第九十三話「藍川ジョニーの憂鬱」

 ここはは阿佐ヶ谷仮設ヒーロー本部の一室、ビクトレンジャー秘密基地。


 ホワイトボードには剣のような目をした老人の似顔絵をはじめ、怪人関連の資料がところせましと張り付けられていた。


「以上がこれまでのデータを元にした、秘密結社アークドミニオンの主力となる怪人たちですわ!」


 会議室に集まったビクトレンジャーの面々に向かって声を上げるのは、朝霞司令官ではなく参謀本部長様であった。


 新しい参謀本部長・小諸戸歌子は、自身がポストに収まってから初めてとなる大仕事を前に張り切っていた。


 ヒーロー本部の次なる作戦は、アークドミニオンに対する“先制攻撃”である。

 国内外の人権派団体から圧力を受け、これまでのヒーロー本部は後手に回りがちであった。


 しかし歌子は持ち前の押しの強さでもって、いかにも押しに弱そうな風見長官を強引に説き伏せたのだ。


「皆さーん! しっかりと頭に叩き込んでくださいまし! この私が徹夜して作った極秘資料ですのよ! このわたくしが! みずから!」


 よほど手柄をアピールしたいのか、その甲高い声はビクトブルーこと藍川ジョニーの頭にキンキンと響いた。


「そう何度も繰り返さなくても、ちゃんと聞こえてるぜ……」


 ビクトレンジャーのメンバーにはひとりひとりに分厚いファイルが配られていた。

 ジョニーがいぶかしげに中を見てみると、それはもう学級新聞を2、3回洗濯機に放り込んだような酷い有様であった。


 資料には総帥ドラギウス三世をはじめ、三幹部の面々、そしてデスグリーンやドラキリカといった新進気鋭の怪人たちのデータがずらりと並んでいる。

 しかし極秘とは名ばかりで、どれもヒーロー本部はおろかマスコミですら知っているような情報ばかりであった。


「これを作るために徹夜とか……冗談きついぜ……」


 他のメンバーたちはまるでコミックでも読むかのように、“極秘資料”をペラペラめくりながらゲラゲラと笑い転げていた。


「HAHAHA! こりゃまるでサムライキャッスルだ。こっちから攻めるにしたって、つけ入るスキなんかありゃしねえ」

「HEY、いいことを思いついたぜウィル。連中のケツにミサイルをぶち込むってのはどうだ?」

「そいつはナイスアイディアだラマー、派手にぶち込んでやろうぜ。もちろんロシア製のやつをな!」

「大統領にホットラインを繋いで『ピロシキのデリバリーをお願いします』ってか?」

「「HAHAHAHAHAHA!!!」」


 ひとしきりアメリカンジョークを飛ばすのは、新メンバーのウィルとラマーである。


 新しいレッド&グリーンと紹介されたが、ジョニーは彼らのノリにまったくついていけず、笑いどころも今ひとつ理解できなかった。

 同じ米国人とのハーフということで、妙に仲間意識を持たれているのも悩みの種である。


「……ゴワスゥ?」

「あらダメよ黄王丸、これはエサじゃないわ。さあこの100パーセント国産野菜カレーをお食べなさい」

「ゴワス……ムシャムシャ……」

「そうそう、残さず食べて。まあ良い子ね黄王丸、さあこの濃縮還元アルティメット天然水をお飲みなさい」


 昔からの頼れる仲間たちは、青山あたりの高級住宅街に住むマダムとペットみたいになってしまっている。

 そもそも100パーセント国産野菜カレーといったところで、スパイスはどう考えても外国産だろう。


 水に至っては何を濃縮して何を還元しているのかまるでわからないし、そこまで手を加えたらもはや天然水とは呼べないのではなかろうか。


 ジョニー以外の唯一の常識人である朝霞司令官は、昨日から臨時休暇を取っている。

 なんでも公用車に飛び乗ってどこか北のほうへ行ってしまったらしい。


「だいたい飛ばされたとか言ってたけど、レッドはどこに行っちまったんだぜ!」

「HEYジョニー、俺ならここにいるぜ」

「お前じゃねえぜ! 俺たちビクトレンジャーのリーダー、暮内烈人はどにいるんだぜ!?」


 ジョニーの悲痛な叫びに、ピンクが両手で数珠をじゃらじゃら鳴らしながら答える。


