ホモルクスと資本主義の行く末

みらいつりびと

第1話 ホモルクスとして生まれて

 私は「ホモルクス」、光合成人間として生まれた。私の父と母は高校の教師で進歩的な考えを持ち、ホモルクスを安全に生む技術が確立されたころに結婚し、自分の子どもを光合成人間にすることを選択した。私は胎児のときに遺伝子を弄られて、細胞内に葉緑体を持つ人間として誕生した。

 イエローグリーンの皮膚を持つ人間がまだ珍しい時代だった。両親はペールオレンジの皮膚を持つホモサピエンスだったが、私を大切に育ててくれた。保育園で私は自分の皮膚の色が他の園児と違うことに気づいたが、まだ自我の発達していない幼児なので、さほど気にせず、無邪気に通園していた。そのころはいじめられることもなかった。ただ私は光合成でエネルギーを補給していたので食が細く、他の園児と同じようには食事ができなかった。太陽の力が弱まる冬には元気がなかった。雨の日に体調を崩すことも多かった。

 小学一年生のとき、私は初めて私以外のホモルクスに出会った。伊藤光司くんという名前の男の子だった。私、小川美森と彼はごく自然に仲よくなり、放課後、よく一緒に光合成をして過ごした。

 私たちは他の子たちよりは食欲がなくて、給食を半分も食べられなかったし、あまり体を動かして遊ぶのが好きではなかった。静かに陽の光を浴びているのが気持ちよかった。ホモサピエンスの子どもたちはボール遊びや鬼ごっこなんかをして遊んでいたから、私たちは彼らとはうまく馴染めなかった。近所にある多摩川の土手に行って、草の上に横たわり、日光浴をするのが私と光司くんの遊びだった。光合成をしていれば、それでしあわせだった。

「気持ちいいね」

「うん」

「ホモルクスに生まれてよかったね」

「そうかな」

 私はそのころはまだホモルクスに生まれたことに疑問を感じたり、不幸だと思ったりしたことがなかったけれど、光司くんはそうではないようだった。彼には玲司さんという兄がいて、皮膚の色はペールオレンジだった。つまり兄はホモサピエンスで、弟はホモルクスだったわけだ。光司くんの両親は、快活な長男を可愛がり、内気な次男を疎んじているらしい。

「お父さんとお母さんは僕よりお兄ちゃんが好きなんだ。僕をホモルクスにしたのは自分たちなのに、僕を嫌ってる」

 私は一人っ子で、両親に愛されて育ったので、光司くんの心境がわからなかった。その気持ちがいくらか理解できるようになったのは、小学三年生のときだった。いつものように私と光司くんが多摩川の土手で日光浴をしていたら、石が飛んできた。

「黄緑野郎め」と叫びながら石を投げているのは、私たちの同級生五人だった。堤防の上から小石を拾って、私たちに向かって投げつけていた。私は初めていじめを体験して、ショックを受けた。石が私の右肩に当たって、「痛いっ」と叫んだ。光司くんは私をかばって私の前に立った。彼の額に石が当たって、血が流れた。五人の男の子たちは私たちの苦痛なんて気にもせず、石を投げ続けていた。

「美森ちゃん、逃げよう」

 光司くんは私の手を握って駆け出した。

 いじめは、数日に渡って続いた。

 私たちは翌日、いつもより上流に行って、日光浴をした。いじめっ子たちは私たちを探し、発見して、石を投げた。その次の日は下流の土手で陽を浴びていたけれど、やつらは執拗に私たちを探して、また投石をした。数日後、私の母が小学校の職員室に乗り込み、猛烈な抗議をして、ようやくいじめは止んだ。

 教師は「皮膚の色で差別をしてはいけません」と教室で話したが、私たちの孤立が解消されることはなかった。いじめこそいったんなくなったが、ホモサピエンスとホモルクスは皮膚の色だけではなくて、食事の量とか好む遊びだとかがちがっていて、私は光司くん以外の友達を作ることができなかった。

 小学五年生になって、無視や教科書の盗難といった陰湿ないじめを受けるようになった。私はどうしてホモルクスなんかに生まれてしまったんだろう。苦しかった。光司くんも同じようにいじめられていた。母がまた学校に抗議をしたけれど、投石のようなわかりやすいいじめではなかったので、なくなることはなかった。いじめをする子たちの数も多くなっていて、光司くん以外のクラスメイト全員が敵だった。小学校を卒業するまで私はいじめられ続けて、すっかりいじけた子どもになってしまった。

 友達なんていらない。光司くんだけいればいいもん。

 私たちは異物で、差別されるんだ。

 中学生になったときには、肌の色で差別されるのは、人類の歴史ではよくあることで、ましてや細胞の構造が異なるホモルクスが差別されるのは当然のことなんだ、と私は諦観するようになっていた。

 中学では露骨にいじめられることは減ったけれど、相変わらずホモルクスとホモサピエンスのちがいを思い知る日々が続いた。私は胃があまり発達せず、一日一食、卵と少しばかりの果物を食べるだけでお腹がいっぱいになった。夏は太陽の光をふんだんに浴びて元気だったけれど、冬には全身の力が減退してしまって、学校に行くのが苦痛だった。体育の授業は受けなかった。

 中学生になっても友達はできなかった。公園のベンチに座って、日光浴をしながら読書をするのが私の趣味だった。本は好きだった。独りぼっちで、小説をたくさん読んだ。私は小柄でひょろりと痩せたみじめな女の子だった。

「ホモルクスに生まれて損したね」

「そうかな」

「この社会はホモサピエンス向きに作られているんだよ」

「そうでもないと思うよ。光合成できるのは、絶対に得だよ」

 中学一年生のころ、光司くんの性格は以前より前向きになっていて、私より元気だった。彼は意識して肉や魚をよく食べるようになり、筋トレやランニングをして体を鍛えていた。ホモルクスは光合成ができるので、どうしても性格が植物的になりがちで、あまり活動的ではないのだが、彼はその弱点を克服しようとしていた。「ホモサピエンスになめられたくない」などと言い出すようになり、逞しくなろうとしていた。

 彼は背が伸び、筋肉質になって、顔つきも自信にあふれるようになった。だんだんと格好よくなって、黄緑色の肌なのに、女の子にモテ始めた。

「ずいぶんと差がついちゃった。意識のちがいのせいかな」

「美森ももっとタンパク質を食べた方がいいよ」

「肉も魚も食べたくないよ」

「豆を食べなよ。豆腐だっていい。それから、運動をした方がいいね」

「私は努力が嫌いなんだよ」

 光合成ができるホモルクスは太陽と水と空気と少しばかりの食べ物があれば生きていける。あまりガツガツしなくても死なない。私は光司くんのようにはなれなかった。

 胃腸がきちんと発達した彼は、冬でも元気だった。

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