番外編

第八十六話「ウィーアーロミオファイブ」

 これは羽田決戦から十数日前、12月も残すところあと少しという寒い日のことであった。



 煌輝きらめき戦隊ロミオファイブ。

 彼らは私立白雪ヶ丘学園に通う現役男子高校生5人組だ。

 ヒーロー本部と民間委託契約を結び、西東京の平和を守っているのだ。


 リーダーのロミオレッド、天竜寺レンは雑誌のモデルもつとめる元気いっぱいの生徒会長である。


 レンの朝は、爽やかな目覚めから始まる。



「んッッッはアアアアアアアアアアア!!!!! ……はぁッ、はぁッ、はぁッ」



 彼のパジャマは滝行でもしてきたかのように、ぐっしょりと濡れていた。

 激しい動悸と呼吸の乱れ、そしてあろうことか下着も少しばかり汚れていた。


 叫び声を聞きつけて、中学生の妹が部屋の扉の前で心配そうに声をかける。


「お兄ちゃん大丈夫……? なんだかホラー映画のクライマックスみたいな凄い声がしたけど……」

「あぁ……心配ないよ。ごめんね騒がしくて……本当に、何でもないんだ」


 妹にだけは心配かけまいとレンは強がって見せたが、その手は氷のように冷たく震えていた。


 あの日以来、毎晩のように悪夢を見るようになった。

 邪悪に満ちた緑の仮面、その内側でヒーローを嘲笑うあの男の姿が脳裏に焼き付いて離れない。


「極悪怪人……デスグリーン……」


 レンはおぼつかない足取りで洗面所に向かうと、冷水で皮が剥けるほど顔を洗った。


 鏡を見ると、まるで死人のようにゲッソリと変わり果てた己の顔が映っていた。

 血色の良かった頬は黒くくぼみ、目の下にはくっきりと深いクマができている。


 タオルで顔を拭くものの、拭いても拭いても乾かない。

 無意識のうちに、こけた頬を大粒の涙が伝っていた。


「ねえお兄ちゃん、本当に大丈夫なの!? 昨日も晩御飯吐いてたでしょ……? 隠しても知ってるんだからね!」


 血の繋がらない義理の妹に肩を抱かれながら、レンは強い危機感を覚えた。

 このままでは本当に、人間としてダメになってしまうと。


 冬休みということで学校が休みだったのは不幸中の幸いである。

 こんなみじめな姿は、学校のみんなには見せられない。


 そのとき、天竜寺家のインターフォンが鳴った。




 扉を開くと、そこに立っていたのはロミオホワイト・光ノ宮ひかりのみやリョウであった。

 彼に続くように、ロミオファイブのメンバーたちが顔をそろえている。


 みな一様に地獄の亡者のような酷い面をしており、レンはなるべく顔を直視しないようにしながら彼らを自室へと招き入れた。


「悪いな、今……マカロンしかなくてさ。紅茶はアールグレイでいいか?」

「構わないよ、急に押しかけた僕たちに非があるのは明白だ」

「リョウ……それにみんなも、ずいぶんやつれたな」

「君も人のことは言えないだろう、レン君」


 リョウは全てわかっている、という風に眼鏡をクイッと直した。

 ハラリと落ちた前髪には、白髪が混じっていた。


「単刀直入に言おう、僕たちは変わらなくてはならない。君も、緑の悪夢にうなされているのだろう?」

「…………ああ、その通りだ。だけどどうしようってんだ」

「今日はそれをみんなに伝えるため、こうして集まってもらったんだ。僕はインターネットで自分なりに調べてみた、自分の変え方というヤツをね!」


 言うやいなや、リョウは机の上にパンフレットを広げた。

 そこにはゴシック体で『個人革命! チャンドラ式・自己啓発セミナー』の文字が躍っていた。


「登録はもう済ませてある。明日から1週間だ」

「年をまたぐのか!?」

「それぐらいの覚悟でやらずしてどうする! 僕たちは石にかじりついてでもパワーアップするしかない! デスグリーンにリベンジを果たさねば、この呪縛からは逃れられないんだ!」


 光を失ったはずのリョウの目は、今や革命に燃えていた。

 ロミオファイブのメンバーの目に、次々と炎が灯る。


「ああ! やってやろうぜ、個人革命!」

「そうね! アタシたち変わらなくちゃ!」

「さすがリョウだな! 俺たちロミオファイブの頭脳だ!」

「ふっ、これぐらい風紀委員長として当然のことです」


 レンは改めてそのパンフレットに目を通す。


『現代社会を生きる君にとって、本当に必要なものがここにある!』

『新次元へのステップアップ! シナプスを駆け巡るソリューション!』

『Do your doing! 君の生き方に革命を起こそう!』


 胡散臭いうたい文句の羅列に、一抹の不安がよぎった。

 しかし今はワラにでもすがらねばならない、イワシの頭でも崇めなければならない。




 …………3日後。




「はい30分経ちましたー、埋めてくださーい」

「「「「「…………」」」」」


 ロミオファイブの5人は、黙ってスコップを動かした。

 もうかれこれ12時間、同じ場所を掘っては埋め、掘っては埋めている。


 ちなみに昨日は上野駅前で“ハトポッポ”を1日中、力の限り歌い続けた。


「はいお疲れさまでしたー、食堂に移動してくださーい」

「「「「「…………」」」」」


 冷凍のメンチカツとバナナ半分という粗末な食事を終えると、その後は読経の時間だ。

 どこの国の言葉かもわからない経文を、声がかれるまで3時間唱え続ける。


 それが終われば、今度は自己批判の時間だ。


「俺は! 敵の脅しに屈した最低の人間ですッ!!!」

「僕はァ! 味方に向かってェ! 必殺技を撃ちましたァ!!!」

「怪人にビビッてェッ! おしっこをォッ! 漏らしましたァッ!!!」


 これもたっぷり3時間続き、最後はみんなで泣きながらハグをした。



 就寝時間になるとロミオファイブの5人だけでなく、セミナーの参加者全員が同じ部屋で寝る。

 真冬だが暖房器具などは一切なく、布団はいつから干されていないのか薄く湿った1枚のみである。



 暗闇の中から、何人かのすすり泣く声が聞こえる。


「もういやだ……おうちに帰りたい……」


 声は隣のリョウの布団から聞こえたような気がしたが、レンは幻聴だと自分に言い聞かせた。


 そして静かに目を閉じて願った、もう朝なんか来なければいいのにと。




 …………十数日後、羽田空港。




 この世の全ての甘さを捨て去った、ビターなロミオファイブがそこにいた。

 今日彼らは、過去に決別し新たなヒーローとして生まれ変わる。


 落ちくぼんだ頬に加え顔色はむしろ悪化していたが、目だけはギラギラと得体のしれない光を宿していた。


「正義は敗れ幾星霜……闇の淵より甦りし魔界のプリンス……」

「「「「「ウィーアー! ダークロミオファイブ!!」」」」」



 ――――彼らの伝説は、今日再び幕を開ける。





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