒーローは脱兎のごとく遁走し、野次馬たちもそれに釣られて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


 残されたのは、マントにくるまって静かに涙を流す極悪怪人と、彼を若干遠巻きに囲む怪人たちだけであった。



「アニキ、今日はもう帰るッスよ……。アニキ泣いてるッスか……?」

「うん……うん……」

「今夜はアニキの大好きなカレーにするッス。いっぱいおかわりするッスよ……」

「うん……うん……」



 デスグリーンの“雄姿”はネットとテレビで連日報道され、彼が携えた“凶器”は全世界数十億人が目にするところとなった。


 あまりにも堂々と言い放った『――怯えているのか?』は、3日と待たずして世界中でネットミームと化した。



 事件から1週間、林太郎は一度も部屋から出てこなかった。




 …………。




 阿佐ヶ谷の仮設ヒーロー本部では、小諸戸参謀本部長が風見長官に作戦の経過報告を行っていた。


「あれからデスグリーンの活動が沈静化しているみたいだねえ」

「すっ、すべてわたくしの計画通りですわっ! おほっ、おほほほほほ……おほっ!」


 小諸戸歌子は顔を真っ赤にしながら、ぎこちない高笑いを響かせていた。




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