第十四話「凶器乱舞」

 泣きじゃくるソードミナスをなだめるのもそこそこに、林太郎たちは人目をはばかり逃げ出すように上野公園を後にした。


 派手な怪人騒ぎだったので、通報を受けてヒーローが到着するまでそう時間もない。

 探知されないよう念のためビクトリー変身ギアは秘密基地に置いてきているが、ことが大きくなればそれも意味を為さなくなるだろう。


「なんてざまだよ、まるで悪の怪人みたいだ」

「アニキ、サメっちたちは悪の怪人ッスよ」


 特に今の林太郎はビクトレンジャーからしてみればメンバーのかたきであり、問答無用で敵対する立場にある。

 もし残りのメンバーである一撃必殺チートのレッド、戦闘に特化したイエロー、このふたりと無策に対峙たいじすることがあれば、逃げ切れる確証はない。


 アークドミニオン秘密基地へと足を向けた車内では、サメっちがキラキラした目を林太郎に向けていた。


「しっかしアニキは人間態でもめちゃつよッスね! またそんけーッス。どこで修行を積んだッスか?」

「中国の山奥にある寺でフラミンゴとムエタイしてきたえたんだよ」


 林太郎はヒーロー学校時代、特訓に明け暮れ地獄の日々を送っていたことを思い出していた。


 暑い夏の日、練習用の竹刀を熱い鉄の棒にすり替えたこともありました。

 寒い冬の日、特訓後のシャワールームでガスを止めたこともありました。

 風が強い日、訓練教官をたこくくり付けて空高く飛ばしたこともありました。

 どうしても勝負したいと懇願こんがんしてきた後輩に、毒の吹き矢をもちいて圧勝したこともありました。


「いやあ、懐かしいなあ……」


 ヒーロー学校を地獄たらしめていたのは主に林太郎であったことは言うまでもない。

 そんな思い出が巡るのは、死期が近いからだろうか。

 車内は危険な刃物であふれかえっていた。


 その元凶は言わずもがな、保護したばかりの剣山怪人である。


「本当にすすす、すまない……」

「気にしないでほしいッス。よくあることッス、ねえアニキ」

「よくあってたまるか」


 長躯ちょうくの怪人ソードミナスはうわごとのように謝罪を繰り返し、後部座席で縮こまっている。

 ハンドルを握る林太郎は、後ろからザックリやられたりはしないかと気が気ではない。


「改めて、アークドミニオンの鮫島さめじま冴夜さやッス。サメっちって呼んでほしいッス」

「ソードミナス、剣持けんもちみなとだ。ケンちゃん……いや、もっちー……ミナたんとかどうかな?」

「いや聞かれても、そこ張り合うところじゃないからね? 俺は栗山林太郎、よろしく」

「なるほど、クリリンだな」

「二度とその名で俺を呼ばないでね」


 剣山怪人ソードミナス、剣持湊はこうして見ると、ちょっと背が高い普通の女にしか見えなかった。

 ヤマアラシのような正体と、感情がたかぶると身体からだから勝手に刃物が飛び出してしまうということを除けば。


 しかしこの後者の体質が、じつに厄介やっかいであった。

 既に後部座席はちょっとした武器庫と化しており、シートはズタボロである。


「こりゃまたスゴイ体質ッスね。飛行機乗れないッス」

「できれば自動車にも乗せたくないね。帰ったら運転席の背もたれに鉄板でも仕込もうか」

「またまたぁ、そんなご冗談をッス」

「冗談じゃないよ、なんなら今すぐ欲しいぐらいさ。俺の背中で黒ひげ危機一髪が始まる前に」


 その後もちょっとした拍子ひょうしに刃物が次々と飛び出した。

 ブレーキでグサリ、車線変更でブスリ、時速40キロを超すとドスリ。


「この前の爆弾といい、なんだって危険物ばっかり運ばなきゃならねえんだ」

「なんかこういう映画あったッスね」

「ニトログリセリン運ぶやつだね」


 後部座席でガタガタ震える小心者は、ある意味爆弾よりも厄介だ。

 赤信号で隣に大きなトラックが停まっただけで驚き、撃ち出された槍がカーナビを貫いたときは、さすがの林太郎もきもを冷やした。


「あーーーーッ! 思い出したッス!」

「どきーーっ!! ななな、なにをなにを!?」


 刺身用の柳刃包丁やなぎばぼうちょうが運転席のシートを貫き、林太郎の首筋からわずか数センチの位置をかすめた。


「たいやきくん、買い直してもらってないッス!」

「よしサメっち、アニキとゲームをしよう。今から秘密基地まで一言も喋らなかったらアニキがホットケーキを焼いてあげるから黙ってようね」


 さいわいなことに、車は誰かが血を流す前にアークドミニオン秘密基地へとたどり着いた。


「修理いくらかかるんだコレ……」

「本当に申し訳ない……」

「だいじょぶッスよ。前に溶岩ようがん怪人マグマイザーさんを連れてきたときは全焼しちゃったッスけど、次の日には直ってたッスから。それよりさっさと顔合わせするッス。竜ちゃん待ってるッス」

