第六十七話「追いつめられちゃって」

 ビヨッ…………ビヨヨッ…………。


 白銀の髪に青い目をした異様に目立つ少女・まゆずみ桐華きりかは、大きなため息をついた。

 このところ“怪人センサー”の調子が悪い。


 機械とにらめっこをする桐華の前に、目的の人物が現れる。

 桐華はあわてて“怪人センサー”のスイッチをOFFにして、上着のポケットにしまい込んだ。


「ごめんね! 待たせたかなっ!」

「お待ちしていました、森次郎しんじろうさん」


 その人物・栗山くりやま森次郎しんじろうは、誰かとよく似たぎこちない笑顔を顔面に張りつけていた。


 対する桐華は相変わらずの黒づくめに、キャップを深くかぶっている。

 場所も先日と同じ、中野なかのタイムズスクエアの喫茶店であった。

 変わっているところといえば、桐華が大きなバッグをかついでいることぐらいだ。


「とっ、とりあえず何か頼もうかっ!」

「では私はアイスコーヒーを」

「じゃあ僕もそれでっ!」


 森次郎、もとい林太郎りんたろうの声はうわずりにうわずっていた。

 急なお呼び出しを食らった林太郎は、まるで校内放送で職員室に呼び出された小学生キッズのように戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。


 林太郎の弟であるといううそをついている手前てまえ、サメっちやみなとといった事情を知らない援軍をひかえさせておくことはできない。

 つまり林太郎はたったひとりで、桐華という強敵を相手にしなければならないのであった。


「アイスコーヒーでございまーす」

「ありがとござまっ!」


 ガチガチに緊張した林太郎がちらりと視線を向けると、桐華のするど眼光がんこうとばっちり目が合った。

 自身が過去桐華に対しておこなった数々の悪行あくぎょう糾弾きゅうだんされているようで、林太郎は思わず目をらす。


 ヒーロー学校時代の学年別体育祭で、あらゆる汚い手を使って号泣ごうきゅうさせたこともありました。

 料理は修行だと力説りきせつし、毎日お弁当を作らせていたこともありました。

 味覚の特訓としょうして、しば目隠めかくしをした状態でハバネロと練乳れんにゅう交互こうごに食べさせたこともありました。


 どうしても修行がしたいという桐華本人の強い希望もあったので、一概いちがいに林太郎だけが悪者というわけでもないのだが。

 それにしたって林太郎がこれまで桐華にしてきたことは、先輩後輩のわくを少しばかり超えていたように思える。


 くわえてつい先日せんじつ油性ゆせいペンでおでこに“にく”と書いたわけだが、その恥ずかしい刻印こくいんはまだ消えていないようだった。



正体しょうたいがバレたら間違いなく刺身さしみにされる……だけで済めばいいけど。こりゃなんとしても森次郎で通さないとな……ゆるが弟よ……!!)


 林太郎は動揺をさとられまいと、コーヒーを口に運んだ。


 もし自分が栗山林太郎・・・であることがバレようものなら、どんな悲惨ひさん復讐劇ふくしゅうげきの標的にされるかわかったものではない。




 いっぽうの桐華はそんな林太郎の懸念けねんとは裏腹うらはらに、完全に森次郎・・・を信じ切っていた。


 先日の一件のあと、ねんのためヒーロー本部データベースで照合しょうごうしたところ、栗山林太郎の弟・森次郎という人物は確かに存在したからだ。


 林太郎よりもひとつ年下の二十五歳、数年前まで林太郎と一緒にらしていたらしい。

 残念ながらそれ以外のデータはなかったが、先日の森次郎のだんでは最近まで連絡を取り合っていたというのだから兄弟仲きょうだいなかは良いのだろう。


 そうして調べていくうちに、殉職じゅんしょくはんを押された林太郎の資料に行きついた。

 桐華はそれらの資料から、“とある仮説かせつ”を打ち立てたのであった。



 コーヒーをグッと流し込むと、桐華は正面に座る男を見据みすえて己の推理すいりを語る。



「森次郎さん、これは私個人こじん見解けんかいなのですが。おそらくセンパイ……あなたのお兄さんは極悪怪人デスグリーン本人ほんにんです」

「ンッフ!」



 林太郎は思わず鼻からコーヒーを吹き出した。

 無論むろん林太郎自身は、栗山林太郎がデスグリーンであることをよく知っている。


 だが今までヒーロー関係者は、みな口をそろえて林太郎死亡説をがんとして押し通してきた。

 ネットニュースやテレビでも、ビクトグリーン死亡のニュースは衆知しゅうちの事実として語られている。


 そのため桐華の口からそのような言葉が出てくるとは、思いもしなかったのだ。


(ままま、まさか、全部わかった上でカマをかけようというのか……?)


