極悪怪人デスグリーン

今井三太郎

第一章「極悪怪人デスグリーン、誕生!」

第一話「断罪人と呼ばれた男」

「五人そろって、勝利戦隊しょうりせんたいビクトレンジャー!」


 勝利戦隊ビクトレンジャーといえば今や子供から大人まで誰もが知っている正義の味方だ。


 彼らの活躍は常にネットニュースのトップをかざり、町を歩けばサインを求められ、自治体のイベントにも引っ張りだこである。

 中でも五人目の戦士、ビクトグリーンこと栗山くりやま林太郎りんたろうの大活躍には目を見張みはるものがあった。


「平和を愛する緑の光、ビクトグリーン!」


 栗山林太郎、二十六歳。

 ヒーロー学校を首席で卒業し鳴り物入りで東京本部所属のエリート“勝利戦隊ビクトレンジャー”に配属された期待の新人。

 彼はその卓越たくえつした手腕しゅわんで任期一年目にしてゆうに七つもの組織を壊滅に追いやり、関東圏におけるヒーローと怪人の組織図を一変せしめ、これまでに二回の叙勲じょくんと十四回の表彰を受けた。


 彼の輝かしい実績の数々はまさに、林太郎のヒーローとしての素質が誰よりも優れていることを示している。



 ……わけではない。



 林太郎は職務に極めて忠実である反面、正義のためならば手段をえらばない男であった。

 煽動せんどう拷問ごうもん闇討やみうちなど、その手段は多岐たきにわたり陰湿いんしつを極め、時には法に従事する身でありながら法とニアミスを起こすこともあった。


 山に怪人が現れれば森を焼き。

 川に怪人が現れれば高圧電流を流し。

 街に怪人が現れればビルごと爆破解体し。

 怪人が現れなければ怪人の息子を探し出して人質に取った。


 敵のみならず味方からも恐れられる修羅。

 正義に魂をボッタクリ価格で売りつけた悪徳ヒーロー。

 人という文字を何度書かせてもけしてささえ合うことのない薄汚うすよごれた心を持つ男。


 平和のためならば平和さえも殺す男、その名は栗山林太郎。

 ついたあだ名が“緑の断罪人だんざいにん”である。



 新進気鋭しんしんきえいなどという言葉では生ぬるいほど、林太郎の活躍はまさしく独壇場どくだんじょうだ。

 彼はすべてのヒーローを過去のものにせんとする破竹はちくの勢いでこの一年、順調にスコアを積み上げていた。


 しかし当然、そんな“出過ぎたくい”である林太郎を、ヒーロー本部が捨て置くはずもなく。



「あば……網走あばしり支部?」

「そう、北海道の端っこのね。自然が豊かで空気が美味しいところらしいよ栗山くん。夏はとても涼しくて過ごしやすいそうだ」

「もう十二月ですが」

「広がる一面の雪景色……うらやましいなあ。君には明日からそこでリーダーをやってもらうことになる。といってもメンバーは君ひとりだけど」

「つまり……左遷させんということですか? 網走に?」


 ここは日本中のヒーロー組織を統括とうかつするヒーロー本部。

 正式名称“国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例とくむじれい対策本部たいさくほんぶ”は、警視庁とは皇居こうきょはさんでちょうど反対側の千代田区神保町に本拠を構えている。

 ちなみに北海道ほっかいどう網走市までの直線距離はおよそ一〇〇〇キロメートルである。


「栄転って言いなさいよ。あれ? ひょっとしてご納得いただけない感じ?」

「そりゃ納得いきませんよ! そもそもなぜ俺なんですか!?」

「そこなんだよね。君が優秀なのはよく知っているよ。君の活躍のおかげで、いまや東京二十三区じゃ怪人よりもサンタクロースを探す方が簡単なぐらいさ。今年度の最優秀ヒーロー賞は君で決まりだろう」

過分かぶんな評価を頂戴ちょうだいしております。しかし……」

「しかし、お偉方えらがたは口をそろえてこう言っているんだよ、君以外の連中はみんな無能だってね。いかんせん役員というのは相対評価をしたがるものなのさ。君が嬉々ききとして同僚を窓際まどぎわへ追いやるというのであれば、我々としても指をくわえて見ているわけにはいかない」


 話はそれで終わった。

 林太郎は衝撃のあまり鼻までズレた眼鏡をかけ直すと、固く閉ざされた司令部の扉をキッとにらみつけた。


 確かに手段の面では多少の問題こそあれ、林太郎は誰よりも結果を残してきたではないか。

 こんな人事は横暴おうぼうだ、けして許されるはずがない。


 だがきっと彼らならば。

 苦楽を共にしたビクトレンジャーのメンバーならば一緒に声をあげてくれるはずだ。


 レッド、ブルー、イエロー、ピンク。

 ビクトグリーンこと栗山林太郎の、かけがえのない戦友せんゆうたちならば。



 ヒーロー本部の別室、ビクトレンジャー秘密基地。


「みんな聞いてくれ、今日付けでクリリンの網走行きが決まった!」

「ついにトバされてやんのクリリンの野郎! ざまあみやがれだぜ!」

「クリリンが消えれば、ようやくヒーロー本部にも平和が戻ってくるでごわすな」

「きゃー左遷とかクリリンマジかわいそー、ウケるー」


 秘密基地の扉は、それはもう秘密とは無縁なほどに薄かった。

 林太郎は無言でその扉を開いた。


「聞いたぞ、栄転だって? やったな、おめでとうクリ……グリーン!」

「リーダーに任命されたんだって? まったく、羨ましいぜクリ……グリーン!」

「うむ、網走の平和はおぬしに任せるでごわす、クリ……グリーン!」

「うええ~ん寂しいよう。北海道でも頑張ってねクリ……グリーンくん!」


 その日、林太郎は一言も発することなく下宿げしゅくで荷物をまとめた。



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