外惑星世界 ―アウトランド・ギリシア群―

第4話 斥候1号

 時折、星空の一部が妙に歪んで見える。酷く曲がった経路を辿って移動するかのように見えるのだ。何かか星空の前に存在しているが、その影響か? 姿を明確に表さないが、かと言って完全に隠蔽されているわけでもない。時に輪郭面が強く発光して見えることがあり、確固とした実体を持つ何物かが存在していると知らせる。




 4ヶ月の時が過ぎた。エンケラドゥスから撃ち出された“砲弾”――〈斥候スカウト〉と名付けられたそれらは総数にして1000を超え、太陽系の各方面に向けて放たれている。その中の1つ――最初期に撃ち出されたものの1つがこの時、木星―太陽間のラグランジュポイント4に存在する小惑星帯・〈ギリシア群〉(前トロヤ群とも言う)に接近していた。当初の予測では半年後とのことだったが、予測よりも2ヶ月ほど到着が早まっている。



 太陽系連合・安全保障理事会・仮想会議場――――

 円形ホールのような空間に今回も20名の安保理理事と連合事務総長のフェルミが集まっていた。彼らの集う円卓の真ん中には今も巨大な球形立体映像ホログラムスクリーンが浮遊している。スクリーンの中には一見、特段変わったものは見られないが、よく見ると星々の前を何かが移動しているのが映っている。


『あれは鏡面です。ほぼ100%に近い反射率を備えた外面で覆われています』


 ラウダの解説、彼女のデバイス操作によりスクリーンの映像表示が変化した。映し出されたものを見て、理事の面々は眉をしかめた。


『これは赤外線帯の分析結果です』


 フェルミが質問する。


『フム、殆ど真っ黒だな。つまりこれは熱を放射していないと?』


 ラウダは頷く。


『完全にゼロというわけではありませんが、この存在自身から放射される熱は推進剤噴射時以外は殆どありません』


 画面の表示が変化した。可視光帯の映像表示だ。


『表面は完璧に近い鏡面で覆われていますが、これがほぼ全ての電磁輻射を反射しているようです。同時に内部の熱も外部に放射されていないようです。どうやって排熱しているのか不可解になります』


 それが“この光景”を生み出しているものと思われる。フェルミがその意味を言葉にした。


『あの奇妙な経路を描いて移動する星々は鏡面上に映った像が移動するから、なのか』

『あれは涙滴状の形をしており、その曲がった表面に映された星々の姿があれの進行に従って位置を変える結果、ああいう風に見えるわけです』


 フェルミは暫し無言でスクリーンに映る涙滴状物体(可視映像でははっきりと捉えられないが、映像処理で輪郭を強調して見えやすくしてある)を見つめていたが、やがて話し始めた。


『表面が鏡面というのはどういう意味なのだろうか? ほぼ全ての電磁輻射を反射するなど、自分の存在を大声でアピールするようなものだが……? 隠蔽ステルスしたいのならば逆に吸収する素材がいいのだが……』


 黒人の男が口を開いた。


『いや、事務総長、目では捉えにくいし、あれはあれでステルスとは言えるのでは――』


 東アジア系の男が口を挟む。


『何を言っている? 見えにくいのは宇宙空間の光景を映しているからだ。見た目、背景の星々と大して変わらないから見えにくくなっているだけで、輻射の反射は明確に探知できている。自分の目だけで判断してはいけない。それに星図の知識があれば、異常なものが手前にあるのは一目して分かる。後、星空以外の何か――どこかの惑星なり宇宙機なりが近くにあって映れば極めて目立つはずだと分かるぞ。宇宙空間は大半が虚無で、見えにくいのが普通になるのだろうがな』


 黒人の男はバツの悪そうな顔をした。彼は探知技術やステルスに関する知識が欠けていたのである。


『いや、人間の視覚を惑わす効果はあり、宇宙空間を移動する上では効果は大きいのかもしれない。少なくとも人類に近い可視視覚の波長帯を持つ種にとっては、だが。しかし――』


 フェルミは一度言葉を切り、スクリーンの映像を改めて見る。その目には刺すような鋭さが現れていた。


『あんな外面を持った宇宙空間を移動する存在など我々は見たことがない。人類の宇宙機も地球軌道以内の内惑星系を飛行する場合は反射率を高めたものが多いが(太陽熱が過度に注がれるため、反射して凌ぐ必要がある。その他の排熱機構と合わせて耐熱処理される)、ここまで見事な鏡面反射はないな』