 林太郎はコーヒーまみれになった口元くちもとをぬぐうと、慎重しんちょうに言葉を選んだ。


「俺……じゃなくて、兄貴が極悪怪人デスグリーンだというのは……そりゃまたどうして?」

公的こうてきな資料では、センパイは極悪怪人デスグリーンによって殺害されたことになっています。その証拠として十二月初頭しょとうに起こった栗山林太郎の失踪しっそう、そしてデスグリーンによる犯行声明はんこうせいめいげられます。ここまではご存知ぞんじですよね?」

「ええまあ、そのぐらいは」


 よく知っているも何も、全て林太郎本人がやらかしたことである。

 ニュースなどでも小さく取り上げられていたので、知っていてもおかしくはない情報だ。


「けれどセンパイが失踪しっそうする以前のデータを見ると、“極悪怪人デスグリーン”なんて名前はどこにも無いんですよ。ヒーロー本部のデータベースにも、過去に起こった事件の記録にも、どこにも」


 デスグリーンに過去の記録が一切いっさい存在しないのは当然のことである。

 なぜならば極悪怪人デスグリーンが誕生したのは、栗山林太郎が失踪した後だからだ。


 桐華はズイッと林太郎に顔を近づけた。


不思議ふしぎだと思いませんか?」


 前髪が触れるほどの距離、甘いコーヒーの香りが林太郎の鼻をくすぐる。

 目の前に本人がいるとも知らずに力説りきせつする桐華は、さらに言葉を続けた。


「センパイ……栗山林太郎は“怪人覚醒かいじんかくせい”して極悪怪人デスグリーンとなった。ヒーロー本部は身内みうち不祥事ふしょうじかくすため、意図的いとてきにこの事実を隠蔽いんぺいしたというのが私の結論です」


 林太郎は思わず口元を押さえた。

 ひょっとするとこの少女は、たったそれだけの情報で真実しんじつにたどり着いたというのか。


 まるで決定的な証拠をきつけられたサスペンスドラマの犯人の気分である。

 林太郎は震える手でコーヒーを口に運ぶも、ほとんど味がしなかった。


「こここここ、根拠としては弱いんじゃないですかねねねねねえ……?」

「証拠はあります! これを見てください!」


 桐華はキャップを取って見せる。

 そこには“にく”の文字がまだ消えずに残っていた。

 つい先日、まさに林太郎が自らの手で書きしるしたマーキングである。


「そそそそそ、それがなにか?」

「これは先日私がデスグリーンに書かれたものです。この肉という字をよく見てください。肉の中にある“ひと”という文字を!」


 人と人はささえ合っているから人という文字になる、というのは有名な話だ。


 だがその肉の中の人はまるで支え合っておらず、あたかも他人のように距離を置いていた。

 どちらかというとカタカナの“”に近い形である。


達筆たっぴつなのに“ひと”という文字だけは、何があっても絶対に支え合わせない・・・・・・・。それはセンパイ……栗山林太郎の筆癖ふでくせと完全に一致いっちするんですよ!」

「ななな、なんとーーーッッッ!?」


 よもやそんなところからボロが出ようとは!