「……竜ちゃん? 誰それ?」




 …………。




 アークドミニオン心臓部、暗黒密教の聖堂を彷彿ほうふつさせる大講堂に、悪魔のような笑い声が響く。


「クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハッハ!! よくぞ参った、我輩はドラギウス三世! 秘密結社アークドミニオンの総帥であーるっ!」

「けけけ、剣山怪人ソードミナス、剣持湊ですっ! あわばばばすごい、本物だ!」

「そう硬くなるでない。まずはゆるりと身体を休めるがよい。フハハハハ!!」


 この世の邪悪を煮詰めたような老紳士は、湊の体から無尽蔵にあふれ出るバターナイフをものともせず、湊の手を取って温かい言葉をかけた。

 林太郎は、この迫力で“竜ちゃん”は無理があると思う次第であった。


 ただドラギウスはともかく、さすがに一般の怪人たちは剣山怪人の特異体質に対し、近づきがたさを感じているらしい。

 結局、林太郎とサメっちがしばらくソードミナス、剣持湊の面倒を見ることになった。


 ――という経緯があり、シャワーを浴びた湊はTシャツにスウェットという、ずいぶんラフな格好に着替えたものの――。


「なんというか、目の毒だな」

たけがぜんぜん足りてないッス」


 なにせ2メートル近い、モデルのような長身を誇る湊だ。

 とりいそぎ手ごろな服を貸し与えたものの、上はへそ出し、下は七分丈しちぶたけという有様である。


 またコートを着ていた時にはわからなかったが、薄着うすぎになった途端とたん、そのスタイルたるや刃物以上の凶器であることが判明した。


「あああ、あまり見るなよ……恥ずかしいじゃないか」


 すらっと長い脚もさることながら、まるべきところはしっかり締まり、出るべきところはしっかり出ている。

 世界中の女の嫉妬と、世界中の男の欲望を、伝説のパン屋が丹精たんせい込めてこね上げじっくり焼いたらこういう形に仕上がるのではないだろうか。


 それに加えて、すずしげだがし目がちにうるんだ瞳と、おどおどした嗜虐心しぎゃくしんあおる気弱な態度が、危険な相乗そうじょう効果を生み出している。


 まったくもってけしからん凶器的な美貌びぼうである。

 男ならば誰しもが肩を抱かずにはいられないだろう。

 全身を刺しつらぬかれる覚悟があればの話だが。


「あーーーーッ! 思い出したッス!」

「どきーーっ!!」


 次の瞬間、湊の胸元がテントのようにグググッと張ったかと思うと白刃はくじんがきらめいた。

 たるみきった林太郎の顔面目掛けて刃渡り三尺さんじゃく大太刀おおたちが振り下ろされる。


「うおおお危ねええ!!」


 林太郎はとっさの真剣白羽取しんけんしらはどりでギリギリ受け止めることができた。

 しかし一瞬でも反応が遅れていたら唐竹からたけのように正中線せいちゅうせんで真っぷたつに割られていたことだろう。


「ホットケーキッス! アニキ、ホットケーキ焼いてくれるって言ったッス!」

「いやサメっち、アニキってば今それどころじゃないよ? ねえ見えてるかな?」

「あわわわわ、すまない林太郎! 大丈夫か!?」


 湊は申し訳なさそうに林太郎の顔をのぞき込む。


 しかし林太郎の視線はそのうるんだ瞳の下、湿しめびたくちびるよりももっと下。

 内側から切り裂かれたTシャツの隙間であらわになった鎖骨さこつのラインと、深くやわらかな山谷やまだにそそがれていた。


「林太郎? いったいなにを見て……る……あっ」

「総員退避ーーーーっ!!!」


 文字通りきぬを裂く乙女の悲鳴が、アークドミニオンの秘密基地中に響き渡った。

 ショットガンのごとく撃ち出された無数のナイフは、あとで林太郎が数えたところ三〇〇本にも及んだ。



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