 褐色の肌の女が発言する。


『事務総長、しかしあれは現在木星軌道を飛行中です。太陽光は寧ろ貴重な資源になりますし、反射してしまってはダメなのではないですか?』


 応えるのはラウダだった。


『スーリア火星行政府司政長官、それは一概に言い切れません』


 褐色の肌の女――名をスーリアというらしい。火星の行政機構を統括する立場にある――は、怪訝そうな顔をした。


『何故です? あれらは発電能力を持つ存在、太陽光や太陽熱は貴重な資源になりますが?』


 ラウダは『そうですね』、と応えたが、同時に『しかし』、と付け加えた。


『我々が観測した限りでは発電はアメーバ体だけが行っていました。しかしあの〈斥候スカウト〉がどうなのかは不明です。普通に考えれば熱源・動力源は必要ですし、発電機能はあってしかるべしでしょう。その場合、どうやって発電しているのか、発電機構に関しては外面を見ただけでは不明です。太陽光に関しては、何らかの吸収機能はあるかもしれませんが、或いは光や熱は必要としないのかもしれませんし――』


 ラウダの発言は続きそうだったが、フェルミが言葉を挟んだ。


『まぁ、地球外の存在だからな。何を意図しているかは分からん――と言うしかないな』


 ラウダは無言で頷いた。彼女の言いたいことも同じだったようだ。

 さて――と、フェルミは言う。話題を変えるようだ。


『あれ――最初に人類居住圏に接近する〈斥候スカウト〉だが、当初の予測よりも随分と早まっている。これの意味するものは何なのだろうな?』


 ラウダが再び画面の表示を変えた。

 そこには同じように可視視覚では見えにくい涙滴状物体の映像が現れている。だが大きな違いもある。物体の一部に青白く光る部分があるのだ。それは頻繁に明滅を繰り返しており、その部分から何かが噴射していると分かる。時間表示がされていて、“現在”よりも3週間前とのこと、過去の記録映像を表示したのだ。


『エンケラドゥスより撃ち出されて以来、この斥候スカウト――〈1号〉と命名されています――には何度もこうした発光現象が見られました。各種のスペクトル分光分析により、これらが化学推進剤の噴射であることが判明しています』


 理事の面々は誰もが映像に見入っている。大半は眉を顰めており、内心の様子が伺える。


『推進能力があるということか……』


 誰かが呟く。小さな声だったが、それは場に大きく響いた。


『現代の人類われわれから見ても原始的な推進方法ですが、効率がいいのか、意外なほどに〈1号〉を加速させました。こうした加速と軌道変更を幾度か繰り返した結果、〈ギリシア群〉への到着が2ヶ月早まったのです』


 皆は押し黙る。だが沈黙を破ったのはやはりフェルミだった。


『他の斥候スカウトも似たようなものだったな?』

『はい、ほぼ全てのものが射出後一定の時間を経て加速と軌道変更のための噴射を行っています。つまりこれらは全て単なる砲弾ではなかったということです』


 ではいったい何なのか?


『ミサイル? それとも――?』


 或いは宇宙船と呼ぶべき代物なのだろうか? 〈1号〉の全長は500mほど、他の斥候スカウトも多少の差はあるが、似たようなものだった。砲弾やミサイルというには巨大だが、惑星間を渡るにはこれくらいは必要かもしれない。だが、それ以上に宇宙船の可能性を伺わせた。自律した推進能力を持つ存在であり、“何か”を運ぶものなのかもしれない。その意味するものを皆は意識せざるを得なかった。


『知性の産物なのか? あのアメーバが?』


 その呟きは皆の心を刺激する。


『知性? バカな! 今まで地球外に原始的な生命すら見つけられなかったのに、いきなり知性だと?』


 この発言を契機に皆は思い思いに発言を始めた。


『いや、やはりアメーバなどに知性があるとは思えん!』

『何を言う? 原始的な生命体が自律した軌道飛行を行えるのか? 〈1号〉の飛行軌道記録を見ろ、見事なまでに経済軌道を辿っているぞ! 他の斥候スカウトも皆経済軌道を選んでいるぞ。これは意図した選択の結果と言わざるを得ない!』

『いや、アメーバに知性がなくとも、斥候スカウトの中にいるものはどうなんだ?』

『何?』

『アメーバは作業機械に過ぎん、斥候スカウトを撃ち出すためのサポートだったということではないか?』

『つまり、“本命”は斥候スカウトの中にいる?』

『で、何だ? それが知性体なのか?』

『そんなの分かるか! あの中にもただの機械があるだけなのかもしれん』

『いやいや、異星人そのものかもしれんぞ』

『だいたいあのラグビーボールもいかにも宇宙船っぽかったじゃないか? 遭難してずっと活動停止していた異星の機械とか――』

『やめろっ、そういうのは――』


 喧々諤々の様相を呈し始めた議論は混乱し、収集がつかなくなっていた。それは皆の不安を表していた。

 異星文明の産物だとしたら――異星人そのものが搭乗しているのだとしたら――これはファーストコンタクトになる。だが、今、ここで、何故――?