「元レッドなら東北の山中に捨てられたらしいわよ。ドンドコ山だったかしら?」

「どこなんだぜそれはァーーーーーッ!!!」




 ………………。


 …………。


 ……。




 ――岩手県山中、オンドコ沢。


 辺り一面は、美しい雪景色に覆われていた。

 近隣には民家どころか、舗装路すらない完全な原生林が広がっている。


 静かに流れる川沿いに建つのは、一見して廃墟にしか見えない山小屋である。

 掲げられた木製の看板には、ほとんど消えかけた文字で『局人災オンドコ沢支部』と書かれていた。


 防寒設備はおろか電気も通っていない山小屋で、半袖の男がなけなしのカップ麺をすすっていた。



「……朝霞さぁーん……しくしく……朝霞さァーーーん!!」



 彼の名は暮内烈人、勝利戦隊ビクトレンジャーの“元”リーダーである。


 すすり泣く男の叫びは、雪深い山中に溶けていった。


 本州に残された秘境、オンドコ沢の冬。


 春はまだ遠い。




 ………………。


 …………。


 ……。




「……冗談きついぜ……」


 ビクトブルー・藍川ジョニーにとって、心の安らぎは遠い過去の遺産であった。

 はからずしも機械の身体を手に入れた彼は、もはや涙すら流れないことを静かに嘆いた。


「ブルーさん! ブルーさん聞いてますの!?」


 鋼鉄のヘルムに響く歌子の声で、ジョニーは我にかえった。


「へ……あ……? なんだぜ?」

「誰を狙うべきかって聞いてますのよ! んもう! ブルーさんはチームの頭脳なんだから、しっかりしていただかないと困りますわ!」

「おい待つぜ、ビクトレンジャーのブレイン役はピンクだぜ?」

「何言ってますの? あなたメカなんだからIQ200ぐらいあるでしょう?」


 とんでもない偏見であった。

 そもそも自ら進んでメカになりたいと言ったことなど、ありはしないのだ。


 しかし新興宗教に染まったピンクに引き続きチームの舵取りを任せられるかと言えば、それもそれで不安である。

 サイレントに自分の負担が増やされているような気もしたが、それも含めてジョニーは腹をくくることにした。


「あー……それで、狙うってのはどういうことなんだぜ?」

「んふふ……総当たりで大敗北を喫した以上、各個撃破に切り替えるのは当然ですわ! このわたくし、小諸戸歌子の明晰な頭脳に間違いはなくってよ!」

「たぶん誰でもそう言うと思うぜ」

「凡庸な意見というのは時として正鵠を射ますのよ! まあ、参謀本部長であるこの私の頭脳にひしめく深謀遠慮の数々には遠く及ばないでしょうけれども!」


 じゃあもうお前ひとりで決めればいいぜ!

 という言葉を、ジョニーは喉元まで出かかったところで飲み込んだ。


「それでブルーさん、どいつが狙いどころなのかしら?」

「こういうときは一番弱いやつから潰すのがセオリーだと思うぜ」

「ええそうでしょうとも! そう仰ると思っていましたわ! やはり私がにらんだ通りですわね!」


 たとえどれほど腹に据えかねたとしても、相手は女性であり上司である。

 ジョニーは思わず殴らなかった自分を偉いと褒めることにした。


 全身を機械に換装されたジョニーには上がる血圧もありはしない。

 せいぜいそのパラメータまみれの視界の端に、“バイタル異常”という表示が出たぐらいだ。


 自称・明晰な頭脳を誇る歌子が、落書き帖……もとい怪人極秘資料のページをめくってバーンと指をさした。


「こいつなんか弱そうですわ!」


 歌子は平坦な胸を張り、ドヤッと髪をかき上げてみせる。

 ジョニーは思う、この女は何故こうも人をイラつかせるのだろうか。


 しかし標的として示された怪人は、写真からでもわかるほど弱々しい雰囲気を醸し出していた。


「まあ……悪くないと思うぜ」


 新生ビクトレンジャーは互いに顔を見合わせると、狩るべき対象の人相を改めて確認した。



「剣山怪人ソードミナス……最初のターゲットは彼女に決まりですわね」




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