第六十五話「ビクトリー変身ギア!」

 説明しよう!!


 “ビクトリー変身ギア”とは、勝利戦隊ビクトレンジャーの必携ひっけいアイテムである!!

 手のひらサイズの端末たんまつに、勝利を示すブイのエンブレムが輝いているぞ!


 ギミックも満載まんさいだ!

 ビクトリーギアを回転させることで内部にビクトリーエネルギーが溜まり、一瞬でビクトリースーツに着替えることができるんだ!


 君もいっしょに『ビクトリーチェンジ』!!


 DXでらっくすビクトリー変身ちぇんじギア!!




「さて、どうしたものか」


 林太郎は悩んでいた。


「はぅぅ……身体からだの、隅々すみずみまで……。なあ林太郎、コレどうしたらいいと思う?」

「ビクトリー変身ギアは慎重しんちょうあつかわないと死人しにんが出る代物しろものだぞ」

「ひぃっ!」


 池で飛び跳ねる魚のように、湊のうなじからナイフがコロリンと床に転げ落ちた。


 死人が出るという林太郎の言葉は、誇張こちょうでもなんでもない。

 それはかつて林太郎が身をもって体験した、まぎれもない事実である。


 余計なタイミングで鳴り響いたり、誘蛾灯ゆうがとうのようにヒーローを呼び寄せてしまったり。

 もっともそれらには、アークドミニオンからの解放を試みた林太郎が策士策さくしさくおぼれた結果もふくまれるが。


 このビクトリー変身ギアには発信機はっしんきが内蔵されている。

 つまり携行けいこうしていれば居場所がバレる危険性が常にあるということだ。


 湊はその体質ゆえの引きこもりであるため、幸いにも大事にはいたらなかった。

 しかしもし外に持ち出そうものならば、一瞬でヒーローたちに取り囲まれても不思議ではない。


「うーん……タガラック将軍とかならともかく、俺たちが扱うにはリスキーだな」

「そそそ、そうだな……よし捨てよう! 今すぐ捨てよう!」

「まあ待て湊。“使えない”とは言ってないだろう?」


 林太郎はそう言うと、口角こうかくを上げネットリと笑った。




 …………。




 神奈川かながわ川崎かわさき市、多摩川たまがわ堤防ていぼう沿いに、異様に目立つ集団がいた。


「反応はこのあたりでござる。各々方おのおのがた、気を引きめて参りまするぞ!」

「「「「おうッ!」」」」


 黄色いコートを羽織はおった男の一喝いっかつに、赤、青、白、黒の四人が声を上げる。


 彼らの名は西神奈川にしかながわ支部所属のヒーロー『五色ごしき戦隊ジキハチマン』である。

 レッドではなくイエローがリーダーという、全国的にもめずらしいチームだ。


 だが彼らが目立っている理由は色だけではない。

 冬の太陽をキラリと照り返すその頭部。


 リーダーであるシゲを筆頭ひっとうに、みな月代さかやき丁寧ていねいり上げているではないか。

 時代錯誤さくごなちょんまげ集団は河川敷かせんじきに集まった少年野球団から、当然のように奇異きいの視線を集めていた。


「ギアを簒奪さんだつせし下手人げしゅにんは極悪怪人デスグリーンと思われる。不意ふい遭遇戦そうぐうせんになるやもしれぬゆえ。各々方おのおのがたきもめいじて探索に移られたし!」

「「「「さんッ!」」」」


 ジキハチマンの五人は広い多摩川たまがわ河川敷かせんじきで、手分てわけしてギアを探した。

 もちろん罠の可能性も考慮こうりょし、警戒はおこたらない。

 彼らの盟友『風魔ふうま戦隊ニンジャジャン』が、地下怪人収容施設を急襲したデスグリーンの手によって壊滅に追い込まれたのも記憶に新しい。


「シゲ殿どの! 見つけもうした!!」

「でかしたタカ殿!!」


 赤いハチマキを巻いた男が、大きく手を振って仲間たちを呼び集めた。

 目的のものは河川敷に乗り捨てられた、二〇年モノの軽自動車の中にあった。


検分けんぶんいたす。……ふむ、ビクトリー変身ギアに間違いござらん! ガラスを割るのでみな離れておれ!」


 シゲはそう言うと運転席側のガラスに肘鉄ひじてつを食らわせる。

 パリンという音と共に、ドカンと火柱ひばしらが上がった。


「しっ、シゲ殿ォォォォォォォッッ!!!」


 軽自動車が大爆発を起こし、シゲの体は三〇メートルほど舞い上がると背中からベチャッと土手どて芝生しばふに落下した。


 あわてて駆け寄るメンバーたちの周囲で、地面がモコモコと盛り上がる。

 そこから現れたのは真っ黒なタイツに身を包み、頭からアリのしょうな触覚しょっかくを生やしたザコ戦闘員たちである。


「こっ、これは……囲まれているでござる!!」

各々方おのおのがた方円ほうえんじんにござるぅぅぅ!!!」


「「「アリアリィッッ!!!」」」


 防御陣形を取るジキハチマンに、触覚の生えたザコ戦闘員が殺到さっとうし、蹂躙じゅうりんした。




 その様子を遠くから見届みとどける影があった。


うつくしきはそのはねいやしきをかくさず、その銀糸ぎんしさばきをけるであろう。しん強者きょうしゃはそのくろよろいはねかくし、してめるものはねたず。しんうつしきものよ、ただしてりゆく宿命しゅくめい傍観者ぼうかんしゃたれ」