 誰もが予想しなかったタイミングでの到来に彼らは動揺を禁じ得なかったのだ。


『異星文明との邂逅は何世紀も前から語られ、フィクションなどでは無数のバリエーションが描かれている。荒唐無稽なものも多かったが、一方で示唆に富んだ思弁的な作品も見られた。それらの中から私が学んだ思考は、地球外の生命、乃至は知性体が実在するのなら、やはりそれは想像を絶したものになるのだろう――ということだ』


 語り出したフェルミの言葉は議論を鎮める効果があったのか、場は一転して静かになった。彼の声だけが響く。


『あれが真に異星文明の産物なのか、異星人自身が存在するのか、あくまでも自動機械オートマトンの活動なのか、それとも知性も文明も関係ない宇宙に於ける未知の生命の姿なのか――未だ不明だ。ここで断言はできない』


 言葉を切るフェルミ、後は沈黙のみが流れる。

 生命、知性、機械――正体は未だ知れず、解答は出ていない。明確なのは地球外のアクティブな活動をする存在だということだ。



〈〈ヴァジュラユニット〉、〈光速反応圏〉(30万km以内という意味、この時代の航空宇宙用語)に到達。これより接触探査を開始しますが、宜しいですか?〉


 沈黙が破られ、スクリーンより性別不明の声が流れてきた。スクリーン下部の右下に〈シャトナー〉というネーム表示がある。付随して木星行政府統括管理AIとの情報が表示されている。現在、〈ヴァジュラユニット〉の制御を担っている。

 ラウダがフェルミの顔を見た。フェルミは頷き、指令を下す。


『ウム、〈シャトナー〉、このまま開始してくれ。但し慎重を期せ。少しでも異常な反応があれば即刻中止、現宙域を離脱せよ』


 スクリーン下部に応諾のサインが表示された。


〈了解。では、これよりかねてからの計画通り接触探査を開始します〉


 画面が切り替わる。涙滴状物体が消えて、代わりに切っ先が3つに分かれた槍の先端のような物体の姿が現れた。三鈷杵というものがあるがそれに似た形状をしている。これが〈ヴァジュラユニット〉なるもの、〈シャトナー〉という名のAIが制御する無人探査機だ。尚、ヴァジュラとは古代インドの武具で、金剛杵と訳される(日本語では)。三鈷杵はその中で先端が3つに分かれているもののことだ。


『この映像はヘクトルを周回する深宇宙望遠鏡から捉えた超望遠映像です』


 距離も併せて表示されている。現在ヘクトルから約300万キロとのこと。


『くそっ、近すぎないか。もう少し遠くで――少なくとも1AU(AUは天文単位、1AU≒1.5億km)は離れたところで接触させるべきだったか……』


 東アジア系の男が極めて深刻そうな顔をして呟いた。


『リウ木星行政府司政長官、不安ですか?』


 スーリアが静かに話しかけた。口調に労わるような響きが見られる。リウと呼ばれた男は俯き、目を閉じる。そのまま応えた。


『1000万キロ以内となるとな……どうにも近すぎると感じるのだ。接触するのならもっと遠くの方が良かったのだが……』


 握りしめられた拳が細かく震えているのが分かる。彼の心中を流れる感情が現れている。

 エンケラドゥスに出現した時、3人の科学者たちが犠牲になっている。その際、前線基地に対し攻撃的な活動があったと記録されている。あの存在の性質に関しては未だ不明なままだが、攻撃性が高いのではないのかと思われる。となると、この接触が何らかの攻撃的な反応を呼び起こす可能性が考えられる。その場合、間近に迫るヘクトルに類が及ぶ危険性がある。300万キロの距離はかなり遠くに思われるかもしれないが、天文単位の空間を活動圏とするこの時代の彼らにとっては直ぐ傍に感じられるのだ。


 近すぎる……これでは危ない……リウは本気で心配していた。


『天文単位を渡るとなると惑星間飛行の装備が必要だ。エンケラドゥスでの事象が確認されたのが半年前で、直ぐに我々は探査機の準備を始めた。当初の予測通りなら余裕で1AU以遠のポイントでランデブーできただろう。だがあれは予想外に加速した。結果2ヶ月でここまで来てしまった。とてもじゃないが間に合わせられなかったのだ。それは誰よりも君が理解していることだろう?』


 フェルミの説明は淡々としたものだった。リウは無言で耳を傾けるだけだった。

 無人探査機、〈ヴァジュラユニット〉の準備は木星で行われた。突貫作業で行われたのだが、惑星間を目指すとなると飛行ユニットの追加など各種強化整備が必要だった。どうしても1か月以上はかかるもの。到来が当初の予測通り半年後なら十分に余裕はあったが、事実は見ての通り。予想外に予想外を重ねた結果だ。


『起きたことは仕方がない。事態の変化はあるのが当然。我々は機動的に対処するしかない』


 フェルミはスクリーンに視線を移す。そこには拡大する〈1号〉の姿が見られた。再び映像が切り替えられたのだ。これは〈ヴァジュラユニット〉が捉えたものになる。

 間もなく接触が行われる。その結果何が起こるのか、文字通りの未曾有の状況に皆は緊張を禁じ得ない。


『しかもこれはほんの始まり。斥候スカウトは太陽系じゅうに1000は撃ち出されているからな。この接触が後の指標となるか否か、人類の知性が試されるな――』


 フェルミの言葉は、どこか乾いていた。

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