 人という文字には林太郎のゲノム構造ばりにねじくれた性格が、ありありとにじみ出していた。


 ささい、あいきずな不滅ふめつ友情ゆうじょう地域社会ちいきしゃかい共済きょうさい団結だんけつ同調圧力どうちょうあつりょく

 林太郎自身が抱くそういったものへの強烈きょうれつ拒否感きょひかんを、コトコト煮詰につめて凝縮ぎょうしゅくしたみにく残骸ざんがいがそこにあった。


 ちなみに余談よだんだが林太郎は二十四時間チャリティー番組ばんぐみを二十四秒でリタイアしたことがある。


 ともあれ、その証拠は何ひとつ言い逃れできないほどに桐華の理論をうらづけていた。

 人間としての根本的こんぽんてききたなさが、林太郎の足元あしもとをすくいあげてひっくり返す。


「どうですか森次郎さん、私の推理は!」

「はうぅっ! はひゅるるるーーーーーっ!!!」


 桐華が指をさすのに合わせて、ズビシィッというSEサウンドエフェクトが聞こえてくるようである。

 どうだとばかりに胸を張る桐華に対して、林太郎は目を回し、もはや気が気ではなかった。


 このままでは森次郎イコール林太郎という核心的かくしんてき追及ついきゅうを受けるのも時間の問題だ。

 そうなれば、まさに一巻いっかんの終わりである


 だが林太郎の心配をよそに、桐華は大きなバッグをテーブルの上に置いた。


「そこでセンパイ、もといデスグリーンをおびき寄せるいい作戦を思いつきました」


 桐華がヂヂヂとバッグの口を開いていく。

 林太郎はおそるおそるバッグをのぞき込むやいなや、一気に血の気が引くのを感じた。


 バッグには荒縄あらなわやロウソク、ムチにギャグボールといった物々ものものしいグッズがみっちり詰め込まれているではないか。



「ふふ……いつかセンパイのためにとコツコツ集めていたものですが、まさかこうして役に立つとは思いませんでした。ああ、使いかたはお気になさらず。森次郎さんはなるべく大きな声でいていただければ結構ですので」


 そう言って桐華は荒縄あらなわを取り出し、パッシィンと張ってみせた。


「いくらセンパイがくさったをした鬼畜きちくとはいえ、肉親にくしんである森次郎さんのご協力があれば必ずや私たちの前に姿をあらわすことでしょう。……もちろん、やっていただけますよね?」


 桐華の顔は赤く上気じょうきし、うすくちびるからは熱をはらんだ吐息といきれる。

 恍惚こうこつの表情を浮かべ、長い睫毛まつげは少し水気みずけを帯びているようにさえ見えた。


 こいつはいけないと、林太郎の背筋せすじからしりにかけて悪寒おかんが走る。


「さあ森次郎さん、センパイと私のためにとうと生贄いけにえとなってください」

冗談じょうだんだよねえ? 冗談って言ってよ瞳孔どうこうひらいてるんだけど」


 桐華は弟の森次郎をなわでギッチギチにしばって“りん”に仕立したて上げようというのだ。

 まるで小熊こぐまらえて親熊おやぐまおびきだす狩猟罠しゅりょうわなである。


 もし問題があるとすれば、どれだけ小熊が泣きさけぼうとも親熊おやぐまは確実に助けには来ないということだ。


「大丈夫です森次郎さん。私やるのははじめてですが“やられる”のにはれてますから。使いかたはセンパイに色々と教わったので安心してやられちゃってください」

「いやぁーーッ! 誰かおとこひと呼んでぇぇーーーッ!!!」


 因果応報いんがおうほう、己の過去の悪行あくぎょうめぐり巡って返ってくるというのはかくも恐ろしきものか。

 桐華はハァハァと息をあらげながら、林太郎の上着を脱がしにかかった。

 それはしくも、先日ソードミナスに襲い掛かった林太郎の姿そのものであった。


「大丈夫ですよ。これも修行だと思えばつらいのは最初だけです。天井のシミを数えているうちに終わりますから!」

「ごめんなさい謝るから! 謝るから許してほんとに! 助けてぇーーーーーッ!!!」


 林太郎の首になわがかけられたのと同時に、複数の警備員が桐華を取り押さえた。


確保かくほッ! 確保ーーーッ!」

「はっ、はなしなさい! 私は公安こうあん職員ですよ!!!」

「またあんたか! 最近のヒーロー本部はいったいどうなってるんだ!」

「これはデスグリーンをらえるために必要な……ちょっ待っ……アァーーーッ!!」


 桐華は屈強くっきょうな警備員たちによって連れて行かれてしまった。

 あとに残された林太郎は、半泣はんなきになりながらみだれに乱れた着衣ちゃくいを整えた。


 千切ちぎれたシャツのボタンをひろい集める林太郎を見かね、店員が心配そうに声をかける。


「あの……お客様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫に見えますか……?」



 守衛しゅえい室でお説教せっきょうを食らっているであろう桐華を待つ義理もないため、林太郎は一目散いちもくさん中野なかのタイムズスクエアから逃げ出した。


 グッズのいっぱい詰まったバッグは、残しておいたらまたロクでもない目にうので回収しておくことにした。





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