「ザゾーマ様は『結果にたいへん満足している。奇蟲きちゅう軍団所属の件はどうか?』とおっしゃっています」

「この“ビクトリー変身ギア”で、りは返せたってことになりませんかね?」


 アークドミニオンの関東大制圧作戦において、西方せいほう攻略を任された奇蟲きちゅう将軍ザゾーマは次々と壊滅していくヒーローたちを見て感心していた。


 ザゾーマが率いる奇蟲きちゅう軍団は、他の軍団と違いザゾーマ自身もふくめ単騎で活動できるほど強力な怪人は少ない。

 それは戦力の大半を、ザゾーマの毒霧どくぎりによるドーピングに頼っていることに起因きいんする。

 すなわち集団行動をとらざるをえないため多方面展開ができず、神奈川県のヒーローたちを攻めあぐねていた。


 そこで林太郎は“ビクトリー変身ギア”をえさにヒーローたちをおびき寄せ、各個かっこ撃破する作戦を提唱ていしょうしたのだ。

 結果はご覧の通り、わずか一日で四つものチームを壊滅させるという大戦果を挙げていた。


(これでザゾーマ将軍への個人的なりは返せる……。加えて作戦が失敗したところで俺は何も痛くない。逆に成功すれば俺の手柄てがらになる……クックック、完璧だ……!)


 奇蟲将軍ザゾーマに“ビクトリー変身ギア”を譲渡じょうとするという林太郎の目論見もくろみは上手くいった。

 林太郎はひとりでこっそりとほくそんだ。


「では“ビクトリー変身ギア”は確かにお渡ししましたよ」

しずかなる水面みなも鏡面きょうめんごとし。しかし荒海あらうみける白波しらなみこそ、こころうつたもう。ただそこにありてはげしく、夢幻むげんかすみるがごとおだやかにきばてるものなり。灼熱しゃくねつ太陽たいようふゆき、あかはなみだれるがごとし」

「ええまったく。ザゾーマ様の仰る通りでございます」

「ミカリッキーさん仕事してください。ザゾーマ将軍はなんと?」


 林太郎の問いかけに、カミキリムシ風のずんぐりむっくりした男はうやうやしくこたえた。


「ザゾーマ様は『感謝する』とだけ仰っています」


 確実にもっと情報量があったような気もするが、解説を求めたところで答える気はないのだろう。


 林太郎は「どういたしまして」とだけ伝えると、その場を後にした。


 アークドミニオン随一ずいいちのトリックスター・奇蟲きちゅう将軍ザゾーマが、派手はでなパピヨンマスクの下でニヤリと不敵な笑みを浮かべているのには気づかなかった。




 …………。




 その日の夜アークドミニオン地下秘密基地では、神奈川方面の戦勝祝賀会も兼ねた盛大な歓迎会が行われていた。


 先のヒーロー本部襲撃&壊滅にともない、地下収容施設にとらわれていた怪人たちはひとり残らず救出された。

 そんな彼らを盛大にもてなそうというのが今回の趣旨しゅしである。


 一昨日おととい新年会をやったばかりだが、アークドミニオンには何かと理由をつけてお酒を飲んで騒ぎたい怪人がとても多いのだ。


 林太郎も当然のように参加させられていた。

 もはやかわいた笑いとともに、ひとごとれ出る。


「ははは、もう慣れたよ……」

「はむはむっ! そんなことないッスよアニキ! はむっ! おせちは三日目が美味おいしいッス!」


 そう言いながらサメっちはエビフライばかり食べていた。

 おせちじゃない件は別にして、やはりサメだけにシーフードは大好きらしい。


「サメっち、食べるか話すかどっちかにしようね」

「はむむぅっ!」

「あーほら、急いで食べるから口元くちもとが……」


 林太郎がサメっちの口周くちまわりについたタルタルソースをいていると、がらの悪い怪人と目が合った。

 すぐに目をらしたものの相手からはバッチリ視認されてしまったらしく、その男はズンズンと林太郎のもとに近づいてくる。



「あぁん? てめっコラ! ぁにガンつけてんだオラァン! ッアン!」



 今回助け出された怪人の中でも異彩いさいを放つその姿。

 無数の漢字が書きつらねられた特攻服とっこうふくに、ガッチガチに固められたリーゼント。


 き出しのきばに、剛毛ごうもうおおわれた大きな尻尾。

 それはまゆずみ桐華きりかによって壊滅させられた『北関東きたかんとう怪人連合かいじんれんごう』の元総長もとそうちょう灰色はいいろ狼男おおかみおとこのバンチョルフであった。




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